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岸田政権は「海外に資金をばらまいている」か――データから浮かぶ援助の変貌

六辻彰二国際政治学者
(提供:イメージマート)
  • SNSなどでは岸田政権への批判の一環として「海外で資金をばらまいている」といわれる。
  • データを確認すると、実際に2021年頃から海外向け援助が急増している。
  • 贈与額は2022年に2000億円だったが、今年はそれをさらに上回ると見込まれる。

海外への資金提供は実際に増えている

 このところSNSなどでは、岸田政権が「海外で資金をばらまいている」という批判が目立つ。

 物価上昇、「異次元の少子化対策」に代表される疑問の余地の大きい政策、首相の家族を含む政府関係者の不祥事などへの不満が、これに拍車をかけているかもしれない。

 しかし、これらの問題を一旦おいたとして、実際に海外に提供される資金は増えているのだろうか。

少子化対策で記者会見に臨む岸田首相(2023.6.13)。財源に関する疑問を含めて異論や批判も少なくない。
少子化対策で記者会見に臨む岸田首相(2023.6.13)。財源に関する疑問を含めて異論や批判も少なくない。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 結論的にいえば、増えている。しかも、今後も増え続ける可能性が大きい

 下のグラフは2019年から今年7月までに日本外務省が正式に合意・調印したODA(政府開発援助)の拠出額を示している。

 海外向けの資金にはいくつものバリエーションがあるが、ここではその柱である外務省のODAに絞る。さらに、貸すタイプの「貸与」を除外し、あげるタイプの「贈与」に限っている。

 この間、近似曲線の動きからも分かるように、ODA贈与額は増加傾向を示している。

 特に2023年3月にとび抜けて高い数値を記録しているが、合計1135億円のうち530億円はウクライナ向けだった。

 ウクライナ以外にも、2022年度に食糧価格高騰などによってODA要請が増加したことと、公的機関特有の年度末の予算消化が結びついた結果が、この急増だったといえる。

 しかし、これでは動向がやや分かりにくいので、年単位で表してみよう。それがこれだ。

 「地球儀外交」や「積極的平和主義」を掲げた安倍政権と比べても、岸田政権にはODAの増加をうかがえる。日本のODAは貸与が中心だが、それでも贈与の増加によってその比率が徐々に高くなっていることもわかる。

 2023年のデータは7月いっぱいまでのものだが、このペースでいけば年末までに昨年を上回ることはほぼ確実だ

なぜODAを増やすのか

 物価上昇で国民生活が圧迫されているだけでなく、国民の5人に1人が後期高齢者になる「2025年問題」を目前にしたこの時期に、外国を支援する余裕があるのか、ばらまきすぎではないか、といった批判があることは理解できなくない。

 ただし、あえていえば、ODA増額にはそれなりの必然性がある。

G7広島サミット(2023.5.21)。首脳宣言では世界全体でインフラ建設を加速させるグローバル・インフラ投資パートナーシップのために最大6000億ドルを共同で拠出することが確認された。
G7広島サミット(2023.5.21)。首脳宣言では世界全体でインフラ建設を加速させるグローバル・インフラ投資パートナーシップのために最大6000億ドルを共同で拠出することが確認された。提供:外務省/ロイター/アフロ

 このタイミングでODAを増やしているのは日本だけではない。先進国30カ国が2021年に提供したODAは合計約1860ドルだったが、2022年にはこれが約2113億ドルにまで増加した。

 そこには主に以下のような理由があげられる。

・コロナ禍による悪影響は途上国でむしろ大きく、ワクチンを一回も打てていない人が人口の過半数を占める国も貧困国には少なくない。

・多くの途上国ではウクライナ侵攻による穀物価格の高騰に加えて、地球温暖化の影響による干ばつや洪水、さらにバッタの急増などで食糧危機が広がっている。

・生活苦を背景に、イスラーム過激派によるテロや、クーデタも増えている。

・その結果、世界の難民が1億人を突破しているが、そのほとんどは途上国・新興国で保護されている。

バッタを駆除しようとするケニアの農家(2021.2.1)。アフリカから中東にかけての蝗害は食糧危機を加速させる一因になっている。
バッタを駆除しようとするケニアの農家(2021.2.1)。アフリカから中東にかけての蝗害は食糧危機を加速させる一因になっている。写真:ロイター/アフロ

 つまり、危機が広がっているがゆえに、国際協力へのニーズは高まっているのだ。

情けは人のためならず

 同じようなことは、これまでも石油危機(1973-74年)、冷戦終結(1989)後の景気後退、リーマンショック(2008年)など、大きなショックの折にみられ、その度に先進国はODAを増やした

 こうした背景のもと、OECDの統計では2022年の日本のコロナ関連(約33億ドル)とウクライナ関連(約7億ドル)のODAはそれぞれ先進国中第1位、第3位(米加に次ぐ)だった

 ただし、念のために付言すれば、それは人道主義といった高尚な理念だけが理由ではない。

ウクライナのハルキウ州で発生した、ロシアのドローンによるとみられる攻撃で炎上する家屋と消防士(2023.8.1)。ウクライナ戦争は食糧価格の高騰などによって世界全体に大きな影響を及ぼしている。
ウクライナのハルキウ州で発生した、ロシアのドローンによるとみられる攻撃で炎上する家屋と消防士(2023.8.1)。ウクライナ戦争は食糧価格の高騰などによって世界全体に大きな影響を及ぼしている。提供:State Emergency Service of Ukraine via Facebook/ロイター/アフロ

 途上国・新興国で政情不安が広がれば、資源調達にブレーキがかかったり、進出している企業の安全が脅かされたりしかねない(日本政府の言い方で言えば「…世界が抱える課題の解決に取り組んでいくことは我が国の国益の確保にとって不可欠となっている」)。

 また、その良し悪しはともかく、「相手が困っている時こそ協力すれば自国の影響力が強まる」という政治的モチベーションは、程度の差はあれ、どの国でも働きやすい。

 つまり、このタイミングで途上国・新興国にODAを増やすことには、長期的には先進国ひいては日本自身のため、という外交方針があるといえる。

仲間内のピア・プレッシャー

 それに加えて、日本には先進国の大きな方針から逃れにくいという事情もある。

ロシア・アフリカ首脳会合に出席したコモロのアザリ大統領とプーチン大統領(2023.7.28)。アフリカなどグローバル・サウスには先進国と中ロの間で中立を目指す国が多い。
ロシア・アフリカ首脳会合に出席したコモロのアザリ大統領とプーチン大統領(2023.7.28)。アフリカなどグローバル・サウスには先進国と中ロの間で中立を目指す国が多い。写真:ロイター/アフロ

 とりわけ中ロとの緊張が高まるなか、先進国はグローバル・サウスの支持を取り付ける必要に迫られている。それは冷戦時代、共産主義陣営との対決を念頭に「援助競争」を繰り広げたのとよく似た構図だ

 「アメリカ第一」を掲げたトランプ政権の時代、アメリカは資金のセーブを優先させ、これが結果的に中ロの影響力を拡大させた。コロナ感染が拡大した直後、中ロが途上国にいち早く支援を行ったことは、先進国の内向き姿勢と対照的だった。

 これがグローバル・サウスの先進国離れを加速させたことから、アメリカで中ロの「封じ込め」を意識するバイデン政権が本格稼働し始めた2021年以降、先進国は遅ればせながらコロナ関連支援を増やしたのである。

 この構図のなか、日本はアメリカをはじめ欧米各国から国際協力を増やすよう求められやすい。

 もともと日本のODAの規模はGNI(国民総所得)の0.2%程度で、経済規模に照らすと決して大きくない。そのうえ、日本以上のインフレ率や失業率に直面する国も多い。

 ウクライナ向けODAで日本が先進国屈指の水準であることも、この文脈から理解できる。

 つまり、ウクライナ向けの軍事援助に熱心な欧米の手前、この分野での協力に限界のある日本政府は、できる範囲でODAを増やさざるを得ない。アメリカの戦略に民生分野で協力することは、ベトナム戦争前後の東南アジアや、対テロ戦争におけるアフガニスタン、イラクでもみられたものだ。

大統領選挙での勝利が正式に確定してTV演説に臨むバイデン氏(2020.12.14)。バイデンは選挙中から、中ロへの対抗を意識して途上国むけ援助の増額などを主張し、同盟国にも協力を求めてきた。
大統領選挙での勝利が正式に確定してTV演説に臨むバイデン氏(2020.12.14)。バイデンは選挙中から、中ロへの対抗を意識して途上国むけ援助の増額などを主張し、同盟国にも協力を求めてきた。写真:ロイター/アフロ

内外政策の精査を

 だとすると、岸田政権であろうがなかろうが、このタイミングで日本がODAを増やさない選択は限りなく難しい。

 しかし、そうした「政治的援助」が増えることと、それが貧困削減など本来の目的に適うことはイコールではなく、日本(だけではないが)のODAにはしばしば手続きや採用などでの透明性の不足が指摘されている。

 要するに、国内の公共事業で汚職や請負業者の不正が絶えないのと同じ構図だ。いくら外交的に必要でも、税金を投入する以上、こうしたムダを排除すべきことは当然である。

 同じことは国内政策に関してもいえる。

 不安定化する世界のなかで日本の国際的立場を保つためにODA増額が必要だが、そのために国民生活が軽視されていいはずはない。ODAと同様、国内の教育や社会保障に関しても、日本政府には効果や効率を意識して、資金の使い方をこれまで以上に精査することが求められる。

 冷戦時代にも「援助競争」はあり、そのなかで日本はひたすらODAを増やし続け、1980年代にはアメリカと金額の首位を争うほどだった。

 しかし、冷戦時代の日本は戦後復興から高度経済成長、そしてバブル経済へと経済成長の道をひた走っていた。

 この点で現代とは大きく異なることを、日本政府にはもう一度思い出してもらいたい。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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