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これまでシリアで人権侵害が横行していたとしても、アサド政権崩壊を単純に祝福できない理由

六辻彰二国際政治学者
ダマスカスに入った反政府軍の兵士(2024.12.9)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカ政府はアサド政権崩壊を歓迎する一方、シリアにおける政治空白がISなどの活性化を促しかねないことを警戒している。
  • その一方で、欧米各国の政府はあまり触れないが、ダマスカスを陥落させた反政府軍そのものもシリアの不安定要因になり得る。
  • 反政府軍の中核を占めるイスラーム主義者はマイノリティや女性に対する迫害・攻撃の前科があり、欧米からもテロ組織とみなされているからである。

歓喜の一方にあるリスクと不安定

 シリアでのアサド政権崩壊に、欧米各国の政府は概ね歓迎した。

 例えばシリアを「テロ支援国家」に指定してきたアメリカの場合、ジョー・バイデン大統領は「長く苦しんできたシリアの人々がよりよい将来を築くための歴史的機会」と評価した。

 実際、アサド政権のもとでは人権侵害が横行していた。そのため、反政府軍のダマスカス制圧後、収容されていた数多くの政治犯が解放され、各地で歓喜の声があがったことは不思議ではない。

 これに加えて、アサド政権がロシア、イラン、ヒズボラなど欧米と対立する勢力によって支えられていたことが、欧米各国の歓迎ムードの影にあることも間違いない。

 ただし、懸念材料もある。バイデンはアサド政権崩壊を歓迎しながらも、「同時にリスクと不安定も残る」と強調した。

 シリア東部にはイスラーム国(IS)の占領地がある。

 そのため、バイデンがアサド政権崩壊後の政治空白でISが活性化することを警戒するのは不思議でない。

 アメリカはこれまで(アサド政権の承認を得ないまま)シリア国内に軍事拠点を構え、ISに空爆などを行ってきた。

バイデンが触れなかったリスク

 ただし、リスクはISだけではない。ダマスカスを制圧した反政府軍そのものもシリアにとってのリスクになりかねないといえる。

 反政府軍の中核はタハリール・アル・シャーム機構(HTS)が占める。

 HTSはアルカイダの分派であり、アメリカEUテロリスト、ジハーディストとみなしてきた団体でもある(だからダマスカス陥落後もバイデンはHTSに支援を約束していない)。

 HTSは2016年頃からシリア北西部を拠点にアサド政権と対決してきたが、占領地では宗教マイノリティに対する迫害や強制改宗、女性の拘束や性的暴行なども数多く指摘されている。

 そのHTS率いる反政府軍がダマスカスやアレッポを制圧した際、HTS指導者アブー・モハメド・アル・ジュラニは兵士に「慈悲深さ、親切さ、丁寧さを示せ」と指示した。一般市民にHTSが危険でないと思わせるためだったと推察される。

 ただし、「HTSは変わった」と判断するには時期尚早だろう。

シリア人とは誰か

 シリアの今後をうかがわせるのが、アル・ジュラニが首都ダマスカスで行った勝利宣言だ。

 このなかでアル・ジュラニは「これまでシリアが外国に支援される一握りの権力者に支配されていた」、「全シリア人のためのシリアを取り戻す」と強調した。

 これだけ聞けば、革命の指導者らしい発言ともいえる。

 ただし、注意すべきは「全シリア人」とは何を意味するかだ。

 そもそも多くの途上国・新興国では植民地時代のいびつな国境により、国内に数多くの民族、宗教が混在しやすく、「国民」としての一体感さえ持ちにくい国が多い。その状況で国民としての一体性を強調すればするほど、少数派を排除したり、同化したりする圧力になりやすい。

 シリアの場合、人口の74%をイスラームのスンニ派が占める。アサド政権は少数派シーア派が要職を占め、シーア派で共通するイランやヒズボラから支援を受けていた。

 そのため、HTSはこれまでイランやヒズボラとも対決し、占領地ではシーア派住民にスンニ派への改宗を強制するなどしてきた。

 つまり、アル・ジュラニが強調する「全シリア人のためのシリア」にシーア派住民の居場所があるかには疑問が残る

民主的な選挙が行われたとしても

 実際、体制が打倒された時ほど、それまでの既得権者である旧体制派と、それを簒奪した新体制派の対立は先鋭化しやすい。その一例としてシリアの隣国イラクを取り上げてみよう。

 イラクでは2003年のアメリカの侵攻によってサダム・フセイン政権が崩壊した。その後、アメリカの支援で民主的な選挙が行われた結果、イラク人口の約60%を占めるシーア派中心の政府が発足した。

 ところが、フセイン体制がスンニ派で占められていたため、それに対する怨嗟もあり、結局その後のイラク政府ではシーア派が優遇された。

 このスンニ派の不満は、アルカイダや「イスラーム国(IS)」がイラクで勢力を拡大させる土壌になった(アルカイダやISはスンニ派)。

 とすると、宗派対立やテロの発生に民主的な選挙の有無はあまり関係ない。

 HTSはアルカイダ分派としてイスラーム国家建設を唱導し、欧米的民主主義を嫌悪してきた。いまさら選挙に向かうは疑問だし、アル・ジュラニの勝利宣言でも選挙実施については触れられなかった。しかし、仮に選挙が行われても、宗派対立がかえって鮮明になりかねない。

クルド人は「シリア人」か

 シリア分裂をさらに加速しかねないのがクルド人問題だ。

 クルド人は「国をもたない世界最大の少数民族」と呼ばれ、トルコ、シリア、イラク、イランなどに暮らしているが、どの国でも分離独立運動はおさえ込まれてきた。

 シリアのクルド人勢力は内戦が激化した2011年頃からアサド政権だけでなく、アルカイダやISとも衝突を繰り返し、「シリア民主軍(SDF)として」アメリカなどから支援を受けた。

 ところが、これを警戒したのがNATO加盟国でもあるトルコだった。トルコ政府はクルド人勢力の活発化が国内に飛び火するのを恐れ、トルコ軍を派遣しただけでなく、アラブ系民兵「シリア国民軍(SNA)」を編成してクルド人勢力への攻撃を続けた。

 こうして各方面と戦いながらSDFはシリア北東部一帯を実効支配してきたのだが、HTS率いる反政府軍がダマスカスを目指して進撃していた12月3日、東部デリゾールを制圧した。これはHTSの側面支援というより、勢力圏拡張を目指したとみた方がよい

 HTSはトルコが支援するSNAと連携している。つまり、クルド人勢力とは相容れない。

 だからHTSのアル・ジュラニが「全シリア人のシリア」を強調する時、そこにクルド人が含まれるかにも疑問が残る。むしろ、実権を握ったHTSやSNAがクルド人を「シリア人」にカウントせず、北東部への圧力をこれまで以上に強めても不思議ではない。

 一方、IS対策を重視する欧米がクルド人勢力支援を強化した場合、ただでさえ難しいHTSやSNAとの連携はさらに困難になる。

 その場合、シリアにはアメリカともロシアとも距離を置くイスラーム主義者の政権ができる可能性すらある。とすると、ダマスカス陥落を手放しで喜ぶわけにはいかないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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