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現実味を増す“地政学的ディール”――それでもウクライナがNATO加盟を求め続ける事情

六辻彰二国際政治学者
マクロン、トランプ、ゼレンスキーのパリ三者会談(2024.12.7)(写真:ロイター/アフロ)
  • 欧米はNATO加盟を事実上棚上げにした形でウクライナにロシアとの停戦交渉を求めている。
  • これに対してウクライナ政府は全土奪還を諦めてもNATO加盟では譲れないと主張し続けている。
  • ほとんど実現可能性のないNATO加盟にウクライナ政府がこだわるのは、国内世論と外交の二つの側面に理由がある。

現実味を増す“ディール”

 ウクライナ政府が恐れていた地政学的な取引がいよいよ現実味を増してきた。

 アメリカのトランプ次期大統領は12月7日、マクロン仏大統領とともにパリでウクライナのゼレンスキー大統領と会談した。この席上でトランプはかねてから公言していたように、ウクライナ政府に即時停戦を求めた。

 会談後、トランプは「ゼレンスキーとウクライナはこの狂った状態を終わらせるためにディールするだろう」と述べた。

 これに先立ってトランプはキース・ケロッグ退役陸軍中将を「特使」に指名し、その方針に沿った解決に着手した。ケロッグ案のポイントは以下の通り。

・武器供与停止を盾にウクライナを停戦協議に向かわせる

・ウクライナ支援強化を盾にロシアを停戦協議に向かわせる

・ウクライナのNATO加盟を長期間先送りするとロシアに約束する

・現在の戦線に基づいて戦闘を停止する

 筆者は個人的にはトランプを支持していないが、戦闘停止を優先させるならケロッグ案は順当なものと評価できる。

 ただし、ウクライナが受け入れにくい提案の多いことも確かだ。

NATO加盟は全土奪還より優先される

 とりわけ焦点になるのはNATO加盟の先送りだろう。

 そもそもゼレンスキーはこれまで「交渉はロシア軍をウクライナ領から排除した後」と主張し、停戦交渉そのものを拒否してきた。領土の一部を実効支配される状況で交渉すれば、ロシアのペースになりかねないことを警戒したからとみられる。

 だからロシアとの協議自体、本意ではないだろう。

 しかし、最大のスポンサーであるアメリカがトランプ当選によって停戦交渉に舵を切り、ヨーロッパ各国にもその機運が高まっている。

 おまけに交渉開始が遅れれば、条件がより悪くなる可能性も大きい

 ロシア軍はウクライナ東部での攻勢を強めていて、11月だけで1202平方km(ニューヨーク市とほぼ同じ)を占領した。これは1ヶ月あたりとしては過去最大で、これによってウクライナにおけるロシアの占領面積は2233平方kmになった。

 こうした背景のもと、ゼレンスキーは11月頃から方針転換を明らかにしてきた。

 ロシアが「編入」を宣言したクリミア半島、ドネツク、ルハンスクなどを含む全土を軍事力で奪還することが難しいと認め、外交による奪還を目指す方針に転じたのだ。

 ただし、「交渉力を高めるためにはNATO加盟の必要がある」とも強調している。

 つまり「全土奪還を諦めてもNATO加盟は譲らない」というのだ。その方針はパリ三者会談の後も基本的に変わっていない。

なぜ「NATO加盟」を叫ぶか?

 ウクライナが短期間のうちにNATOに加盟できる可能性は限りなく低い。

 「ウクライナはNATOに加盟していなかったからロシアに攻撃された」というのは一面の真実だが、別の見方も可能だ。つまり「そもそもアメリカや先進国がウクライナと安全保障協力を深めたことがロシアをこの上なく刺激した」ということだ。

 だからといってロシアの軍事侵攻が正当化されるわけではない。しかし、ウクライナのNATO加盟を確約すればロシアとの協議が成り立たないこともまたほぼ確実だ。

 さらにトランプは既存のNATO加盟国に対しても防衛負担の増額を求めており、この点でも事実上財政破綻に直面しているウクライナを新規加盟国に迎える見込みはほとんどない。

 そのためケロッグ案に「NATO加盟を長期間先送り」が盛り込まれたことは不思議でない。

 ウクライナ政府もそれは承知しているだろう。

 だとすると、なぜゼレンスキーは実現の可能性がほとんどないのにNATO加盟を叫び続けるのか。そこには大きく二つの理由があげられる。

ウクライナ国民の妥協ライン

 第一に、ウクライナの民意だ。

 キーウ国際社会学研究所(KIIS)が8月に発表した世論調査では、ウクライナ人の57%が「ロシアと交渉すべき」と回答した一方、NATO加盟を求める回答者は84%にのぼった。

 つまりウクライナ国民の間でも徹底抗戦を求める意見は少数派になっているのだが、ここで重要なのはどこまで妥協できるかだ

 これについて、その前7月の意識調査によると、

・(クリミア半島周辺の要衝)サポリージャとヘルソンをウクライナが確保する

・NATOに加盟する

・EUに加盟して復興資金を先進国から調達する

 以上が実現するなら、その引き換えに「ウクライナ政府が公式に認めるかに関係なくロシアによるクリミア半島、ドネツク、ルハンスクの支配を受け入れられる」という回答が最も支持された。

 とすると、「全土奪還を諦めてもNATO加盟は譲れない」という妥協ラインはウクライナ国民の多数派のものだ

 だからこそ、たとえNATO加盟の実現可能性がほとんどなくても、ゼレンスキーは国内向けにもその旗を掲げざるを得ない。

大国間のディールに割り込めるか

 そして第二に、NATO加盟がウクライナに残された数少ない外交手段であることだ。

 たとえそれがNATO加盟を保留する内容であっても、ゼレンスキーはケロッグ案を拒否できない。

 ただし、このまま進めば、アメリカがウクライナの頭ごしにロシアとの取引に向かうことにもなりかねない。

 そんななか、全面的に支援される立場であるだけに、ウクライナが声をあげる方法は限られている

 つまり、欧米が決して望まない NATO加盟をあえて何度も繰り返すことは、それでしかスポンサーの譲歩を引き出せないウクライナの今の立場を示すといえる。

 ベトナム戦争やアフガニスタン戦争で泥沼に足をとられたとき、アメリカはそれまで支援していた現地政府の反対を振り切って和平合意を結び、その後に何の保証もしないまま撤退した。

 多少事情は異なるものの、ウクライナ政府首脳の頭にこれらがよぎっても不思議ではないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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