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ウクライナ危機の影の主役――米ロが支援する白人右翼のナワバリ争い

六辻彰二国際政治学者
対戦車砲を構えるウクライナ兵(2022.1.17)(提供:Ukrainian Defence Ministry/ロイター/アフロ)
  • ウクライナでの欧米とロシアの対立の影には白人右翼のナワバリ争いがある。
  • ロシアとウクライナのそれぞれの右翼団体は、欧米諸国から外国人戦闘員をリクルートしている。
  • それぞれの陣営の白人右翼は欧米とロシアに使われる「手駒」だが、日陰者だった彼らにとってウクライナ危機はいわばヒノキ舞台ともいえる。

 風雲急を告げるウクライナ情勢は欧米とロシアのナワバリ争いであると同時に、白人右翼同士のナワバリ争いでもある。自ら望んで戦地に集まってきた白人右翼にとって、ウクライナ危機は自らの存在を示す絶好の機会でもある。

ウクライナ危機のレッドライン

 昨年10月以来、ウクライナでの緊張は一気にエスカレートしてきた。アメリカがウクライナにミサイルを配備したことに対して、ロシアは「レッドラインを超えた」と判断し、国境付近に約10万人ともいわれる規模の部隊を配備したのだ。これは2014年のクリミア危機以来、ヨーロッパ最大の危機といえる。

 ウクライナは帝国時代からいわばロシアのナワバリだった。これに拒絶反応をもつ親欧米派のウクライナ市民が欧米との関係を強化しようとすることに、ロシアは拒絶反応を示している。

 欧米がロシアを信用しないように、ロシアも欧米に対する歴史的な不信感がある。ロシアに言わせれば、近代以降ロシアが欧米に軍事侵攻したことはなく、ナポレオンといいヒトラーといいロシアは常に侵攻されてきたからだ。

 ともかく、ロシアはウクライナに関して決して譲ろうとしない。そのための手段として、ウクライナ国境に集結する10万人相当の部隊や極超音速ミサイル「イスカンデル」がよく注目されるが、これらに匹敵するロシアの武器として白人右翼がある。

戦地に集まる右翼

 クリミア危機の後のミンスクII合意でロシアと欧米そしてウクライナは「外国の部隊」の駐留を禁じることを約束した。これは緊張緩和の一環だった。

ウクライナ東部で分離派の親ロシア派民兵との先頭に向かうウクライナ軍(2104.8.16)
ウクライナ東部で分離派の親ロシア派民兵との先頭に向かうウクライナ軍(2104.8.16)写真:ロイター/アフロ

 ところが、その後もロシア系人の多いウクライナ東部ではウクライナからの分離独立とロシア編入を求める動きが活発化しており、その混乱に乗じて2019年段階ですでに50カ国以上から約17,000人の白人右翼が集まっていたと報告されている。

 彼らは立場上「民間人」だが、実質的には外国人戦闘員だ。とりわけ多いのがロシアから流入した白人右翼で、その影にいるのが「ロシア帝国運動」である。

ロシア帝国運動は2002年に発足した白人右翼団体で、LGBTやムスリムにしばしば暴行を加えたりするだけでなく、プーチン政権に批判的な民主派の襲撃も行なってきた。形式的には民間団体だが、内実はロシア政府の出先機関に近く、サンクトペテルブルク近郊に広大な訓練場をもち、ここで軍事訓練などを行なっている。

 性的少数者や異教徒に厳しいロシアは「キリスト教文明の伝統的価値観を尊重する国」として欧米の白人右翼を惹きつけている。その結果、ロシア帝国運動には多くの外国人が集まっており、例えば2017年にスウェーデンで難民キャンプを爆破した2人のテロリストはサンクトペテルブルクで訓練を受けていたことが判明している。

 ロシア帝国運動のメンバーは民間軍事企業(言い換えると傭兵軍団)「ワーグナー・グループ」の「社員」として、シリア、リビア、中央アフリカなどの戦場で活動しているが、ウクライナ東部もその一部である。実質的にプーチンの実働部隊であるロシア帝国運動は、アメリカが2020年に国際テロ組織に指定するなど、各国で警戒の的になっている。

 民間人の立場を隠れ蓑に軍事活動を活発化させるロシア帝国運動は、ウクライナでエスカレートする緊張と対立の、いわば影の主役とさえいえる。

右翼の敵は右翼

 ただし、影の主役はウクライナ側にもいる。ウクライナの右翼団体アゾフ連隊だ。

 アゾフは2014年、クリミア危機をきっかけに発足し、民兵としてロシア軍やロシア帝国運動と戦火を交えた経験を持ち、その頃から民間人の虐殺といった戦争犯罪がしばしば指摘されてきた(そのためロシアメディアではネオナチ、ファシストと呼ばれる)。

 現在でも自警組織として市中パトロールなどを行なっているが、その一方ではLGBTや少数民族ロマへの襲撃もしばしば行なってきた。それでも現在のウクライナ政府と密接な関係にあることから、その不法行為はほとんど問題にもされず、首都キエフにある本部はウクライナ政府さえ介入できない、いわば「白人右翼の聖地」の一つになっている。

 欧米諸国では2010年代後半から白人右翼によるテロや暴動が目立つようになったが、近年では取り締まりも強化されている。活動の場を求める白人右翼のなかには、混乱の続くウクライナや実戦経験の豊富なアゾフに惹きつけられる者も増えていて、例えば2019年NZクライストチャーチのモスクで51人を殺害したB.タラントもウクライナ行きを希望していた

 なかには実際にウクライナに渡る右翼活動家も多く、アゾフ基地には欧米だけでなく中東など50カ国以上から17,000人以上が集まり、訓練を受けているとみられる。ロシア軍が国境付近に迫る状況は、アゾフがこれまで以上に大々的に活動するきっかけになり、それはさらに多くの白人右翼をウクライナに集める宣伝材料にもなるだろう。

毒をもって毒を制す?

 戦場の様子などもFacebookなどで発信し、欧米からも右翼活動家をリクルートするアゾフは、欧米での白人テロを誘発させかねない存在として危険視されている。実際、アメリカ議会は2015年、アゾフを「ネオナチの民兵」と位置付け、援助を禁じる法案を可決した。

 ところが2018年、国防総省からの圧力で議会は法案を修正し、それを皮切りに欧米はアゾフに軍事援助をしてきた。ジョージワシントン大学研究チームが昨年発表した報告書によると、アゾフやその下部団体のメンバーはアメリカをはじめ欧米諸国から訓練を受けており、なかにはイギリス王室メンバーも卒業生のサンドハースト王立陸軍士官学校に留学した者までいる。

 要するに、欧米はロシアを睨んでアゾフを手駒として利用しようとしているのだ。これこそ冷たい国際政治の現実であるが、欧米での右翼過激派の動向を考えれば、危険な賭けであることも確かだ。

 しかし、それはアゾフには関係ない。むしろ、欧米から承認を取り付けたアゾフは、ウクライナ危機がさらにエスカレートすれば、これまで以上に活動を活発化させることになるだろう。

 いわば世界が懸念を募らせるウクライナ危機は、日陰の身にあった白人右翼にとっての晴れ舞台ともなり得るのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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