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日中の対アフリカ「援助競争」の落とし穴――TICAD8から考える

六辻彰二国際政治学者
チュニスでのTICAD8開会式の中継を取材する各国の記者(2022..8.27)(写真:REX/アフロ)
  • 日本政府はアフリカ各国向けに300億ドルの資金協力を約束した。
  • 日本政府の最大の目的は、国際的な発言力の強化と中国に対抗することにあるといえる。
  • しかし、中国との「援助競争」は日本だけでなくアフリカにとってもリスクを抱えたものである。

TICAD8での約束

 8月27日〜28日、チュニジアの首都チュニスで第8回東京アフリカ開発会議(TICAD8)が開催された。

 TICADは国連などとの共催で日本政府が1993年から開催してきた国際会議で、アフリカの開発を協議する場である。ケニアのナイロビでのTICAD6以来、アフリカ大陸で開催されるのは2回目だ。

TICAD6でチャドのイドリス・デビー大統領と握手する安倍首相(2016.8.27)
TICAD6でチャドのイドリス・デビー大統領と握手する安倍首相(2016.8.27)写真:ロイター/アフロ

 コロナ感染のため初日の全体会合にリモートで参加した岸田首相は、今後3年間で官民あわせて300億ドル、日本円で約4兆円の資金協力を約束した。日本政府によると、その主な内訳は以下の通り。

・脱炭素への構造転換を見据えた「グリーン成長イニシアティブ」に40億ドル

・国連アフリカ開発銀行と協調した民間セクター支援に約50億ドル

・産業人材を5万8000人育成

・COVAXを通じた新型コロナワクチン支援に約15億ドル

・食料生産強化支援に3億ドル、緊急食料支援に1.3億ドル など

なぜアフリカに協力するのか

 アフリカ研究者としては残念だが、毎回TICADの認知度は低い。しかし、これまでと比べても今回のTICADは国内で不評といってよい。

8月29日、日経平均は一時800円超下落した。
8月29日、日経平均は一時800円超下落した。写真:つのだよしお/アフロ

 「アフリカに4兆円」のインパクトが大きかったのか、コロナ感染拡大に端を発する景気後退に加えて、ウクライナ侵攻による諸物価高騰のなか、なぜアフリカに支援しなければならないのかといった意見はネット上に溢れている。

 ここで念のために確認すると、4兆円の全てがアフリカに対する善意の拠出ではないということだ。そこには二つのポイントがある。

 第一に、そこには日本企業が利益を見込んで行う投資が含まれる。

 前回2019年のTICAD6で安倍首相(当時)は日本企業による200億ドルの投資を約束した。今回、官民の内訳は明示されていないが、前回とほぼ同じ程度だとすると過半数は投資であるため、ただの支援というわけではない。

 第二に、一般的に国際協力というと「相手のため」と思い込まれやすい(これは筆者が「国際協力の神話」と呼ぶものの一つ)が、そこに「人道」といった大義名分があるにせよ、ほぼ必ず自国の外交的(経済的とは限らない)利益が織り込まれている。

イラン国王(右)とホワイトハウスで会談するハリー・トルーマン大統領(左)(1949.11)。この年、トルーマンは有名な「ポイント・フォー演説」で国際協力の開始を宣言した。
イラン国王(右)とホワイトハウスで会談するハリー・トルーマン大統領(左)(1949.11)。この年、トルーマンは有名な「ポイント・フォー演説」で国際協力の開始を宣言した。写真:Shutterstock/アフロ

 そもそも国際協力は1940年代末、東西冷戦のなかで一国でも多くの国と関係を強化したかったアメリカが始めた活動だ。それ以来、国際協力は常に外交の延長線上にある。程度の差はあっても、基本的にはどんな国でも変わりない。

アフリカに支援する外交的利益とは

 この観点からみたとき、日本政府によるアフリカ政策は、国際的な発言力を大きくしようとする目的と切り離せない。

 「貧困国の集まりであるアフリカに協力して、なぜ国際的な発言力が大きくなるのか」と思う人もあるかもしれない。実際、アフリカのほとんどの国は貧困国だが、その一方で国の数は多く、国連加盟国の約4分の1を占める。

 だから、その支持を集められるかは、国際的な影響力にも関わる。

 例えば、国連総会は1971年の決議で「正統な中国政府」の認定を、それまでの中華民国(台湾)から中華人民共和国に切り替えたが、このときに大きな役割を果たしたのがアフリカの多くの国の支持だった。当時、毛沢東は「アフリカの友人たちのおかげ」と語ったといわれる。

南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領(当時)の訪中を控えて中国各地に翻る南ア国旗と中国国旗の向こうにある毛沢東の肖像(2010.8.23)
南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領(当時)の訪中を控えて中国各地に翻る南ア国旗と中国国旗の向こうにある毛沢東の肖像(2010.8.23)写真:ロイター/アフロ

 日本の場合、とりわけ2010年代以降、中国への意識が国際協力の一つのドライブになってきた。つまり、日本がアフリカで存在感を大きくできれば、中国の国際的な発言力を削れる、という考え方だ。

 この2年間で、中国のアフリカ向けコロナ関連協力が増えたことは、日本政府の警戒感を加速させてきた。

 今回も、岸田首相は開会式の基調演説で「自由で開かれたインド・太平洋の重要性」を強調し、名指しこそ避けながらも中国を牽制している。

援助競争のワナ

 この背景のもと、日本と中国はアフリカで援助競争を繰り広げてきた。TICADと同じく、アフリカ各国の首脳を招いて開催される中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)で示された協力内容をTICADのそれと比較すれば、2010年代からお互いを意識した資金増額がうかがえる。

 しかし、援助競争はアリ地獄と同じだ

 どちらも相手がいる以上、自国の状況や成果の有無に関係なく、おいそれとこのレースを降りられない。

 しかも、レースで優位に立とうとすれば、少しでもアフリカ受けを良くしようとして、サービスをよくせざるを得ない。例えば日本は「債務のワナ」が指摘される中国との差別化を図るため、アフリカに対する援助(民間投資ではなく公的な資金)に占めるローンの割合を抑えているが、それは贈与を増やすことに他ならない(貧困国にはローンを控えるという先進国の間の合意もこれに影響している)。

 2020年の実績でいうと、日本からの貸付は2億4255万ドルで、この年のアフリカ向けODA合計(純額)の約20%だった。ちなみに、世界全体に対する日本のODAのうち貸付の占める割合は約46%だった。

 これがアフリカのためになっているというなら、まだしも救いがある。日本政府はアフリカの「自助努力」支援を公式の目標としている。

 しかし、援助競争はアフリカの自助努力をむしろ損なわせやすい

 複数がアプローチする構造のもとでは、アプローチされる側の方が、発言力が強くなる。「日中のライバル関係」はアフリカ各国の政府からみれば「売り手市場」の構図となり、日中それぞれにさまざまなリクエストをし放題となりやすい。

中国の協力で開通したケニアの長距離鉄道(2017.5.31)
中国の協力で開通したケニアの長距離鉄道(2017.5.31)写真:ロイター/アフロ

「4兆円」はどこから出たか

 中国は2019年、ケニア政府から出ていた、鉄道建設のための36億ドルの融資の要望を断った。その直前、ケニアでは中国の協力で472キロメートルに及ぶ長距離鉄道が完成したばかりだった。

 これに象徴されるように、中国は近年アフリカ向けのインフラ建設にブレーキをかけている。昨年開催されたFOCAC8で中国政府はアフリカ各国に対して、400億ドルの資金協力を約束した。その3年前の2018年、FOCAC7で提示された資金額は600億ドルだった。

 この減額はコロナ禍による中国自身の経済停滞や、「債務のワナ」に対する国際的な批判の高まりを受けての反応というだけでなく、援助競争を背景にアフリカ側が要求をエスカレートさせることにクギを刺したものとみられる。

 日中援助競争でリードする中国の場合、日本を下回らない範囲で減額もできる。しかし、リードを許したくない日本政府にそれはできない。

 今回のTICAD8で日本政府が提示した300億ドルという金額は、何らかの具体的なプロジェクトの積み重ねで算出された数字ではなく、「中国との差が開かないように」という政治的判断で出てきたものといえる。

ドイツのエルマウで開催されたG7首脳会議(2022.6.27)
ドイツのエルマウで開催されたG7首脳会議(2022.6.27)写真:ロイター/アフロ

 さらに、今年6月、アフリカやアジアで中国にリードを許したインフラ建設の「失地回復」のため、アメリカのテコ入れでG7が5年間で6000億ドルを拠出すると決定したことも、これを後押ししたといえる。

誰がために

 外交である以上、短期的な損得だけでなく長期的・戦略的な目標をもつことは避けられない。

 また、将来の伸びしろを考えれば、資源調達や市場開拓などを目的にアフリカへ進出することも必要だろう。

 とはいえ、これまでの成果に関する検討も十分でないまま、やみくもに突き進むのは本末転倒だろう

 日本政府は「2019年のTICAD7で約束した200億ドルの民間投資という約束はほぼ達成した」と強調するが、この3年間でアフリカにおける日本の対外直接投資残高はほとんど変化していない。つまり、200億ドルの新規投資があったとしても、それと同じくらい流出したということだ。

 感染症やテロなどのリスク、さらに経済停滞に直面して不採算部門を削減するなかで、企業がアフリカ向け投資を引きあげることはやむを得ないだろう。

 しかし、成果に関する検討も不足しがちなままで日本政府がアクセルを踏み続けることは、むしろ中国と張り合うこと自体を目的化することにもなりかねない。それは日本の持続性という観点だけでなく、アフリカの自助努力を損ないかねないという意味でも疑問が多い。

 その意味で、日本がアフリカと向き合ううえでは、これまでの成果と内容を再検討することから再スタートする必要があるだろう。中国とのレースに心を奪われて、ただ金額を競っていては、むしろアフリカの心をつかむことも難しいのだから。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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