ガザ“人道的戦闘休止”の影のもう一つの戦争――ヨルダン川西岸で進むイスラエルの“さら地作戦”
- 国連決議でパレスチナ人のものと認められた土地には、イスラエルとハマスの戦闘が続くガザの他、ヨルダン川西岸地区がある。
- このヨルダン川西岸でイスラエル軍は、パレスチナ人排除の動きを強めており、ブルドーザーなどで民間施設を相次いでさら地にしている。
- イスラエルの軍事活動は「テロ対策」を大義名分にしているが、実態としてはパレスチナ人を居住地から追い出し、実効支配を強化するものでもある。
ガザ“人道的戦闘停止”の影で
世界保健機関(WHO)は8月29日、ポリオワクチン接種のため、ガザで9月1日から3日間の“人道的戦闘休止”を実施することにイスラエルとハマスが同意したと発表した。
戦闘が続くガザではポリオ(急性灰白髄炎)の感染拡大が懸念されている。
難民キャンプなど人々が密集して暮らす場所では感染症が蔓延しやすい。『アンネの日記』で知られるユダヤ人少女アンネ・フランクはナチスの強制収容所で死亡したが、その死因はガス室に送られたことではなく、劣悪な環境で発疹チフスに感染したことだった。
ガザでのポリオ蔓延の懸念についてヒューマン・ライツ・ウォッチは、イスラエルが物資搬入を妨げていることを一因にあげる。
ポリオはとりわけ子どもが感染しやすいこともあり、WHOの発表は歓迎すべきだろう。
ただし、国内メディアがあまり報じないことがある。
ガザでの“戦闘休止”合意の一方で、もう一つの戦争がエスカレートしていることだ。
イスラエル軍は8月27日、ヨルダン川西岸で、市街地や難民キャンプへの攻撃を開始した。ヨルダン川西岸はガザと同じく国連決議でパレスチナ人のものと認められる土地である。
「テロリスト掃討のため」
イスラエルは今回ヨルダン川西岸に地上部隊を送り、ジェニン、ナーブルス、トルカルムなど複数を同時多発的に攻撃した。その多くで難民キャンプが攻撃され、2日間で数十人が殺害された。
イスラエル軍はこの攻撃を「イランに支援されたテロリストを解体するため」と説明する。
イランは長年イスラエルと敵対していて、ガザのハマスだけでなく、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシなど各地の反イスラエル勢力を支援してきた。
イスラエルによるガザ侵攻後、ヨルダン川西岸ではこれまでにない抵抗の動きが広がっていて、イスラエルはそこにイランの影があると主張する。8月19日、イスラエルの最大都市テルアビブで自爆攻撃が発生したことは、その警戒がさらに高まるきっかけになったとみられる。
イスラエルはイランに支援された勢力が難民キャンプに潜んでいると主張し、ヨルダン川西岸での作戦を正当化している。
急拡大したヨルダン川西岸の“戦線”
ただし、イスラエルの主張には、ガザ侵攻でイスラエルを支持した先進国の間でも懸念が広がっている。
なかでもフランスはヨルダン川西岸攻撃を「テロ政策」と呼んで批判し、イスラエル政府にパレスチナ人の安全確保を求めた。
イスラエルの主張に疑惑の目が向けられやすいのも無理はない。
イスラエルによるヨルダン川西岸への攻撃はこれまでもずっと続いてきたし、そのなかで「テロの脅威」を主張するイスラエルの過剰防衛の方がむしろ目についてきたからだ。
アルジャズイーラの集計によると、2023年1月1日から2024年8月29日までの間に、ヨルダン川西岸でイスラエル軍や入植者に殺害されたパレスチナ人は861人にのぼり、毎月40人以上のペースで犠牲者がでていた。
もともとヨルダン川西岸は、先述のように、ガザと同じく国連決議でパレスチナ人のものと認められているが、ガザと異なりイスラエルに実効支配され続けてきた。
イスラエルは軍事的にこの地を押さえるだけでなく、多くの入植者を移住させてきた。つまり、パレスチナ人を居住地から追い出し、そこにユダヤ人を住まわせてきたのだ。
これは国際法で禁じられる植民地化にあたり、国際司法裁判所も違法という判断を示している。
当然のようにパレスチナ人の抵抗は強いが、これに対してイスラエルは徹底した鎮圧で臨んできた。
その主体になってきたのはイスラエル軍だけではない。ユダヤ人入植者は占領政策の既得権保持者として、むしろイスラエル軍以上に積極的にパレスチナ人襲撃などを行ってきた(シオニストテロとも呼ばれる)。
昨年10月に始まったガザ侵攻は、このペースを加速させた。
今年上半期だけに限ってもヨルダン川西岸で殺害されたパレスチナ人は203人で、これはユダヤ人犠牲者の約4倍にのぼると国連人道問題調整事務所(OCHA)は報告している。
西岸に生まれる巨大な“さら地”
こうしてみた時、今回の大規模攻撃は突然始まったものではない。
ワシントン研究所のナオミ・ニューマン研究員は昨年11月の段階で、「ヨルダン川西岸でのユダヤ教過激派の暴力が第二の戦線を開きかねない」と警告していた。
今回の大規模攻撃の始まる直前の8月22日、イスラエル軍はトルカルムの難民キャンプをドローンで攻撃し、翌日には地上部隊が突撃した。地上部隊はブルドーザーなどで難民キャンプだけでなく、学校、病院といった民間施設を次々と破壊していった。
同じように民間人の生活基盤さえ根こそぎ破壊する行為は、今回の大規模攻撃のなか各地で報告されている。
ヌール・シャムスの難民キャンプを追われた難民はアルジャズイーラの取材に「水道を引き、電気をひけば、イスラエル軍が壊しにやってくる。イスラエルは私たちの生活を難しくして、ここを離れなきゃ仕方なくしようとしている」と応じている。
こうした報告から浮き彫りになるのは、イスラエルの軍事活動が、いわばヨルダン川西岸に巨大な“さら地”を生み出しているということだ。
これまでの経緯から類推すれば、それがパレスチナ人を追い出してユダヤ人の入植を加速させ、ヨルダン川西岸の実効支配を確実なものにするためと見ることに大きな無理はない。
ただし、それは当然パレスチナ側の強い抵抗を生み、ヨルダン川西岸での火の手をより大きくするとみられる。ガザでの“人道的戦闘休止”が合意されても、パレスチナ全体での和平は遥かに遠いのである。