クリスマス嫌いが珍しくなくなった世界――華やかさの影にいる“グリンチ”とは
- クリスマス嫌いは各国で増える傾向をみせていて、アメリカではクリスマスにストレスを感じる人は4割にのぼる、という調査結果もある。
- その背景には、インフレ、社会的孤立、子どもの貧困、ジェンダー不平等、商業化による過剰消費への拒否反応などがあるとみられる。
- クリスマス嫌いが増えるのは、ただ「面倒な人」が増えると捉えることもできるが、アンバランスな社会を問い直す転機とみることもできる。
意外に多いクリスマス嫌い
グリンチという言葉をご存じだろうか。
アメリカの俗語で“クリスマス嫌い”を意味し、もともと1957年に出版された絵本の主人公の名前だ。
「クリスマスは自分には関係ない」とスルーするだけなら、グリンチとは呼べない。
華やかな街やご機嫌な人々を冷笑し、軽蔑する。できれば雰囲気を壊したい。つまりクリスマスを敵視・憎悪する態度や考え方のことだ。
クリスマス嫌いは新しいものではない。
19世紀の小説『クリスマス・キャロル』(1843年)の主人公スクルージ老人は守銭奴で人間嫌い。食事に誘ってくれた甥を「クリスマスなんてバカバカしい」と追い返した。今でいうと立派なグリンチだ。
ただ、そこまで筋金入りでなくても、キリスト教徒が圧倒的に多い欧米でもクリスマスが好きでない人は意外に多いようだ。
例えばアメリカでは「この時期にストレスがたまる」という回答が約4割を占める調査結果もある。
孤独のキッチン
グリンチはなぜ生まれるのか。アメリカの心理学者カレン・ロッドハム教授は原因をまとめている。
そのうちいくつかあげると、
・社会的孤立
・家庭内の問題
・子ども時代のトラウマ
・商業化への拒否反応
このうち孤独・孤立に関してはおよそ想像がつくと思うので割愛し、「家庭内の問題」からみていこう。
近年ではライフスタイルや価値観の変化もあり、とりわけ欧米では多くの家族・親戚が集まる伝統的なクリスマス像を押し付けられることに拒絶反応も強くなっている。
特に、面倒な作業(スペシャルな料理やケーキの調理と後片付け、プレゼントやクリスマスカードの用意、掃除と飾りつけ、スケジュール調整、親戚・友人の訪問への準備などなど…)のほとんど全てを任されやすい女性には、クリスマスを負担に感じる声は珍しくない(日本でも正月支度などで耳にする)。
これに拍車をかけているのは、インフレによるクリスマス関連コストの上昇だ。
その結果、家庭内トラブルを避けるためのハウツーも少なくない。
カナダ人セラピスト、メリッサ・バレンツエラ医師は適切な対応(出費などの上限設定、周囲のサポートなど)がないと、ライトなクリスマス嫌いがグリンチに至る可能性もあると指摘する。
サンタのこない家
次に、「子ども時代のトラウマ」について。
一見平穏な家庭でもクリスマスがトラブルになるなら、社会的な困難に直面する家庭ではより深刻になりやすい。“サンタのこない家”もあるからだ。
たとえばイギリスでは若い親の1/3はクリスマスをどうやって乗り切るかに頭を痛めている、という調査結果もある。
程度の差はあっても日本もほぼ同じだが、今やクリスマスは洪水のように迫ってくる。
街や商業施設はデコレーションとイルミネーションで覆われ、どこに行ってもクリスマスソングが聴こえる。TVやネット動画で赤と緑の派手なコンセプトカラーとともにプレゼント、ケーキ、豪華ディナーのイメージを目にしない日はない。
寄付の呼びかけ、特別セールやイベントの案内などがリアル空間でもネット上でも次々やってくる。
だからこそ、イギリスの社会学者ルース・パトリック教授によると、クリスマスは誕生日と並んで、貧困世帯で“火種”になりやすい。
「サンタクロースはわたしが好きじゃないんだ。だって友だちのなかでわたしだけプレゼントもらってない」。英BBCが昨年12月に伝えた、ある女の子の発言だ。
これはごく一部の感想とも思えない。イギリスでは低所得状態の子どもが急増していて、その数は今や430万人、全体の約30%を占めるからだ。
サンタのこない家では、子どもだけでなく親もグリンチ化しやすいだろう。
クリスマスを盛り上げるのは誰か
最後に、商業化への拒否反応について。
この立場は保守的キリスト教徒や社会主義者に珍しくなかった。しかし、近年では自らグリンチを公言するミニマリストの若者もいる。
その多くは、ひたすら消費を促される風潮を拒否する。
例えばクリスマスセール売上額が世界一のアメリカを事例にみてみよう。
アメリカでは昨年の年末商戦期(11-12月)の小売売上額が9644億ドル(前年比3.8%増)だった。これは史上最高レベルだ。
ところが、そこには偏りも大きい。昨年12月に金融サービス会社WalletHubがアメリカで行った調査で、「プレゼントはない」という回答は3人に1人の割合だった。
つまり、史上最大のクリスマス商戦は、インフレによる単価上昇と、購買力のある層の旺盛な消費に支えられたとみられる。
それが景気を下支えしたのは疑いない。
しかし、余裕のある消費者の過剰なほどの購買行動がクリスマスを盛り上げているなら、そこに無縁の人が少なくないのも確かだろう。
そして、たとえ低所得層でなくても、それほど気前よくクレジットカードをきれない人たちの眼前にも、メーカーから小売業に至る各企業の大々的キャンペーンとメディアの力によって、“楽しいクリスマス”は迫ってくる。
とすると、その同調圧力に疑問を抱く人が生まれるのは不思議ではない。
息をぬくのも難しい時代
何を好み、嫌がるかは個人の自由だろう。
ただし、クリスマス嫌いが増えるのは現代の一つの縮図ともいえる。
昔からどの国でも祭礼やイベントは日常から解放され、日頃の憂さを晴らす役割を果たしていた。非日常をみんなで楽しむことは不満のガスを一時的にぬき、社会の安定を保つものだった。
ところが、クリスマスという非日常がかえってストレスになれば、日常の方がかえってマシと思う人もいるだろう。しかし、多くの人にとって日常は困難さを増している。
それは息ぬきさえ難しい時代ともいえる。
多少強引に話をひろげると、今年各国で行われたほとんどの選挙で、党派やイデオロギーにあまり関係なく、現職・与党系が苦戦した。それは行き場のないフラストレーションがたまる状況を示唆する。
歴史を振り返れば、世界恐慌(1929年)後の閉塞感がファシズムを招いたように、現状への広範な不安や不満がポピュリストや過激派の台頭を促すことは珍しくない。
その意味で、グリンチをただ「面倒な人」と捉えることもできるだろうが、その増加はアンバランスな社会を問い直す転機とみることもできる。
あなたにとってのクリスマスとは何ですか。