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レバノン空爆にアメリカも困惑「全面戦争をみたくない」――イスラエル暴走の“黒幕”とは

六辻彰二国際政治学者
NYで行われたレバノン空爆に反対する抗議デモ(2024.9.24)(写真:ロイター/アフロ)
  • 大規模なレバノン空爆には、ガザ侵攻を基本的に擁護してきたアメリカでさえ、イスラエルに自制を求めている。
  • 同盟国アメリカを困惑させてまで独自の道を進むイスラエルでは、極右の発言力が急速に高まっている。
  • ネタニヤフ首相の求心力低下は、ヨルダン川西岸の正式編入やレバノン全面攻撃を主張する極右政治家の発言力を相対的に高めている。

「レバノンで全面戦争をみたくない」

 イスラエルは9月23日、レバノンに大規模な空爆を行った。これまでに569人以上の死亡が確認されている。

 この攻撃はガザ侵攻をきっかけに急速に高まっていた緊張の結果だ。

 イスラエルはこの作戦を「イスラーム組織ヒズボラを標的にしたものでレバノンと戦争するわけではない」と主張している。ヒズボラはガザのハマスを支持している。

 しかし、空爆はレバノン政府の同意のないまま行われた。

 そのため、レバノンのナジブ・ミカチ首相が空爆直後、国連本部のあるニューヨークに急遽飛び、アメリカなどに働きかけているのは不思議ではない。

 こうした状況にジョー・バイデン大統領は24日、「レバノンでの全面戦争をみたくない」と述べ、ヒズボラはもちろんイスラエルに対しても自制を求めた。

 同盟国アメリカだけでなくヨーロッパ各国の多くも懸念を表明している。

 昨年10月にガザ侵攻が始まった時、ほとんどの先進国は「イスラエルの自衛権」を支持した。これに比べて、レバノン空爆には世界のほとんどの国が反対しているといえる。

なぜイスラエルは突っ込むか

 イスラエルはヒズボラと約40年にわたって対立してきたとはいえ、なぜ今どの国からも支持されない戦争に突っ込むか。

 さらにいえば、ガザ侵攻でもイスラエルはかつてない批判にさらされているが、なぜブレーキをかけないか(アメリカなどが仲介したハマスとの交渉が停滞する責任の一端は、交渉のテーブルにつきながら民間施設を攻撃し続けるイスラエルにある)。

 そこにはイスラエルの内部事情を見逃せない。

 ガザ侵攻をはじめ一連の戦争はしばしば「ネタニヤフの戦争」と形容される。

 しかし、ベンヤミン・ネタニヤフ首相個人が暴走している、というニュアンスには疑問がある

 ネタニヤフはかつて、現在ほど過激でなかったからだ。

 2022年12月から現職にあるネタニヤフは、2021年6月まで約12年間にわたって首相を務めた経験がある。

 その間もハマスやそのスポンサーであるイランなどとの対決姿勢が鮮明だったが、少なくともヨルダン川西岸での違法入植を規制するといった最低ラインのバランスはあった。

 それが崩れるきっかけになったのが2022年の総選挙だった。

極右との取引

 2022年総選挙でネタニヤフ率いる保守系政党リクードは120議席中32議席を獲得し、第一党になった。ただし、議会過半数を握るには至らなかったため、より規模が小さい、しかしより過激な極右政党との連立政権を樹立したのだ。

 それにともないネタニヤフは極右勢力との間でいくつもの約束を交わした。例えば、

・それまでイスラエル政府によってさえ違法とみなされていたヨルダン川西岸の一部の入植者に法的な立場を認める

・実効支配しているヨルダン川西岸を正式に編入する

・ヨルダン川西岸での入植を統括する省庁の新設

 これらはヨルダン川西岸の占領政策を強化するもので、国連で定められたイスラエル=パレスチナ二国家建設案を完全に廃棄しかねない


 そのためパレスチナ人はもちろん、ハマスを支持するイランやヒズボラ、さらに二国家建設案を支持する世界の多くの国から強い拒絶反応を招くことは火をみるより明らかだった。

 また、リクードの政治家の一部からも拒否反応はあった。

 それでもネタニヤフがこうした約束をしたのは、支持基盤を固めるためだったといえる。

 一連の約束を最も支持したのは、ヨルダン川西岸の入植者だった。入植者は現在、約70万人にのぼり、イスラエル人口の約10%を占める。

 その数は限定的だが、利害関係が明確で結束しやすい。そのうえ、入植者だけでなく、超正統派と呼ばれるユダヤ教保守派からの支持もある。

 その結果、イスラエル人の多数派ともいえない声が政権の中枢で響きやすくなったのである。

「ハマスはバイデンが大好き」

 現在のネタニヤフは多くの有権者から批判されている。Times of Israel の8月の調査によると、「次の選挙で辞任すべき」という回答は69%にのぼった。

 しかし、支持が低下するほど、ネタニヤフは硬い支持基盤を求める。それはつまり入植者やユダヤ教保守派に支持される極右政党だ。

 つまり、ネタニヤフの求心力低下は、その裏返しでネタニヤフ政権のなかのより過激な政治家の声を強くしやすい

 その代表ともいえるのがイタマル・ベン=グヴィル国家安全保障相(このポストもネタニヤフ政権で新設された)だ。48歳のベン=グヴィルはヨルダン川西岸に近い西エルサレム出身で、極右政党オツマ・イェフディート(イスラエルの力)代表を務める。

 これまでに差別的言動やテロの煽動などで有罪判決を8回受けている。

 その言動はタカ派、ポピュリストなどさまざまな形容ができる。

 例えばベン=グヴィルは5月、Xに「ハマスはバイデンが大好き」と投稿した。イスラエル軍によるラファ攻撃にアメリカ政府が懸念を表明し、軍事援助の縮小を示唆したことへの反応だった。

入植のイデオローグ

 その過激な言動は対立をエスカレートさせてきた。

 例えばベン=グヴィルは8月末ハマスとの停戦交渉をアメリカが仲介している最中に、ヨルダン川西岸にあるアル・アクサ・モスクを訪問した

 アル・アクサはパレスチナとの対立の一つの焦点で、イスラエル政府はユダヤ人の訪問を規制していた。

 それを無視して、しかもデリケートな時期にイスラエル政府要人が訪問すること自体、挑発的なものだったが、そのうえベン=グヴィルはその地にユダヤ教の礼拝所(シナゴーグ)を建設することを提案したのだ。

 これがハマスやイスラーム各国からの反発と、多くのイスラエル国民の不安や警戒を招いた一方、入植者やユダヤ教保守派から歓迎されたことはいうまでもない。

 ベン=グヴィルら極右政治家に触発され、ヨルダン川西岸では入植者によるパレスチナ人襲撃などが急激に増加している。その状況にイスラエルの諜報機関の一つ、公安庁(シン・ベット)は8月末、「国家に計り知れないダメージを負わせる」と警告した。

 それでもネタニヤフはベン=グヴィルを左遷できない。

レバノン攻撃を唱道

 さらにベン=グヴィルは大規模なレバノン攻撃の旗振り役でもある。

 ヒズボラとの緊張が高まりつつあった5月、ベン=グヴィルはレバノン攻撃を主張した。

 その直前、ベン=グヴィルと並んでタカ派閣僚として知られるベザレル・スモトリッチ財務相は「イスラエルとの国境付近からヒズボラを掃討すること」を主張していた。

 ベン=グヴィルはこれを「不十分」と批判し、「我々の敵を撃ち倒す戦争が必要」とレバノン各地に大規模な攻撃を行うことを主張したのである。

 いわば政権内で極右同士が張り合う状況があるわけだが、これは結果的にさらに物事を過激な方向に向かわせるエネルギーになっている。

 これに引きずられてネタニヤフはひたすらアクセルを踏み続けなければならなくなっているといえる。

 ただし、それはネタニヤフ自身がまいたタネでもある。

 確かなのは、内向きの主張に乗っ取られたイスラエル政府が、世界全体の不安定要素になりつつあることだ。言い換えると、コップの中の嵐が世界を揺るがしているのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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