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イスラエルとイランの対立エスカレート――それでもロシアが同盟国イランに軍事援助を増やさない3つの理由

六辻彰二国際政治学者
イランに向かうロシア政府専用機を警護するロシア軍機(2024.9.30)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • イスラエルによるレバノン地上侵攻が激化するなか、レバノンのヒズボラを支援するイランとの対立もエスカレートしている。
  • イランはロシアに戦闘爆撃機Su-25などの供与を求めているが、ロシアは口頭ではイランとの協力を約束しながらも、武器援助に応じる気配はない。
  • ロシアが実質的な支援に消極的な背景には、その余裕がないこと、イランへの警戒、ロシアの利益にならないことといった理由がある。

ロシア=イラン同盟の深化?

 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は10月9日、「レバノンをガザ同様に破壊する」と警告した。

 それにともない、レバノンのイスラーム組織ヒズボラを支援するイランとイスラエルの緊張が急速にエスカレートするなか、動向が注目される国の一つがロシアだ。

 イスラエルによるレバノン地上侵攻が始まった翌10月2日、ロシア外交団が急遽イランを訪問し、地域情勢について議論した。

 これについてイスラエル紙エルサレム・ポストは「イランはロシアがよりイスラエルに敵対的になるようテコ入れしている」という分析を紹介し、警戒感をあらわにした。

 この観測はおそらく間違っていないだろう。

 これまでイランはハマスやヒズボラなど各地のイスラーム組織を支援してきたが、イスラエルと直接衝突するとなればロシアの支援ぬきには難しいとみられている。

 ロシアにとってイランはもともと有力な同盟国の一つで、一方のイランはこれまでもロシアに戦闘爆撃機Su-25や地対空ミサイルS-400などの供与を求めてきた。

 先端技術を駆使した高度な戦力という意味でイランはビハインドが大きい

 実際、イランは4月にもイスラエルに約300発のドローンやミサイルを撃ち込んだが、その大半はイスラエルの誇る防空システム(アイロンドーム)に迎撃された。

 そのためイランがロシアにより踏み込んだコミットを求めても不思議ではない。

「ロシアは中東の戦争を利用している」

 一方のロシアも中東の戦争と無関係ではない。

 昨年10月以来、ガザ侵攻に注目が集まったことは、相対的にウクライナ侵攻への国際的関心を低下させてきた。

 そのうえイスラエル批判が世界的に高まることも、ロシアにとっては「漁夫の利」になる。ガザやレバノンでの即時停戦を国連で要求し、イスラエルを支援するアメリカを非難することで、ロシアは国際的な立場を回復しやすくなったからだ。

 その意味で、イスラエルと敵対するイランを支援するハードルは低くなっている。

 米シンクタンク、戦争研究所の言い方を借りれば「ロシアは中東の戦争を影響力拡大のため利用している」。

ウクライナ上空で戦闘任務につくロシアの戦闘爆撃機Su-25(2023.12.28)。ロシア軍の主力で、これまでウクライナやシリアなどでの活動が確認されていて、イラン政府が再三その供与を求めている。
ウクライナ上空で戦闘任務につくロシアの戦闘爆撃機Su-25(2023.12.28)。ロシア軍の主力で、これまでウクライナやシリアなどでの活動が確認されていて、イラン政府が再三その供与を求めている。写真:ロイター/アフロ

 ただし、先端兵器の供与を含むイランのリクエストにロシアが応じる公算は高くない。

 実際、これまでもロシアはイランが再三求めるSu-25やS-400の供与に応じてこなかったし、10月2日の協議でもロシアがイランに明確な約束をしたとは報じられていない。

 ロシアの消極姿勢には「第三次世界大戦」を恐れていることも当然あるだろうが、おそらくそれ以外にも3つの理由があげられる。

ロシアにはイラン支援の余裕がない

 第一に、単純にロシアにその余裕がないことだ。

 ウクライナでの戦闘が長期化するなか、物資不足に直面するロシアは、イランから軍用ドローンや短距離弾道ミサイルを調達している。

 ここからは両国の関係の深さだけでなく、ウクライナ侵攻を優先してイランにまで手が回らないというロシアの台所事情もうかがえる。

 ロシアはウクライナ侵攻が続くなかでもアフリカ各国との契約に基づき、民間軍事企業アフリカ軍団(旧ワグネル)を派遣し、イスラーム過激派の掃討作戦などを行なっている。

 しかし、こちらは歩兵部隊が中心で、アフリカ各国はイランのように高性能兵器の移転を求めているわけではない。

 このことはロシアがイランへの協力に慎重になる一因といえる。

外交手段としての非協力

 第二に、ジュニア・パートナーの要求に簡単に応じないことで自らの立場を保とうとする戦略だ。

 大前提として現在のロシアはイランに借りが多い

 ロシアがイラン製兵器の購入に踏み切ったことは、両国の立場が部分的に入れ替わったことも意味する。

 そのうえ、ウクライナ侵攻に関する2022年3月の国連の非難決議でイランはロシア支持にまわった。

 要するにロシアはイランのリクエストを断りにくい立場にある。ジュニア・パートナーの発言力が強くなること自体、ロシアにとっては望まない状況だ。

 米ジョージメイソン大学のマーク・カッツ教授は「イランはロシアを大国としてより、むしろ自分の“代理”とみている」と指摘する。

 つまり、イランはハマスやヒズボラといった勢力を支援し、その共通の敵イスラエルに対抗してきたが、ロシアもその一角に加えようとしている、というのだ。

 イランがただロシアを利用しようとしているなら、ロシアがイランのリクエストに簡単に応じないことは不思議ではない。

 イランに対する影響力を保つそれ以外の手段がロシアに乏しくなっているならなおさらだ。

ロシアの利益にならない

 第三に、イランを積極的に支援して戦争がエスカレートすることは、ロシアにとってほとんど利益にならないと見込まれることだ。

 先述のようにロシアはアフリカ各国との軍事協力を増やしているが、これは外交的な手段であると同時に、経済的利益をもたらすものでもある。アフリカ各国の資源開発に食い込むきっかけになり、それがウクライナ戦争を続ける資金の一部になってきたからだ。

 これに対して、イランは大産油国だが油田経営への外資参入のガードが固く、テコ入れしても直接的な収益をすぐには期待しにくい。

 そのうえ、イスラエルとイランが正面衝突すれば、両国の間に挟まれたシリアもその影響を大きく受けると想定されるが、シリアはロシアにとってある意味イラン以上に大事な足場だ。

 シリアにはロシア軍基地があるが、イランにはそれがない(イラン軍の基地でロシア軍機は給油できるが)。

 シリア政府はイランと密接な関係にあるものの、対イスラエルという意味でイランほど前のめりではない。

 つまり、ロシアにしてみればイランへの本格的テコ入れは、「中東の裏庭」シリアを脅かしかねない

イスラエルとイランの共通項

 とすると、イスラエルとイランの対立に関するロシアの実質的コミットはかなり限定的とみてよい。

 その意味で、レバノン地上侵攻が始まった10月1日に200発のミサイルをイスラエルに向けて発射して以来、イスラエルへの敵意をアピールしながらも、イランが具体的なアクションをほとんど見せていないのは不思議ではない。

 ただし、イランがロシアを引っ張り出すことを目的に「イチかバチか」でイスラエルに本格的な報復を始めた場合、なし崩し的にロシアが関わりを深める恐れは大きい。

 同じことはイスラエルとアメリカの関係についても言える。

 イスラエルにしてもイランと正面から衝突するならアメリカの支援が欠かせないが、こちらもシニア・パートナーは消極的だ。

 イスラエル政府は10月1日のミサイル攻撃に対する報復を約束しながらも、現在に至るまでイランに対する大きな動きを見せていないが、その大きな要因はやはりアメリカとこの点で一致点が見出せていないことにあるとみてよい。

 とはいえ、イスラエルがアメリカを引っ張り出すことを目的にするなら、そのためにあえてレバノンでの危機をエスカレートさせる可能性すらある。

 この4カ国のバランスが崩れれば中東での戦争がさらに拡大することはほぼ確実だ。

 その意味で、それぞれジュニア・パートナーの暴走を恐れるアメリカとロシアが、対立を抱えながらも共通の利害関係を見出せるかが今後の一つの焦点になるとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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