若い男に執着する危うい40代女性役に。「子宮とバストのあたりから、この役を欲す感覚があったんです」
先日まで3回に渡ってのインタビュー(第一回・第二回・第三回)を届けた中村真夕監督の最新作「親密な他人」。
その中でも触れたが本作は、いまの日本映画界においてかなり意欲的な試みをしている。
そのひとつが、中高年の女性を主人公に置いていること。
しかも、40代、50代にして若々しく、『とてもその年齢にはみえない』といった日本のドラマや映画によく出てくるアンチエイジングな女性ではない。
言い方に語弊があるかもしれないが、年相応の『ふつうのおばさん』を主人公にして、彼女の異常ともいえる、息子でもおかしくない若い男への執着を描く。
この主人公を実現可能にしたのは、彼女の存在なくして考えられなかったかもしれない。
「六月の蛇」「冷たい熱帯魚」などの代表作をもつ、黒沢あすか。
地味で控えめな日常の印象から、時に艶めかしく豹変する――そんな46歳のヒロインを黒沢は見事に表現している。
この役にいかにして挑んだのか?黒沢に訊く。(全四回)
中村真夕監督からの熱烈なラブコールを受けて
はじめは本作への出演の経緯についての話から。
脚本の前に、まず中村監督と直接会って話をするところから始まったという。
「いまから3年ぐらい前のことになると思うんですけど、マネージャーから『こういう話がきているんだけど』と聞いて。
まだ脚本はできていないけど、中村監督が、わたしと直接お話ししたいとおっしゃっているということで、お会いすることになりました。
喫茶店でお会いしたんですけど、コーヒーを飲みながら、2時間ぐらい話し込んだと記憶しています。
話の中心は、ありがたいことに、わたしへのラブコールといいますか(笑)。
たとえば、瀬々監督の『サンクチュアリ』、それから塚本晋也監督の『六月の蛇』、園子温監督の『冷たい熱帯魚』もみていて、どれも大好きだと。
さらに『黒沢さんのような女優は、日本にはいないタイプで、唯一無二の存在だ』とまでおっしゃってくださったんです。
その上で、『わたしはミドルエイジの女性が主演の映画を撮りたい。それには黒沢さんが必要なんです。若さや可愛さは必要ない、年相応の女性をそのまま描いた映画を撮りたい』といった主旨のことをおっしゃってくださいました」
あまりに続くと、正直、心の中で思うんです。『またお母さん役か』と
この言葉は、ほんとうにうれしかったという。
「これは、たぶんこの仕事をしている方はみなさんそうだと思うんですけど、50歳に手が届くような年代になってくると自然とお母さんの役が増えてくる。
というかお母さん役しか求められない。
すごくありがたいことではあるんです。けど、やはりあまりに続くと、正直、心の中で思うんですよ。『またお母さん役か』と。
役者ですから、やっぱりいろいろな役にトライしたい気持ちは、年を重ねたって消えないんです。
それで、母親役が重なっていくと、なんか自分の中にある女性としての『女性性』が薄らいでくるといいますか。
自分の母親としての面ばかりが強く出てきて、女としての側面がどんどん打ち消されていく。
そうなると、わたしの場合、家庭があって、3人の息子がいる。その日常となんだか変わらなくなっちゃうんです。
たとえば、母親役を演じることになって現場に入るとします。
仕事で来ているのに、なんか日常生活の延長線上のように感じてしまう。変化を感じられないんです。
それって悪いわけではない。
プライベートを誠実にちゃんとしっかりと生きることが、女優業にいい形で影響出るということは、これまでの経験からわかっている。
自身が母親であることで、母親を演じる上で反映できることが確実にある。
だから、ふだんの日常の延長線上のように現場に入ってもいいんです。
でも、やはり時には変化がほしい。
で、中村監督にそういう言葉をかけられたときに、瞬間的に、わたしの中に眠っていたなにかが目覚めたんですね。ほんとうに久々に。
それこそ、『六月の蛇』のころのわたしといいますか。
『女』ということを強烈に発するようなことが求められる役ということを中村監督の言葉から感じて、自然と『やりたい』と思ったんです。
言葉にしづらいんですけど、子宮とバストのあたりから、なにか手のようなものが出てきて、この役を欲している感覚が自分の中に生じました。
改めて気づいたんです。『わたしは優しい母親のような女性だけでおさまらない性分なんだ』と。
『黒沢あすかって、型にハマらない、もっと危うい役者でしょう』という心の声が聞こえてきた。
それから、急に現実的な話になりますけど、50歳になろうという女優に主演の話がこれからあるかどうかわからない。
だったら、もう飛びついちゃおうと思ったんです。もうこれはチャンスで、久々の主演を喜んでいいでしょうと」
(※第二回に続く)
<黒沢あすかプロフィール>
1971年12月22日生まれ、神奈川県出身。
90年に『ほしをつぐもの』(監督:小水一男)で映画デビュー。03年公開の『六月の蛇』(監督:塚本晋也)で第23回ポルト国際映画祭最優秀主演女優賞、第13回東京スポーツ映画大賞主演女優賞を受賞。11年に『冷たい熱帯魚』(監督:園子温)で第33回ヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。19年に『積むさおり』(監督:梅沢壮一)でサンディエゴ「HORRIBLE IMAGININGS FILM FESTIVAL 2019
」短編部門 最優秀主演女優賞を受賞。
主な出演作に、『嫌われ松子の一生』(06/監督:中島哲也)、『ヒミズ』(12/監督:園子温)、『渇き。』(14/監督:中島哲也)、『沈黙-サイレンス-』(17/監督:マーティン・スコセッシ)、『昼顔』(17/監督:西谷弘)、『楽園』(19/監督:瀬々敬久)、『リスタート』(21/監督:品川ヒロシ)などがある。
公開待機作品として、短編集「3つのとりこ」『それは、ただの終わり』主演
(監督:小川貴之/4月23日(土)、池袋シネマ・ロサにて1週間限定レイトショー公開)、『恋い焦れ歌え』(監督:熊坂出/5月27日(金)公開)が控えている。
「親密な他人」
監督:中村真夕
出演:黒沢あすか、神尾楓珠
上村侑 尚玄 佐野史郎 丘みつ子
ユーロスペースほかにて全国順次公開中
メインビジュアルおよび場面写真は(C) 2021 シグロ/Omphalos Pictures
<ユーロスペース上映 トークイベント情報>
3月26日(土)16:15の回上映上映後
ゲスト:ジェイク・エーデルスタインさん(ジャーナリスト・
「TOKYO VICE」原作者)、中村真夕監督
*16:15の回は、英語字幕付での上映。
3月27日(日) 16:15の回上映後
ゲスト:黒沢あすか、中村真夕監督