異様にみえる日本の母親と息子の関係に着目した理由。「日本のジェンダーギャップにもつながる気がした」
近年、ドキュメンタリー映画を精力的に発表してきた中村真夕監督が、デビュー作以来に発表した劇映画「親密な他人」。
いまの日本映画界においてかなり意欲的な試みをしている本作については、主演を務めた黒沢あすかのインタビュー(第一回・第二回・第三回・第四回・番外編第一回・第二回)をすでに届けた。
中村監督にもその制作過程の裏側などを訊いたインタビューを3回にわたって連載。それに続き、中村監督に再びご登場いただき作品世界に迫るインタビューをお届けする。(全四回)
オレオレ詐欺は永遠に成立するんじゃないか
前から日本の母と息子の関係に着目しているところがありました
黒沢のインタビュー時にも触れているが、本作は、現在の日本映画ではほとんどおみかけしない、中高年の女性を主人公に据えている。
しかも、40代、50代にして若々しく、『とてもその年齢にはみえない』といったありがちなアンチエイジングな女性ではない。
言い方に語弊があるかもしれないが、年相応の『ふつうのおばさん』を主人公にして、彼女の異常ともいえる息子でもおかしくない若い男への執着を描いている。
そこには「日本の母親と息子の関係が異様にみえる」という中村監督の視点があった。
その視点はどこから生まれものだったのだろうか?
「まず、わたしの母はキャリアウーマンで、今でも働いていて、いわゆるこの世代に多い専業主婦で家のことをという女性ではなかった。
それだけが理由ではないでしょうけど、けっこうドライな性格で、子どもにまとわりつくようなタイプではなかった。
娘のわたしに対しても、まったくベタベタしてこない。だから、親子ほど上下ではないけど、母とはどこか姉妹に近い関係だったんです。
わたしにとって母はそういう存在だったんですね。
ただ、傍と周囲を見回してみると違う。
お母さんが息子を溺愛しているみたいなケースを、けっこうな確率で目の当たりにする。
『これって何なんだろう?』とその都度思っていたんです。
わたしは海外に長く留学していたのですが、日本の母親と息子ほど密な距離にいるケースをみたことがない。
だから余計、気になってしまったのかもしれません。
少し前に、60代の息子が、90代で亡くなった母を『蘇生させろ』と言って、医者を殺害してしまった事件がありましたよね。
母と息子の共依存の関係を象徴する出来事ではないかと思うんです。
これ、もしかしたら、数十年後の(本作の主人公の)恵の身に起きてもおかしくない話かもと思ったぐらいで。
どういう経緯があったか詳細は分からないですけども、いずれにしても日本の母と息子の関係の典型例に当てはまるのではないかと。
それから、黒沢さんとのお話でも出ていたのですが、『オレオレ詐欺』は成立するけど、『ワタシワタシ詐欺』は成立しない。
ほんとうに、オレオレ詐欺は永遠に成立するんじゃないかと思うんです。
実際、これだけ注意喚起がなされているのに、いまだに事件がなくなる気配はない。
そういうことを考えても、わたしという娘の立場からすると、おいそれと入れない世界みたいなものが日本の息子と母の関係にはあるような気がする。
それで、わたしは母親ではないので実のところはわからないですけど、同世代の息子をもつ女性に話を訊くと、『自分もそういう要素があるような気がしてちょっと怖くなる』という人がけっこうな割合でいる。
そういうことで、前から日本の母と息子の関係に着目しているところがありました」
家父長制的な意識がまだまだ根強く残っている
そういう男の子を育てているのは、皮肉なことに女性、母親
また、その関係性に対して、探りたい気持ちもあったという。
「欧米もあると言えば、あるんですけど、『男の子はとにかく大事しよう』という考えが日本の社会の根底にある気がするんです。
いま少し変わってきてますけど、『男の子が家を守る、家業を継ぐ、家系を守る』みたいな家父長制的な意識がまだまだ根強く残っている。
知らず知らずのうちに、男性はそういう育て方をされていると思うんです。
それが男性上位にある日本の社会のジェンダーギャップにもつながっている気がする。
でも、そういう男の子を育てているのは、皮肉なことに女性、母親なんですよね。
日本の息子と母の関係からは、そういう日本社会の根底にあるものも浮かびあがるかもしれないという考えもありました。
あと、シンプルに息子を溺愛する母親であり女性の心理を知りたい気持ちもありました。
わたし自身、娘で母はドライな性格でべとついた関係では一切なかった。
なので、ある意味、対極にあるような息子と母親の関係性から何がみえるのか追究してみたかったんです」
(※第二回に続く)
「親密な他人」
監督:中村真夕
出演:黒沢あすか、神尾楓珠
上村侑 尚玄 佐野史郎 丘みつ子
静岡・シネマイーラにて5月20日(土)~26日(金)公開
元町映画館にて公開予定
ポスタービジュアル及び場面写真は(C) 2021 シグロ/Omphalos Pictures