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「ガザの難民を先進国が受け入れるべき」――イスラエルで湧き上がる主張の意味

六辻彰二国際政治学者
イスラエル軍の空爆から逃れるパレスチナ人の家族(2023.11.6)(写真:ロイター/アフロ)
  • イスラエルでは「ガザの難民を先進国が受け入れるべき」という声があがっている。
  • それは主にガザ侵攻を進めるネタニヤフ政権の支持者である保守派からのものである。
  • イスラエル保守派がガザ住民の「自発的移住」を推奨するのは、軍事占領が容易になるからで、「自発的移住」を提案するのはこれまでもイスラエルが行ってきた手法である。

 ガザがほとんどの戦場と大きく異なる点の一つは、どの国も難民をほとんど受け入れていないことだ。これに関して、ガザを攻撃する当のイスラエルからは「難民を先進国が受け入れるべき」という声があがっている。その真意はどこにあるのか。

「先進国は受け入れるべき」の意味

 イスラエルのダニー・ダノン議員とラム・ベン=バラク議員は11月13日、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルに連名で寄稿し、「欧米はガザの難民を率先して受け入れるべき」と主張した。

【資料】UAE代表団と会談するベン=バラク議員(左)(2022.2.7)。中道系の野党出身だが、「ガザ難民を先進国が率先して受け入れるべき」という主張は支持者からも批判を集めた。
【資料】UAE代表団と会談するベン=バラク議員(左)(2022.2.7)。中道系の野党出身だが、「ガザ難民を先進国が率先して受け入れるべき」という主張は支持者からも批判を集めた。写真:ロイター/アフロ

 ガザでは10月からの戦闘ですでに1万6200人以上が死亡したとみられる。また、食糧やエネルギーが不足しているだけでなく、ガザに35カ所ある病院のうち、すでに21カ所は機能を停止している。

 それでも、ほとんどの人はガザを脱出できない。

 周辺のヨルダンやエジプトは「ガザから難民を受け入れない」と宣言している。これらの国にはすでに多くのパレスチナ人が居住していて、これ以上となると国内の政治問題に発展しかねないためだ。

 欧米各国や日本も事情は変わらない。多かれ少なかれガザでの人道支援を行っているものの、どの国も難民受け入れの意思を表明していない。

【資料】国連総会に出席するヨルダン国王アブドゥラ2世(2016.9.20)。ヨルダンは国内に約300万人のパレスチナ人を抱えるており、政府はガザからさらに難民を受け入れるつもりはないと宣言している。
【資料】国連総会に出席するヨルダン国王アブドゥラ2世(2016.9.20)。ヨルダンは国内に約300万人のパレスチナ人を抱えるており、政府はガザからさらに難民を受け入れるつもりはないと宣言している。写真:ロイター/アフロ

 こうしたなかでダノン議員とベン=バラク議員は欧米が率先して範を垂れるべきと主張したのだ。

 二人のうち、ダノン議員は与党リクードに所属しているが、ベン=バラク議員は野党イェシュ・アティッドの一員だ。イェシュ・アティッドはいわゆる中道系で、「テロ対策」の重要性は否定しないが、ネタニヤフ政権によるガザ侵攻には反対している。

ねじれた賞賛と批判

 この主張はイスラエル国内で思わぬ反応を呼んだ。ベン=バラク議員が所属するイェシュ・アティッドなど野党から「ガザの人々を追い出そうというのか」と批判が上がった一方、政権支持者からは賞賛の声が寄せられたのだ。

イスラエルのネタニヤフ首相(2023.10.28)。保守政党リクードを中核とするネタニヤフ政権はガザ侵攻を進めており、その支持者にはユダヤ教保守派的、極右的主張が目立つ。
イスラエルのネタニヤフ首相(2023.10.28)。保守政党リクードを中核とするネタニヤフ政権はガザ侵攻を進めており、その支持者にはユダヤ教保守派的、極右的主張が目立つ。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 例えばベザレル・ストマッチ財務大臣はSNSで「ガザのアラブ人が世界へ“自発的に移住すること”が…正しい人道的解決だ」と述べ、両議員の寄稿文に賛成した。

 ネタニヤフ首相は極右政党リクードの出身で、支持者の多くはガザ侵攻を支持している。閣僚にもいわゆるタカ派が多く、「核兵器の使用」を示唆する大臣すらいる。

 つまり、そこには大きな「ねじれ」がある。深刻な人道危機を招くガザ侵攻の支持者が「ガザの難民を先進国が受け入れるべき」と主張しているのだ。それはなぜか。

 結論的にいえば、ガザの人々がこの地を離れることは、イスラエルによる軍事占領を拡大させやすくなる。それはイスラエルがすでに行ってきたことでもある。

イスラエルの地上侵攻が加速するなかで居住地を離れるパレスチナ人(2023.11.8)。
イスラエルの地上侵攻が加速するなかで居住地を離れるパレスチナ人(2023.11.8)。写真:ロイター/アフロ

パレスチナ人の「移転」

 国連決議で「ユダヤ人のもの」と割り当てられた土地でイスラエルが建国を宣言した1948年、これに反対する周辺アラブ諸国が軍事侵攻を開始した。第一次中東戦争だ。

 この時、イスラエルの領土と認められていたのはパレスチナ全体の57%だった。

 ところが、混乱のなかでイスラエルは占領地を増やし、第一次中東戦争が終わってみればパレスチナ全体の77%を握るに至った。これにともなって70万人以上のパレスチナ人が難民になった。

 これに関して、イスラエル側は「戦争中、アラブ側が避難を呼びかけ、これに従ってパレスチナ人は自発的に居住地を離れた。つまり、パレスチナ人は土地を“放棄”した」と主張する。

【資料】第一次中東戦争を受け、家財道具をもって居住地を離れるアラブ人(撮影日不明、イスラエル政府公開)。
【資料】第一次中東戦争を受け、家財道具をもって居住地を離れるアラブ人(撮影日不明、イスラエル政府公開)。提供:GPO/ロイター/アフロ

 この主張の延長線上で、イスラエルはパレスチナ難民の帰還を認めていない。

 これに対して、アラブ側は「避難の呼びかけなどしていない」と否定し、むしろ「イスラエル兵による虐殺がパレスチナ人を追い払った」と主張する。

 確かなことは、これによってパレスチナ人の暮らしていた土地がユダヤ人居住区に作り変えられ、パレスチナ人の多くが帰るべき土地を失ったことだ。これはイスラーム世界で「ナクバ(大災厄)」として記憶されている。

 その後、占領地がさらに拡大した1960年代に、イスラエルはパレスチナ人の「自発的移住」を推進する政策(彼らはこれを「移転」と呼んだ)を導入した。ただし、それはパレスチナ人の土地を徴収し、家屋を破壊するもので、「自発的」とは名ばかりの、実質的には強制退去に等しいやり方だった。

【資料】自宅の鍵をみせる86歳のパレスチナ人男性(2023.5.13)。ヨルダン川西岸にある難民キャンプで。第一次中東戦争で退避を呼びかけられた住民は自宅に鍵をかけて離れた。鍵は帰還の象徴である。
【資料】自宅の鍵をみせる86歳のパレスチナ人男性(2023.5.13)。ヨルダン川西岸にある難民キャンプで。第一次中東戦争で退避を呼びかけられた住民は自宅に鍵をかけて離れた。鍵は帰還の象徴である。写真:ロイター/アフロ

ナクバの再来になるか

 現代に話を戻そう。

 ダノン議員とベン=バラク議員の寄稿文を賞賛したストマッチ財務大臣のように、軍事力を背景にガザ住民の「自発的移住」を推奨する保守派は少なくない。しかし、それはナクバの再来、「移転政策」の拡大を連想させる

 だからこそ、ベン=バラク議員の所属するイェシュ・アティッドなど中道系や、リベラル系の野党から激しく批判されたのだ。

 ねじれた賞賛と批判を受けて、ベン=バラク議員はSNSで「誤解がある」と釈明した。

 それによると、「ガザの住民には出て行くか、残るかを選択する権利があるはずだが…現状ではたとえ出て行きたくても不可能だ。彼らにその力がないだけでなく、どの国も受け入れるつもりがないからだ」と述べ、国連をはじめ世界の不作為を批判する意図を説明した。

イスラエルの最大都市テルアビブで行われた反戦デモ(2023.11.11)。イスラエルでもリベラル系を中心に即時停戦を求める世論はあるが、少数派にとどまっている。
イスラエルの最大都市テルアビブで行われた反戦デモ(2023.11.11)。イスラエルでもリベラル系を中心に即時停戦を求める世論はあるが、少数派にとどまっている。写真:ロイター/アフロ

 ベン=バラク議員の真意はまさに神のみぞ知るところである。

 ここで重要なことは、保守派の反応をみれば、「ガザ占領」がネタニヤフ政権の視野に入っていることがうかがえることだ。

たとえハマスが壊滅しても

 ネタニヤフ首相は「ハマス壊滅までガザ攻撃は続く」と言明している。イスラエルの軍事力からすれば、約365平方キロメートル、福岡市よりやや広い程度のガザを占領することは不可能ではないかもしれない。

 しかし、それはイスラエルにとっても大災厄をもたらしかねない。

ガザに展開するイスラエル兵(2023.12.2)。4日間の戦闘停止の後、ガザでの戦闘が再開した。
ガザに展開するイスラエル兵(2023.12.2)。4日間の戦闘停止の後、ガザでの戦闘が再開した。提供:Israel Defense Forces/ロイター/アフロ

 仮に組織としてのハマスが崩壊しても、イスラエルがガザを恒久的に管理すれば、パレスチナ人だけでなく多くのムスリムの怨嗟を招き、第二、第三のハマスが登場することは容易に想像されるからだ。

 軍事力のみに頼るイスラーム過激派の掃討に限界があることは、アフガニスタンでのアメリカ、チェチェンでのロシアの経験が示している。

 そのうえ、すでにイスラエル周辺のレバノンやイエメンでは反イスラエル勢力の活動も活発化し、中東一帯が不安定化しつつあるだけでなく、欧米でも社会の分断やイスラーム過激派の活動が触発されている。

 アメリカをはじめ先進国はこれまでイスラエルを基本的に擁護してきた。しかし、「どこまでイスラエルにつきあうのか」を深刻に受け止めなければならないタイミングに近づいているといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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