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ピンチをチャンスに変えて。世界的パンデミックを前に「今こそ描けることを」

水上賢治映画ライター
<第34回東京国際映画祭>「親密な他人」Q&Aより 中村真夕監督

 少し前の話になってしまうが、昨秋に開催された<第34回東京国際映画祭>(※以下TIFF)で、個人的に気になる女性監督が何人かいた。

 そのひとりが、Nippon Cinema Now 部門に「親密な他人」を出品していた中村真夕監督だ。

 中村監督は、2011年の「孤独なツバメたち〜デカセギの子どもに生まれて〜」皮切りに、2015年の「ナオトひとりっきり」、2020年の「愛国者に気をつけろ!鈴木邦男」など、主にドキュメンタリー映画を発表してきた。

 ドキュメンタリー映画作家の印象を抱いている人も少なくないに違いない。

 その中で、デビュー作「ハリヨの夏」以来になる劇映画「親密な他人」を発表。

 また、東京国際映画祭(TIFF) 併設ビジネス・コンテンツマーケットと実施されていた<TIFFCOM>のMPA/DHU/TIFFCOMピッチコンテストにおいては、中村監督の企画「ボクとワタシと、僕の彼女」がMPA Grand Prizeに輝いた。

 さらに、東京国際映画祭の前には、10月に開催された山形国際ドキュメンタリー映画祭(※今年はオンライン開催)に「ナオトひとりっきり」の続編になる「ナオト、いまもひとりっきり2020(仮)」で参加。

 その最終章と予定される「劇場版ナオト、いまもひとりっきり2022完結編」も現在制作進行中である。

 今年、いろいろと動きがありそうな中村監督に東京国際映画祭時に話を訊いた。(全三回)

もともとは劇映画で監督デビューをしているんです!

 はじめはやはり東京国際映画祭でも大きな反響を得て、3月5日からの公開も決定した「親密な他人」について。

 さきほど触れたように、デビュー作以降、中村監督はドキュメンタリー映画を主戦場にしてきた。

 ただ、劇映画を撮りたい気持ちはずっとあったと明かす。

「今回の映画祭でも『ずっとドキュメンタリー映画を撮ってこられましたけど』とか、『ドキュメンタリー畑の人がなぜ劇映画を』とか言われたんですけど、もともとは劇映画で監督デビューをしているんですよ。

 まあ、ここ十数年、ドキュメンタリー映画を発表してきたので、『ドキュメンタリーの人』と思われても仕方ないんですけど(苦笑)。

 『ハリヨの夏』を撮り終えた後、すぐに劇映画の2作目も考えていました。

 実際、今回の『親密な他人』につながるアイデアもそのころから温めていたものがあります。

 ただ、劇映画はひとつの企画が成立するまでにどうしても数年単位の時間がかかってしまう。それだけ時間を費やしても成立しない場合もある。

 わたしとしてはその時間をただただ待つ時間にしたくなかったというか。

 映画監督デビューをしたとはいえ、まだまだ駆け出しで、クリエイティブなことに費やす手を休めたくなかった。

 それで、ドキュメンタリーだったら、カメラひとつ、わたしの身ひとつあれば動き出せる。ということでドキュメンタリーを始めたんです。

 ドキュメンタリーを志して始めた人からすると、その動機はどうなんだといわれても仕方ないんですけど……。

 でも、当時のわたしは少しでも映画作りをする時間をもちたかった。それで取り組めるとしたらドキュメンタリーだったんです。

 そうして、気づけば10年以上が経ち、知らぬ間に劇映画から遠ざかっていました(笑)。合間で短編は撮ってたんですけどね」

<第34回東京国際映画祭>「親密な他人」Q&Aより 中村真夕監督 
<第34回東京国際映画祭>「親密な他人」Q&Aより 中村真夕監督 

ドキュメンタリーの経験があって、今回の『親密な他人』につながっていった

 失礼ながら、傍から見ると、劇映画の第一作から第二作までずいぶん遠回りした印象にも思えるが?

「そう映るでしょうね(笑)んでしょうね。

 ただ、わたしとしてはそれほど遠回りしたとは思っていないんです。

 ドキュメンタリー映画を撮ったことでほんとうにいろいろなことを学びました。

 振り返ると、ドキュメンタリーをやって良かったなと思うことばかり。

 ひとつの事について徹底的にリサーチすることも、ずっとフィクションの世界しか知らなかったら、そこまで徹底しなかったかもしれない。

 リアルな現場の現実に立脚して何かを作るということをドキュメンタリーで学ぶことができた。

 ドキュメンタリーで、その時代における『現在』と、いまこのある『瞬間』をとらえる感性が磨けたし、それを見逃さない力がついた気がします。

 いまは、ドキュメンタリーもフィクションも根本は同じだと思っています。

 人間を描く、捉えるということは変わらない。

 ただ、ドキュメンタリーのほうが若干難易度が高いなと思うのは、本当に実在する人たちを相手にすること。

 実際にそこで生きている人々と、本気でぶつかり、真摯に向き合わないといけない。

 そして、作品によって、その人の人生を変えてしまうかもしれない危険を常にはらんでいる。そのことを肝に銘じておかないといけない。

  関係が崩壊して作品にならない可能性があることも、承知しておかなければならない。

 そのひとつの覚悟をもって挑むこともドキュメンタリーが教えてくれたかもしれません。

 いずれにしても、このドキュメンタリーの経験があって、今回の劇映画『親密な他人』につながっていったと思っています。

 あと、よくよく考えると、わたしが敬愛する監督は、ドキュメンタリーを経ている人たちばかりなんです。

 是枝(裕和)監督、(ジャン=ピエール&リュック・)ダルデンヌ兄弟、クシシュトフ・キェシロフスキとか。

 いずれの監督もドキュメンタリーとフィクションの垣根を超えて作品を作っている。

 それを考えると、わたしがドキュメンタリーに取り組むことは必然だったのかなと思ったりもしてます」」

「親密な他人」より  (C) 2021 シグロ/Omphalos Pictures
「親密な他人」より  (C) 2021 シグロ/Omphalos Pictures

コロナ禍は、ピンチだけどチャンス

 それにしても、コロナ禍での製作がとん挫したり、白紙になったり、公開が延期になったりというのが珍しくないのがここ数年の映画界。

その逆境の中で、これまでになくドキュメンタリー映画に、劇映画にと、精力的に作品を発表している印象を受けるが?

「ドキュメンタリーは、いま起こっている現実を自分なりに解釈して伝える。

 そのことをずっと続けてきたから、世界的なパンデミックが始まったときに、ドキュメンタリー作家はみんなそうだったかもしれませんが、『この状況はなにか作品にして残さないといけない』という気持ちにまずなったんですよね。

 それと、さきほど触れましたけど、自分の身一つ、カメラひとつあれば、創作に取り組めることをドキュメンタリーである意味、鍛えられてきた。

 コロナ禍での撮影はいろいろと制限が生じて。少人数・短期間での求められる。

 そうなったときに、多くの作り手はピンチに感じたと思うんですけど、わたしはピンチをチャンスにかえられたというか。

 ドキュメンタリーで鍛えられていたから、少人数・短期間はさほどハンディを感じない。

 コロナ禍だからこそ描けることがあるよなと思えたんです。

 それで、実は『親密な他人』に入る前、短編の劇映画を撮ったんです。

 占部房子さん、菜 葉 菜さん、草野康太さんらが出演している『4人のあいだで』という作品で、<第16回大阪アジアン映画祭2021>で上映されました。

 コロナ禍で、20年ぶりに連絡を取り合った元演劇サークルの3人の男女物語で。

 この作品は、ほんとうに『いま描かないと』と思って取り組んで、脚本は2020年の緊急事態宣言中に書き上げて、緊急事態宣言が明けた6月ぐらいに役者と集まって1晩で撮ってしまった。

 そこを経て、10月ぐらいに正式に『親密な他人』が決まって、2カ月ぐらいでバタバタと準備をして、年末に10日間ぐらいで一気に撮り終えた。

 だから、コロナ禍は確かに逆境ではあったんですけど、わたしにとってはピンチがチャンスになって、久々に劇映画に取り組む機会になりましたね」

(※第二回へ続く)

「親密な他人」

監督:中村真夕

出演:黒沢あすか、神尾楓珠

3月5日(土)よりユーロスペースにて公開

※<第34回東京国際映画祭>「親密な他人」Q&Aの写真は、(C)Tokyo International Film Festival All Rights Reserved.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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