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岸田首相のアフリカ4カ国歴訪――687億円の拠出にどんな意味があるか

六辻彰二国際政治学者
ケニアを訪問してルト大統領と握手する岸田首相(2023.5.3)(写真:ロイター/アフロ)
  • 岸田首相はアフリカに3年間で5億ドルの資金協力を約束したことに、国内では懸念や不安もある。
  • もっとも、資金協力のほとんどは貸付と民間投資で、良し悪しはともかく「自腹をきる」部分は小さいとみられる。
  • ただし、中ロの牽制を念頭に、G7での評価だけを意識して資金協力を約束し、今後の対応がおざなりになるなら、5億ドルは本当にムダになるとみられる。

 岸田首相がアフリカを訪問し、5億ドル(約687億円)の資金協力を約束した。諸物価が高騰するなか複雑な思いを抱く人も多いだろうが、日本が今後アフリカをおざなりにするなら、この資金協力は本当にムダになるといえる。

アフリカへの協力は必要なのか

 岸田首相は5日、アフリカ歴訪から帰国した。今回、岸田首相は4月30日のエジプトを皮切りに、約1週間かけてガーナ、ケニア、モザンビークのアフリカ各国を巡った。

 その最中の5月2日、ガーナのアクフォ=アド大統領との会談で、岸田首相はアフリカ各国に対して3年間で5億ドルの資金協力を行うことを約束した。

 昨年8月の第8回東京アフリカ開発会議(TICAD8)で日本政府はアフリカに対して「3年間で300億ドルの協力」を約束していた。今回の約束は、これに追加したものだ。

 こうした資金協力が国内で好意的に受け止められているとは限らない。昨年のTICAD8の際もそうだったが、今回もSNSを中心に「日本が大変な時期に」といった懸念や疑問が噴出したからだ。

 そうした言い分も理解できなくはないが、その一方で大きなカン違いも見受けられる。

 こうした懸念や疑問には「日本がタダで(しかも善意100%で)資金を渡している」という思い込みがあるとみられる。

 しかし、日本政府はそれほど気前よくもなければ、博愛精神に富んでいるわけでもない。

エジプトを訪問し、アラブ連盟本部で演説する岸田首相(2023.4.30)
エジプトを訪問し、アラブ連盟本部で演説する岸田首相(2023.4.30)写真:ロイター/アフロ

日本の資金協力は「貸す」中心

 そもそも援助には贈与(返済義務はない)と貸付(返済義務がある)の2種類があるが、日本は他の先進国と比べて貸付の割合が高い。

 経済協力開発機構(OECD)の統計によると、2022年に先進国(開発援助委員会[DAC]加盟国)29カ国が途上国向けに提供した政府開発援助(ODA)は総額2039億ドルで、このうち日本からのものは約174億ドル(約8%)だった。

 ところが、同じ時期に先進国が提供した二国間貸付は総額約142億ドルだったが、日本はそのうちの約89億ドル(約62%)を占めた。

 つまり、その良し悪しはともかく、欧米諸国が「あげる」タイプ中心なのに対して、日本は圧倒的に「貸す」タイプが多いのだ。

チュニジアで開催されたTICAD8(2022.8.27)。ここで日本政府は「3年間で300億ドル」の資金協力を約束した。
チュニジアで開催されたTICAD8(2022.8.27)。ここで日本政府は「3年間で300億ドル」の資金協力を約束した。写真:REX/アフロ

 コロナ禍という未曾有のショックを受けたとき、国民向けの支援さえ「貸す」中心だった日本政府が、外国相手に簡単に自腹を切らないのは不思議でない。

 さらに、これも良し悪しはさておき、日本政府は欧米各国と異なり「国際協力」のカテゴリーに民間投資も含めている。

 したがって、昨年のTICAD8で示された300億ドルに関しても、貸付と民間投資がかなりの割合を占めるものと考えられている(政府は詳細な内訳を発表していない)。今回の5億ドルにしてもほぼ同様とみた方がよいだろう。

アフリカの先にある中ロ

 これに付け加えて、「国際協力は人道的観点から行われる」と暗黙のうちに想定する人も多いが、これも神話に近いものとさえいえる。どちらも「そうであるはず」という思い込みに近いからだ。

ロシアを訪問してプーチン大統領と会談するセネガルのサル大統領(2022.6.3)。ウクライナ侵攻後も多くのアフリカ諸国はロシアとの関係を維持している。
ロシアを訪問してプーチン大統領と会談するセネガルのサル大統領(2022.6.3)。ウクライナ侵攻後も多くのアフリカ諸国はロシアとの関係を維持している。写真:ロイター/アフロ

 いくら人道的に問題が多くとも、外交関係の悪い国に援助することに熱心な国はない。また、それとは逆に、いくら人道的に問題が多くても、外交関係さえ良ければ、その国の政府の責任が不問に付されることも珍しくない。

 むしろ、国家予算を投入する以上、実際にはほぼ常に「自国の影響力を増すため」といった外交目標が含まれる。それは中ロなどだけでなく、程度の差はあれ、西側も基本的には同じだ。

 今回のアフリカ支援の場合、究極的には中国やロシアへの牽制という意味が大きい。

 アフリカでは2000年代から資源開発を目当てに各国が進出レースを展開している。

 その一方で、国連加盟国の約1/4を占めるアフリカは、国際的な舞台で発言力を増そうとする国にとって、大きな「票田」と位置づけられる

 こうした背景のもと、とりわけ西側が警戒を募らせているのが、豊富な資金力を背景に進出を加速させる中国と、イスラーム過激派掃討などの軍事協力をテコにするロシアだ。

中国アフリカ協力フォーラムで南アフリカのラマポーザ大統領(当時)と歩く習近平主席(2018.9.4)。
中国アフリカ協力フォーラムで南アフリカのラマポーザ大統領(当時)と歩く習近平主席(2018.9.4)。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 だからこそ、岸田首相は今回の歴訪中、折に触れて「自由で開かれたインド・太平洋」、「法に基づく国際秩序」を連呼した。これはいわばアフリカの先に中国やロシアの影を見据えたものといえる。

 その意味で今回、現職首相が訪問したことの意味は大きい

 これまで在任中にアフリカを訪問した日本の首相は、森喜朗、故・安倍晋三の両氏だけだ。

 これに対して、中国の場合、習近平国家首席や外交を統括する王毅氏がほぼ毎年アフリカ各国を訪問している。

 一方、バイデン大統領は2020年大統領選挙の時からアフリカとの関係強化を謳い、昨年はアフリカ訪問を約束したものの、いまだに実現していない。

ケニアを訪問したジル・バイデン(2023.2.26)。ファーストレディとしてアフリカを初めて訪問したが、夫のバイデン大統領はまだアフリカを訪問していない。
ケニアを訪問したジル・バイデン(2023.2.26)。ファーストレディとしてアフリカを初めて訪問したが、夫のバイデン大統領はまだアフリカを訪問していない。写真:ロイター/アフロ

 この状況下、岸田首相の訪問はアフリカ各国だけでなく、目前に迫ったG7広島サミットでアメリカをはじめ他の主要国に「日本の本気度」をアピールする効果があったといえる。

5億ドルがムダになるとき

 ただし、今回の訪問だけで「アフリカを日本あるいは西側にひきつけられる」と期待することもできない。

 最大の理由は、アフリカに複数の選択肢があることだ

 例えば、日本は先述のように昨年、「3年間で300億ドル」を約束したが、中国は一昨年「3年間で400億ドル」を約束している。

 こうした「援助競争」は冷戦時代、やはり東西両陣営の勢力争いの舞台になっていたアフリカでは珍しくなかった。しかし当時と現代では大きく異なる点もある。

中国資本によって建設されたケニアの高速鉄道(2019.10.16)。
中国資本によって建設されたケニアの高速鉄道(2019.10.16)。写真:ロイター/アフロ

 冷戦時代、どの国がどちらの陣営に組み込まれるかという東西の区分けが一度成立すれば、それ以上の競争は生まれにくかった。いわば東西の住み分けが可能だったのだ。

 ところが現代では、一部の例外的な国を除き、西側と中ロの住み分けはほぼ不可能だ。アフリカ各国は自由貿易のルールのもと、ほとんどの国が西側とも中ロとも取引し、それらからの協力を受けている。

 今回、岸田首相の訪問先のうち、ガーナはとりわけ西側よりのスタンスが鮮明な国の一つだ。しかし、それでも中国は同国の大きな取引先で、大規模なインフラ建設も行なっている。さらに、輸入小麦の3割はロシア産が占めている。

 要するに援助したからといって、それだけでアフリカが日本や西側に全面的になびくと想定するのは安易すぎる。むしろ、流動的な環境でリスク分散を図るのは当たり前ともいえる。

 したがって、岸田首相の訪問は「それだけで日本の影響力を確立できないが、それがなければさらに影響力は低下していた」という最低限の効果しか期待できない。とはいえ、それが現状の日本のできる最大限でもあったといえる。

 それも今回だけのスポットなら、アフリカの開発や安定はもちろん、日本や西側の影響力拡大といった効果はますます期待できなくなる。その意味で、岸田政権がG7首脳の評価だけを期待してアフリカを訪問し、今後おざなりにするなら、今回の5億ドルは本当にムダになるといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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