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日本でコロナが収まっていないのに、なぜ今ワクチンを貧困国に届けるか

六辻彰二国際政治学者
フランスで接種が始まったファイザー製ワクチン(2021.2.19)(写真:ロイター/アフロ)
  • 日本を含む先進各国は貧困国でのワクチン普及に向けた支援を強化している
  • その念頭にあるのはワクチン外交を進める中国への対抗である
  • そこにはWHOを中国から「とり戻す」ことも含まれる

 多くの国でコロナをきっかけに経済が停滞し、さらに国民へのワクチン接種が行き届いていないが、それでも日本をはじめとする先進国は途上国にワクチンを提供するため巨額の資金協力を約束した。その背景には、中国の「ワクチン外交」とのレースがある。

マスク争奪戦の次はワクチン争奪戦

 日本を含む主要国首脳会議(G7)加盟国は2月19日、オンラインで首脳会議を行い、そのなかでコロナワクチンを世界全体に供給するための国際的枠組み(COVAX)に75億ドルを拠出することが確認された。

 世界保健機関(WHO)の主導で昨年発足したCOVAXは、主に途上国へのワクチン供給を念頭に置いている

 国際NGOネットワーク「ピープルズ・ワクチン・アライアンス」によると、昨年暮れの段階で、わずか14カ国だけで世界全体でコロナワクチンの53%を買い上げていた。その一方で、100をはるかに上回るほとんどの途上国は資金不足によってワクチンを買うことが難しく、とりわけ貧困国では10人に1人しか接種できないと試算される。

 「所得水準の差イコール生命の格差」という現実は以前からあったが、コロナはそれを改めて浮き彫りにしたといえる。

 これに対応するため、「ワクチンの公正な配分」を目指すCOVAXのもと、各国の製薬メーカーが製造するワクチンが買い上げられ、資金の乏しい国に配分される。今回のG7の合意は、ここに資金を提供するものだ。

ワクチン・ナショナリズムへの不満

 これに対しては、「日本だってコロナ対策で逼迫しているのに、しょせん外国である途上国のために援助する必要があるのか」といった批判もあり得るだろう。実際、国内そっちのけで「人道」に配慮するほど余裕のある国はない。

 それにもかかわらず、先進各国が寄り集まってCOVAXへの協力を打ち出したのは外交的な理由によるといえる。

 途上国とりわけ貧困国の多いアフリカでは、いくつかの国でコロナワクチンの接種が始まっているが、それでも豊かな国がワクチンをどんどん手に入れる状態に不平不満が吹き出している。常日頃、日本を含む先進国は「人道」を掲げて援助を行なってきただけに、いざという時に自国の利益を隠さない「ワクチン・ナショナリズム」は、先進国の言行不一致を際立たせている。

 そのため、例えばケニアのカグウェイ保健相は今月初旬、ドイツメディアの取材に対して「先進国に医療面で頼りすぎるのは愚かなことだ」と述べている。伝統的に先進国寄りで、コロナ発生の直後には中国への警戒感を隠さなかったケニアの政府高官をして、こうした発言をさせることは、今のアフリカに渦巻く先進国への不信感を象徴する。

中国のワクチン外交

 こうして高まる貧困国の不満を吸収したのは中国だ。

1月初旬、アフリカ4カ国を歴訪した王毅外相はアフリカ各国に優先的にワクチンを提供すると約束。その結果、例えばセネガルには2月17日、COVAXを通じたものより早く、中国国営のシノファーム製ワクチンの第一陣(20万回分)が到着した。

 COVAXを通じた供給は、WHOで承認されたワクチンだけに限られている。シノファームなど中国企業のワクチンもCOVAXに申請しているものの、実際にはファイザーやアストラゼネカなど欧米メーカー製がほとんどになる。しかし、それだけでは地球人口の60%以上を占める途上国でワクチンを行き渡らせるには到底足りない。

 その不足を補うように、COVAXを通じない中国やロシアからのワクチンが途上国で普及しているのだ。とりわけ中国は2月初旬までにアジア、アフリカ、中南米の53カ国に向けてワクチンを提供している。

「中国を悪く思うはずがあるか?」

 これと並行して、中国は「欧米製ワクチンより中国製の方が途上国に向いている」と宣伝する。そこには中国製ワクチンと欧米製の違いがある。

 日本でも医療従事者向けに接種が始まったファイザー製など、先進国で一般的なmRNAワクチンはマイナス20〜75度で保管する必要がある。これに対して、中国製ワクチンは従来のインフルエンザワクチンなど同じ不活化ワクチンで、mRNAワクチンのように超低温の保管設備が要らない。

 ここから、保管・輸送の設備が整っていない貧困国でワクチンを普及させるには中国製の方が優れていると中国政府系英字メディア、グローバル・タイムズは強調する。

 もっとも、すでに接種が行われているブラジルなどでは、中国製ワクチンがファイザーなどのものに比べて有効性が低いというデータが出ている。しかし、スーパーで値段の高いステーキ肉が売れ残っていても閉店間際の値引きから揚げに客が群がるように、いくらいいものでも手に入らない高価格品より、品質にかかわらず実際に手に入るものの方がはるかに重要と捉えられることは、日常生活でも目にすることだ。

 そのため、ルワンダの前保健相ビナワホ氏が「もし中国がワクチンを提供し、アフリカの多くの人命を救うなら、我々が中国を悪く思うはずがあるか?」というのは当然かもしれない。ちなみにルワンダは、いわゆる「親中」ではなく、先進国と中国の間でバランスを取り続けている国の筆頭であり、先進国からの投資も多い。

WHOをとり戻す

 G7がそろってCOVAXに巨額の資金協力を打ち出したのは、こうした背景のもとだった。

 そしてG7でCOVAX支援を強く主張し、他のメンバーを大きく凌ぐ40億ドルの拠出を約束したのがアメリカだったことは不思議ではない(ちなみに日本が提供したのは7900万ドル)。国際主義的な外交方針をとり、中国包囲網の形成を目指すバイデン政権にとって、COVAXにテコ入れすることは、WHOにおける中国の影響力を切り崩す効果を期待できるからだ。

 中国は多くの国へワクチンを供給しているが、そのほとんどはWHOを経由していない。2月初旬までに全世界に提供された5億3675万回分の中国製ワクチンのうち、COVAXに提供されたものは1000万回分、全体の約0.2%にとどまる。つまり、中国はそれぞれの国への二国間のワクチン提供を優先させることで、相手国への影響力を発揮しやすくしているのだ。

 中国は近年、豊富な資金提供で国際機関での発言力を強めてきたことが知られ、トランプ政権が脱退し、バイデン政権が復帰を宣言したWHOもその例外ではない。

 その一方で、多国間の枠組みより二国間の援助を優先させるのが中国の伝統的なやり方でもある。アメリカをはじめG7はCOVAXのテコ入れによって、中国が強い発言力を握ってきたWHOをとり戻そうとしているのだ。それはひいては中国の国際的発言力の土台になっている途上国との関係を揺さぶるものでもある。

 一般的に援助というと「相手のため」という慈善のようなものと思われがちだが、その良し悪しにかかわらず、実際のところどの国でも国際協力は「自分の利益」を意識したものとなる。『戦争論』で有名なクラウゼヴィッツの「戦争とは外交と異なる手段をもってする外交の延長である」というテーゼをもじって言えば、国際協力とは外交と異なる手段をもってする外交の延長である。人類未曾有の危機の最中に行われるCOVAXへの資金協力は、その典型といえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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