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南アフリカ選挙―人種対立が鮮明でも「黒いトランプ」が不発の意味

六辻彰二国際政治学者
EFFのマレマ党首の支持者(2019.5.5)(写真:ロイター/アフロ)
  • 南アフリカの選挙で、汚職の絶えないエリート主義的な与党ANCは、逆風にさらされながらも過半数を維持した
  • これに対して、排外主義的な野党、とりわけ黒人至上主義的な第3党EFFは、事前に注目を集めたものの過半数には遠く及ばなかった
  • ただし、その選挙結果は与党ANCが支持されたことを必ずしも意味せず、人種対立の火種はくすぶり続けている

 世界全体で人種や宗教に基づく差別が横行するなか、南アフリカでも「黒人による差別」が広がりつつある。しかし、5月8日に実施された総選挙では差別主義的な政党が大勢を占めるには至らなかった。これは南アフリカ人が、トランプ大統領を選出したアメリカ人より理性的だったことを意味するのだろうか。

万年与党の衰退

 まず、5月8日の南アフリカ総選挙の結果からみていこう。

 この選挙で、与党アフリカ民族会議(ANC)の獲得票は全体の62%から57%にまで減ったものの、過半数を確保することに成功した(総議席数は400)。

 ANCは1994年から与党の座を守ってきたが、今回の選挙では逆風にさらされていた。その最大の要因は、経済停滞にあった。

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 資源ブームに沸いた2000年代、とりわけ金やダイヤモンドの産出量は世界屈指の水準にある南アフリカは5%前後の成長率をみせた。豊富な資金力を背景に、この国はアフリカのなかで工業化の水準も高く、ホンダなど自動車メーカーを中心に日本企業も数多く進出している。さらに、2011年にはブラジル、ロシア、インド、中国がメンバーのBRICS会議の正式メンバーにもなり、名実ともに新興国としての地位を確立している。

 しかし、リーマンショック(2008)や資源価格急落(2014)の後、その経済成長には陰りが生まれた。世界銀行の統計によると、2017年の経済成長率は1.3%にとどまり、失業率は公式に確認されているだけで27%にのぼった。もっとも、アフリカ各国の統計の信頼性は低いため、実際の失業率はこれをはるかに上回るとみてよいが、ともあれ経済停滞が与党ANCへの不満の土台になったことは間違いない。

堕落した「解放の闘士」

 これに加えて、はびこる汚職がANC批判を増幅させていた。

 ラマポーザ大統領をはじめ、ANCの主要メンバーはかつて白人による人種隔離政策(アパルトヘイト)に反対し、全人種が等しく権利を保護される民主的な国家として南アフリカを再生させた「解放の闘士」だった。だからこそ、アパルトヘイト廃止以来、ANCは人口の多数派を占める黒人の支持を集め、一貫して与党の座を握ってきた。

 しかし、近年では万年与党の弊害でANC幹部には汚職の噂が絶えない。その象徴は、2017年10月に最高裁がズマ大統領(当時)の就任以前の783件の収賄容疑を認定したことだ。

 その後ズマ氏は失脚し、現在のラマポーザ大統領が就任したものの、人々の生活はほとんど改善しなかった。

 もともと南アフリカは世界でも屈指の格差社会で、社会の平等度を表すジニ係数は0.6を上回り、とりわけ黒人の若年層ほど失業などのリスクにさらされている。解放運動のリーダーだったマンデラは2013年に没した後も伝説的英雄として多くの人々から敬愛されているものの、格差が拡大するなかで腐敗したANCから人心が離れても不思議ではない。

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 そのため、今回の選挙は「ANCがどの程度議席を減らすか」が焦点だったのである。

「我々の国境を守れ」

 しかし、フタを開けてみれば、ANCは議席を減らしたものの過半数を維持した。言い換えると、野党が支持されにくかったといえる。

 事前の観測では、汚職にまみれたエリートや経済停滞への批判を掲げ、同時に排外主義を唱える第2党、第3党の動向が注目の的となっていた。

 このうち、第2党の民主同盟(DA)は、全体に占める獲得票の割合を22%から20%に微減させた。

 DAは白人など黒人以外の中間層を主な支持基盤にしており、もともとリベラルな党風が持ち味だった。しかし、近年では「我々の国境を守れ(Secure our borders)」をスローガンに掲げ、不法移民を犯罪やAIDSを蔓延させる元凶として指弾している。

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 アフリカからはヨーロッパなどに向けて、難民や不法移民などヒトの移動が増加しているが、南アフリカに限ってみればむしろヒトの流入が目立ち、合法移民だけでも30万人を上回る。先進国がヒトの移動を制限するなか、アフリカのなかで経済水準の高い南アフリカは、難民・不法移民にとってのセカンド・ベストになっているのだ。南アフリカ人より安い賃金で雇用できる外国人を好む企業があることは、これに拍車をかけている。

 その結果、先進国と同じく南アフリカでも経済状況の悪化とともに「外国人嫌い」が頭をもたげてきており、2008年5月には最大都市ヨハネスブルグの移民街が襲撃され、62人が殺害された。こうした暴力事件はその後の10年間で珍しくなくなっている

 こうした背景のもと、万年与党として経済界に近く、移民に寛容だったANCへの批判の受け皿として、DAの排外主義的なスローガンは勢いを増してきたのだ。しかし、結果的にはDAの主張は多くの支持を得られなかったといえる。

「南アフリカは黒人のもの」

 同じことは、第3党「経済的自由の戦士(EFF)」についてもいえる。

 EFFはDAよりさらに排外主義的で、エリート主義的なANCに幻滅した黒人の貧困層、とりわけ若者を中心に支持される。赤いユニフォームが特徴の、いわゆる極左政党だ。

 その主張は、一言でいえば「南アフリカを黒人の国にする」ことにある

 指導者マレマ党首は「大地の子(Son of the soil)」を標榜し、外国人である近隣諸国出身者はもちろん、たとえ南アフリカ人でも白人やアジア系などへの敵意も隠さない。例えば、EFFはインド系など複数のANC閣僚が「アフリカ的でない(Non-African)」ことを理由に退任を求めてきた。

 そのうえで、EFFは白人の土地を黒人に分配することを求めている。

 南アフリカは17世紀にオランダから、そして18世紀にイギリスから、それぞれ多くの白人が移住し、黒人から土地を奪って建国した国だ。その結果、現在でも人口の9%に過ぎない白人が耕作可能地の約73%を保有している。驚異的な格差の一因は、このいびつな土地制度にある。

 この背景のもと、EFF党首マレマ氏は「白人の特権を終わらせる」と力説する。「自分たち」の短期的な利益のために「彼ら」への敵意を煽り、その権利の制限をも正当化する点で、マレマ氏は「黒いトランプ」とも呼べるだろう。

 南アフリカの危機管理コンサルタント、クロード・ベサック氏はDAやEFFの台頭に関して「トランプ大統領やブラジルのボルソナロ大統領はその手法が広く支持を集められることを示した」と指摘している。だとすれば、少なくとも結果的に、トランプ大統領の「成功」は過去の白人による占領を拒絶する「黒いトランプ」の台頭を手助けする一因になったといえる。

 ところが、その動向が国際的な関心を集めたEFFの獲得票は全体の2%から10%に増えたが、ANCの牙城を突き崩すには遠く及ばなかったのである。

若者の無関心

 排外主義的な野党の勢力が限定的だった結果からは、トランプ大統領のアメリカや極右政党が台頭するヨーロッパ諸国と比べて、南アフリカの有権者が「穏当な」判断をしたようにも映る。また、大企業から労働組合に至る多くの組織と連携してきた与党ANCが、組織票を活かした可能性も大きい。

 その一方で、注目すべきは、失業や格差などに最も直面しやすく、EFFの支持者になりやすいと目されていた若者の政治離れだ

 出生率が高く、人口増加が続くアフリカでは平均年齢が若く、南アフリカの場合は周辺国よりやや高いものの、それでも27.1歳だ(ちなみに日本は47.3歳)。つまり、若者の動向が選挙結果に大きな影響力をもつことになる。ところが、南アフリカ選挙管理委員会によると、今回の選挙での有権者登録で最も多かった30代(男女合計)が667万人以上だったのに対して、20代は531万人にとどまり、過去最低の水準だった。

 若者の選挙離れは、政治そのものへの無関心とみられている。どの党であれ政治家をあてにしていない若者が多かったとすれば、これがEFFの伸び悩みにつながったとみてよい。

 

 もしそうなら、与党ANCが過半数を維持したことは、国民の多くから支持されたことを必ずしも意味しない。むしろ、今後EFFが戦術を向上させたなら、若者を取り込む余地は大きい。

 つまり、今回の選挙結果があっても、人種対立の火種は残ったままなのだ。そのため、白人の土地収用の問題がさらに深刻化した場合、南アフリカがこれまでにない混乱に陥る可能性をはらんでいる。そして、この問題は移住・占領した白人が経済力を握った点で南アフリカがアメリカやオーストラリアなどと共通するだけに、一国内の人種問題にとどまらないインパクトを秘めているのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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