中国の仲介でサウジ=イラン国交回復――その潜在的衝撃がウクライナ侵攻並みである4つの理由
中東のライバル、サウジアラビアとイランが、中国の仲介によって国交を回復させたことは、世界秩序の変化という意味で、ウクライナ侵攻と並ぶほどのインパクトを持つ。
中東発の衝撃を4点にまとめると
サウジアラビアとイランは3月10日、中国の仲介によって国交回復を発表した。両国は2016年に国交を断絶していたが、北京で行われた代表者会合では2ヶ月以内にそれぞれの大使館を再開することが合意された。
両国を仲介した中国の外交担当国務委員、王毅氏は「中国は大国として、憂慮すべき問題に建設的に関与し、責任を果たし続ける」と述べた。
その後、中国政府がサウジを含むアラブ諸国とイランを北京に招いて首脳会合を開く計画が表面化し、イラン国営放送が「サウジ国王がイラン大統領を招待した」と報じるなど、両国関係は急速に改善に向かっている。
この一連の動きは日本をはじめ西側の一般メディアではあまり熱心に報じられないが、国際政治におけるインパクトは極めて大きい。そこには主に4つのポイントがある。
・アメリカができなかったことに中国が成功した
・不安定な中東情勢に改善の兆しが生まれた
・世界の多極化がさらに進みやすくなった
・中国のエネルギー安全保障が強化される
以下、この4点に沿ってみていこう。
アメリカの仲介が無視された意味
第一に、今回の国交回復がアメリカにも処理不能なほど難しいタスクだったことだ。
サウジアラビアとイランは、どちらも世界屈指の大産油国だが、中東の二大ライバルと目されてきた。そこにはスンニ派とシーア派の宗派の違いだけでなく、外交方針の違いもある。サウジがアメリカと経済・安全保障の両面で協力してきたのに対して、イランは1979年以来アメリカ政府に「テロ支援国家」に指定されてきた。
国交断絶後の両国関係は、不安定な中東情勢をさらに悪化させる一因となってきた。そのため、アメリカもサウジとイランの仲介に着手していたのだが、結果的に仲介に成功したのは中国だった。
これに関して、アメリカ政府からは「我々はイランと国交がない(だから直接対話が難しくても仕方ない)」という弁明も聞こえる。
しかし、アメリカではなく中国に仲介を頼んだのはイランだけでなく、アメリカが同盟国と呼ぶサウジも同じだった。このサウジの行動については後で触れるとして、ここでのポイントは中東における中国の大きな存在感が鮮明になったことだ。
これまで中東ではアメリカの影響が強かった(その反動で他の地域より反米感情を抱く人が目立つ)。しかし、中国は冷戦時代からイランと深い関係にあるだけでなく、今やサウジ産原油の最大の輸入国でもある。
アメリカにできなかったサウジとイランの国交回復を中国が実現させたこと自体、世界の変化を象徴する。
中東情勢に改善の兆し
第二に、今回の国交回復が不安定な中東情勢を、少なくとも部分的には改善する効果があることだ。
サウジアラビアとイランの対立はこれまで外交的なレベルだけでなく戦場でもみられた。例えば、2011年からのシリア内戦でサウジはアメリカとともにシリアの反体制派を支援したが、これに対してイランはロシアとともにシリア政府を支援した。
また、2015年からのイエメン内戦ではサウジがイエメン政府を、イランが反体制派フーシを支援してきた。中東二大国の事実上の代理戦争によって、イエメンでは今年初頭までに23万人以上が死亡した。
こうしたなか、2019年にはイランの支援するフーシがサウジアラムコの精油施設をドローン攻撃するといった事案も発生している。
サウジとイランの国交回復は、こうした衝突を沈静化させる力を秘めている。アメリカの歴史ある資源コンサルタント、エナジー・インテリジェンスは「うまくいけば中東で経済成長が軍事力をしのぐ新時代を導くこともあり得る」と評価する。
ただし、当然だが中東におけるすべての対立が解消されるわけではない。なかでもイスラエルが今後どのような行動に出るかは不確定要素として残る。イスラエルはパレスチナ問題をめぐってイランと対立を深める一方、サウジなどアラブ諸国と関係改善を進めてきたからだ。
世界の多極化がさらに進む
第三に、今回の国交回復は西側とりわけアメリカの求心力が低下してきた結果であると同時に、それをさらに促す効果があることだ。
先述のように、サウジアラビアは長年アメリカと「石油と安全保障の交換」と呼ばれる関係を維持してきた。そのサウジがアメリカの仲介を事実上スルーしたことをカーネギー中東センターのマリア・ファンタペ研究員は「アメリカに対する不信感が募った結果」と指摘する。
アメリカのトランプ政権は2017年、それまでにない規模の経済制裁をイランに発動した。「イランが核開発している」という疑惑がその理由だったが、この疑惑自体、それまでイランの核査察を行っていた国際原子力機関(IAEA)の報告に反するもので、しかも疑惑の裏付けも不明だった。
ほとんど言いがかりの制裁だったが、経済が疲弊したイランはかえって強硬姿勢に転じ、ウラン濃縮を加速させるなど危機はエスカレートした。ところが、トランプ政権はもちろんバイデン政権も危機を沈静化させる道筋をつけられなかった。
その一方で、アメリカは2010年代半ばから国内でシェールオイル生産を加速させ、中東からの石油輸入を減らした。アメリカにはサウジへの警戒があったのだが、逆に原油市場のシェアを奪われたことはサウジの危機感も招いた。
さらに、「民主主義同盟」のリーダーを自認するバイデンは、歴代のアメリカ政府が事実上黙認してきたサウジの人権問題などにも口を出すようになった。
こうした背景のもと、サウジはウクライナ侵攻をめぐってもアメリカと距離を置き、ロシアと原油価格調整で協力してきた。
つまり、サウジが中国の仲介を受け入れたのはアメリカの中東政策に対する不信感が高まった結果といえるが、それは結果的に世界全体におけるアメリカの求心力をさらに低下させ得る。
サウジ財務相は3月15日、「国交が回復されれば速やかにイランに投資する用意がある」と発言した。サウジの投資は疲弊していたイラン経済を回復軌道に乗せ、世界第3位の確認埋蔵量を誇るイランの(いまだに制裁を残す西側以外への)原油輸出を増加させる。
その場合、世界の原油市場に大きなインパクトを与えるだけでなく、アメリカが主導する経済制裁の形骸化も鮮明になる。それはウクライナ侵攻の場合と似た構図だ。
中国のレジリエンスが高まる
最後に、中国のエネルギー安全保障が強化され、ひいては外交の独立性がこれまで以上に高まるとみられる。
中国はこれまでにイラン産原油の生産に着手してきたが、アメリカ主導の制裁にあわせて現状では輸入していない。
しかし、サウジのテコ入れでイランの石油・天然ガス生産が活発化された場合、中国はエネルギー供給地の多角化をこれまで以上に高められる。ビジネスであれ国際政治であれ、一カ所に依存しないことは独立性を担保する常套手段だ。
そのうえ、イランとの深い関係によって、中国は中東からパキスタン、アフガニスタン、あるいは中央アジア各国を経由し、陸上パイプラインで燃料を輸送する道も開ける。その場合、スエズ運河やマラッカ海峡など、一般的に海上輸送リスクの高い海域(いわゆるチョークポイント)だけでなく、中国はアメリカや周辺国との対立の場になっている南シナ海やインド洋も迂回できる。
これらを鑑みれば、サウジとイランの国交回復を仲介し、中国が中東での存在感を高めたことの地政学的意味は大きい。
サウジとイランの国交回復を受けてアメリカ国家安全保障会議のジョン・カービー議長は「中東の緊張を和らげる、いかなる努力も支持する。それは我々の利益だ」と述べるにとどまった。確かに中東の安定は全世界にとっての利益だが、その恩恵を最も受けられるのはアメリカではなく中国とみた方がよい。
だとすれば、サウジとイランの国交回復で中国が仲介に成功したことは、ロシアによる力任せの軍事侵攻とは表面的には対照的だが、世界全体に及ぼす長期的インパクトという意味では同レベルといえる。サウジとイランの国交回復を西側メディアが熱心に報じたがらないことは、西側の焦燥感の裏返しであり、決してインパクトが小さいからではないと考えた方がよいだろう。