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いつまでも息子を手放せない日本の母親たち、そして理想の妻と母になり損ねた40代女性の心理に迫る

水上賢治映画ライター
「親密な他人」の中村真夕監督  筆者撮影

 近年、ドキュメンタリー映画を精力的に発表してきた中村真夕監督が、デビュー作以来に発表した劇映画「親密な他人」。

 いまの日本映画界においてかなり意欲的な試みをしている本作については、主演を務めた黒沢あすかのインタビュー(第一回第二回第三回第四回番外編第一回第二回)をすでに届けた。

 中村監督にもその制作過程の裏側などを訊いたインタビューを3回にわたって連載。それに続き、中村監督に再びご登場いただき作品世界に迫るインタビューをお届けする。(全四回)

恵を異様性をおびた人物にしようとはまったく思ってなかった

 前回は日本の母と息子の関係性に着目したことについて訊いたが、その中で、46歳の石川恵という主人公はどうやって考えて生まれたのだろうか?

「『狂気の女』とか言われることが多いんですけど、そうした異様性をおびた人物にしようとはまったく思ってなかったんです。

 あくまで出発点としては、息子に過度な愛情を注ぐ母親像というのがありました。

 そこでいろいろなことに考えを巡らせていったのですが、まず息子に対する愛情というのは日本に限らずあると思うんです。

 その中で、なぜ、わたしには日本の母親の愛情が異常にみえてしまうのかを、考えたとき、たぶんヨーロッパをはじめとする諸外国は、ある種、息子の自立を促すような愛情のかけ方だと感じたんです。

 いくつになっても息子ではあるのだけれど、どこかの地点から手放して、独り立ちさせ、外の世界へ導くような感じというか。

 でも、日本の母親の場合、いつまでも自分の手の内に入れておきたいところがある。いつまでも自分の側に置いておきたいみたいな心理があるのではないかと。

 常に、自分が息子のことを一番把握しておいて、なにか起きたときにすぐ対処できるようにする。

 それどころか、トラブルを未然に防ぐぐらいの自分の手の内においておきたいような意識があるのではないかと思ったんです。

 あと、もろもろの不満がたまって夫への愛情が冷めていったときに、その愛情の矛先が息子へ向かうところもあるかなと。

 夫にもう愛想を尽かすと、もう一気にすべての愛情が、将来のある息子へと注がれてしまう。そのようなケースも大げさではなくあると思う。

 こういった日本の母親のメンタルは確実に恵という人物に反映させたいと考えました」

「親密な他人」より
「親密な他人」より

恵は 日本の社会に厳然とある『理想の妻、母親』になり損ねた人物

 そういった考えがあった上で、恵という女性には、こういうことも重ねていったという。

「恵は 日本の社会に厳然とある『理想の妻、母親』になり損ねた人物です。

 息子を失っていて、どうやら夫もすでに彼女のもとから去っている。

 でも、対外的には、それをみせないようにしている。いまも自分は母であり妻であることをどことなく漂わせている。

 そうしたのは、日本の女性はいろいろなことにしばられている、固定観念にとらわれているところがあるなと感じたからです。

 たとえば、いくら仕事で成功しても、すばらしいキャリアを築いたとしても、女性の場合、『でも女性の究極の幸せは妻になり、母になることだよね』みたいなことを言われてしまう。そのひと言で、仕事やキャリアがたいしたことないことにされてしまう。結婚して子どもがいないと幸せじゃない人にされてしまう。男性だったら、こういうことはないと思うんです。

 その世間体を気にするところも、恵には反映させようと思いました。

 ですから、彼女は結婚して子どももいるという体裁をあくまでとろうとする。夫はとっくにいないのに結婚指輪も外さない。

 母であること、妻であること、その名残りであり、ある種の幻影を彼女はいまも追い求めているし、そこにとらわれて生きている。

 その理想の母親像にとらわれた感じは出したいと思いました」

これほどひとりの人間の多面性を的確に演じられる女優さんはほかにはいない

 こうして生まれた恵は、以前も触れたように現在の日本映画の主人公では見たことのないタイプ。

 40代、50代にして若々しく、『とてもその年齢にはみえない』といったありがちなアンチエイジングなヒロインではない。

 年相応の『ふつうのおばさん』。だが、彼女は息子でもおかしくない若い男へ異様に執着している。

 この役を黒沢あすかに託した理由をこう明かす。

「黒沢さんは塚本晋也監督の『六月の蛇』ぐらいに知って、すばらしい女優さんだと思って、以来ずっと作品を追っていました。

 もちろん黒沢さんの代表作である『冷たい熱帯魚』も観ましたし、近年ですと、瀬々敬久監督の『楽園』がすごく印象的で。

 この作品で、黒沢さんは主人公の母親役を演じているのですが、ものすごくセクシーにみえるシーンもあれば、すごく愛情深い母親にみえる場面もある。

 そして、どこにでもいるような普通のおばさんにみえる瞬間もある。改めていろいろな表情をもったすばらしい役者さんだなと思ったんです。

 で、あるとき、脚本家の港(岳彦)さんに今回の『親密な他人』のキャストについて相談したんですけど、わたしが黒沢さんのことを話に出したら、であれば瀬々監督の『サンクチュアリ』を見た方がいいと言われて。

 探し出して観たら、黒沢さんはあらゆる人間を翻弄してしまうようなヒロインを演じられていた。

 これほどひとりの人間の多面性を的確に演じられる女優さんはほかにはいないと思って、黒沢さんにお願いした次第です」

(※第三回に続く)

【黒沢あすかインタビュー第一回はこちら】

【黒沢あすかインタビュー第二回はこちら】

【黒沢あすかインタビュー第三回はこちら】

【黒沢あすかインタビュー第四回はこちら】

【黒沢あすかインタビュー番外編第一回はこちら】

【黒沢あすかインタビュー番外編第二回はこちら】

【中村真夕監督「東京国際映画祭」インタビュー第一回はこちら】

【中村真夕監督「東京国際映画祭」インタビュー第二回はこちら】

【中村真夕監督「東京国際映画祭」インタビュー第三回はこちら】

【中村真夕監督「親密な他人」インタビュー第一回はこちら】

「親密な他人」ポスタービジュアル
「親密な他人」ポスタービジュアル

「親密な他人」

監督:中村真夕

出演:黒沢あすか、神尾楓珠

上村侑 尚玄 佐野史郎 丘みつ子

宮城・フォーラム仙台にて6月24日(金)~30日(木)、

兵庫・元町映画館にて7月2日(土)~8日(金)、

鹿児島・ガーデンズシネマにて7月3日(日)~9日(土)公開

ポスタービジュアル及び場面写真は(C) 2021 シグロ/Omphalos Pictures

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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