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少子化対策「加速化プラン」がまさに異次元である3つの理由――社会との隔絶

六辻彰二国際政治学者
参議院予算委員会で答弁する岸田首相(2023.3.28)(写真:つのだよしお/アフロ)
  • 政府が発表した少子化対策の「たたき台」はいくつかの数値目標を盛り込んでいるが、特に重要な情報や方針に関しては明示されていない。
  • また、優先事項が打ち出されたものの総花的で、結局何を優先させるかが不明である。
  • さらに、「待機児童対策に一定の成果があった」として、保育所の拡充にひと段落つけ、家族の役割を重視する方針をこれまで以上に強調している。

 鳴り物入りで発表された少子化対策のたたき台には、異次元レベルとも呼べる3つの大きな欠陥がある。

具体策が提示された「たたき台」

 小倉将信こども政策担当相は3月31日、「異次元の少子化対策」のたたき台を発表した。

衆議院予算委員会で答弁する小倉大臣(2023.2.15)
衆議院予算委員会で答弁する小倉大臣(2023.2.15)写真:つのだよしお/アフロ

 この「たたき台」は、岸田文雄首相が自ら議長を務め、関係閣僚や有識者、子育て当事者が参加する「こども未来戦略会議」で議論される。

 その内容を簡単にまとめると、「‘日本が結婚、妊娠、子ども・子育てに温かい社会の実現に向かっているか’との問いに対し、約7割が‘そう思わない’と回答している」など、厳しい状況がまず認められている。そのうえで経済支援、子育て家庭向けサービス、働き方改革の推進などによって、2030年代に入るまでに少子化を反転させることを目指している。

 この方針のもと「たたき台」ではいくつかの具体的内容が明記されている。例えば、

・出産一時金の引上げ(42万円から50万円)

・児童扶養手当の対象に高校生を加え、所得制限は撤廃

・育休中の給付率を現行の67%(手取りで8割に相当)から8割程度(手取りで10割)に引上げ

・低所得世帯向けの給付型奨学金の対象を拡大

生後5日の赤ちゃん(イメージ)
生後5日の赤ちゃん(イメージ)写真:アフロ

 こうしてみると、子育て政策に消極的だった政府がやっと本腰を入れたかという感想もあるかもしれない。

議論の土台か、政府方針か

 しかし、実際に「たたき台」に目を通すと疑問も多い。根本的なものとしては「これはそもそも‘たたき台’なのか?」と聞きたくなる。

 一般的にたたき台とは素案あるいは「細かいことは決まっていない段階のアイデア」で、企画書の前段階と理解される。そこでは会議における共通認識の土台となる、現状報告や参照データ整理が中心になる(だから普通は新人に任される)。

 しかし、今回の「たたき台」は一部に具体的な数値目標まで盛り込んでいて、一般的な理解より踏み込んだ内容だ。そのため、議論の土台というよりむしろ政府方針と見た方がよい。

自転車で送り迎えするお父さん(イメージ)
自転車で送り迎えするお父さん(イメージ)写真:アフロ

 それならそれでもいいが、この「たたき台」がもし政府方針なら、それこそ異次元レベルの意味不明さが際立ってくる。そこには主に3つの問題がある。

(1)盛り込まれていない情報が多い

 「たたき台」が政府方針だとすれば、そこに盛り込まれていない情報の扱いが不明になる

 例えば、岸田首相は2月15日の国会答弁で「子育て関連予算の倍増」に言及した。実現すればGDPの約4%に相当するが、これは主要国の平均以下の水準からいきなり世界一になることを意味する。

 その後、岸田首相は答弁を事実上撤回した。それでは結局どの程度を目指すかについては「たたき台」に明記されていない。

 予算規模を示さないことを政府関係者は「議論の土台だから政府としての目標はない」というかもしれない。しかし、それなら先の「育休手当8割」などの目標設定はどうなるのか(恐らくは官邸がどうしてもという部分だけ数値目標が盛り込まれ、あとは関連省庁との協議次第ということなのだろうが)。

 これに加えて、「たたき台」の発表に合わせて政府では財源として社会保険料の引き上げが検討されている。

 インフレが続くなか、社会保険料の引き上げ自体が大きなテーマだが、それを一旦おくとしても、社会保険料引き上げも「たたき台」で全く触れられず、財源については「骨太の方針2023までに結論を得る」とあるだけだ。

 つまり、一方では政府方針と読める内容を盛り込みながら、「たたき台」には必要かつ重大な情報や方針が欠落している

妊娠中の女性と話すビジネスウーマン(イメージ)。
妊娠中の女性と話すビジネスウーマン(イメージ)。写真:イメージマート

 そもそも子ども家庭庁に文科省、厚労省、経産省といった関連省庁の調整しか権限がない以上、仕方ないかもしれない。

 とはいえ、少なくとも、実質的に政府方針である「たたき台」に「政府方針ではなく議論の土台に過ぎない」という解釈が都合よく混ざっていることは間違いない。そこに「矛盾はない」というなら、永田町界隈以外では異次元的な解釈とみなされても仕方ない。

(2)優先課題に含まれる疑問

 第二に、優先順位の問題がある。

 「たたき台」を読めば、以下の6点が優先的に取り組むべき課題としてあげられている。

①子育て世帯への直接給付強化

②子育て支援を量の拡大から質の向上に転換

③これまで対応が手薄だった年齢層を含め全年齢層への切れ目ない支援

④社会的養護や障害児支援など多様な支援ニーズに対する支援基盤の拡充

⑤共働き・共稼ぎの推進、特に男性育休の普及

⑥社会全体の意識改革

 どれもこれも重要テーマということに異論は少ないだろう。①で取り上げられた児童扶養手当については、とりわけ関心を集めやすいテーマだ。

 実際、上のグラフで示したように、子ども一人当たりの直接給付額で日本は先進国平均を下回る水準にある(欧米各国は日本より物価水準やインフレ率が高いので金額をそのまま比較できないものの、その分日本では平均所得が伸びていないので、このギャップは実質的にほぼ相殺されると考えられる)。

 「たたき台」でこの点に踏み込んだのは一定の評価ができるだろう。

 ただし、所得制限が撤廃されたとしても、給付額に変更がなければ国際的にみて低い水準のままだが、この点については「諸外国の制度等も参考にしつつ見直しを行う」としか書かれていない。

 これが直接給付以外となると、さらに曖昧だ。

 

 「たたき台」に示された①以外の課題は「あれもこれも」と盛り込みすぎて、優先順位が不明瞭だ。よく言えばバランス重視だが、悪く言えばメリハリがなく、この点ではこれまでと大きな違いはない。

 例えば③では「これまで対応が手薄だった年齢層」を念頭に、全年齢層への切れ目ない支援が打ち出されている。

 ところが、上のグラフからは、これまでの日本の子育て支援が多くの国と比べても全年齢にかなり満遍なく分布していた(だから十分だったとはいえないが)ことがわかる。フィンランドのように未就学児に重点を置いているわけでもなければ、アメリカのように中学・高校レベルを重視してきたわけでもない。

 だとすれば「対応が手薄だった年齢層に配慮する」という優先課題は、何を優先しようというのか意味不明といわざるを得ない。

(3)待機児童対策に一定の成果?

 そして最後に、「たたき台」には事実の過大評価ともいえる記述が紛れている。とりわけ注意すべきは、先の優先課題②だ。

 「たたき台」のこの部分の文章を正確に引用すると、「待機児童対策などに一定の成果が見られたことも踏まえ、子育て支援については、量の拡大から質の向上へと政策の重点を移す」とある。

 実際、上のグラフで示すように、とりわけ難しい0-2歳児の保育所入所には改善がみられる。

 とはいえ、その割合は今でも約4割で、主要国の平均をわずかに上回る程度だ。

 この段階で「量から質へ」と主張するのは「保育所の増設・拡大をこれ以上しない」という趣旨になる。

 その一方で、先述のように政府は、育休中の給付率引き上げ、男性育休などを推進すると言っている。家族で育児できれば「待機児童」でなくなるという論理だろう。

 ということは、「保育所は増やさないが、その代わりに自宅で面倒みれるようにしよう」となる。家族中心という意味では、高齢者や疾病者の医療・介護政策と同じ発想だ。

 「家族こそ基本」というのは一つの考え方かもしれない。周囲の子育て世帯からは「本当ならすぐに復職するより何年か子育てしたい」という声も聞く。

育児に疲れた女性(イメージ)
育児に疲れた女性(イメージ)写真:アフロ

 しかし、都市を中心に核家族化が進むなか、さまざまな機能を家族が一手に担うことに限界があるのはすでに明らかだ。所得が伸びないだけでなく、数字上は待機児童が減ったとはいえ、望んだ保育所に入所させられる人が一部にとどまる状況ではなおさらだ。

 少なくとも、育休取得を容易にするといっても、公務員や一部の大企業社員を除けば、現状で1割程度(これは主要国中最下位レベル)の男性の育休取得や、雇用される者の4割(これは逆に非常に高い水準)を占める非正規労働者の育休取得が、「たたき台」の目指す向こう3年間でどの程度改善するかは疑問だ。

 さらに、育休という概念が通用しない自営業やフリーランスに関しては、ほとんど言及がない(これは初期のコロナ対策でも同様だった)。

 これで「安心して子育てしてください」といわれて納得できる人は決して多くないだろう。

 それを分かっていながら「たたき台」を出したならその場しのぎのやっつけ仕事だし、分かっていないなら多くの人の生活実感とかけ離れた、まさに異次元の感覚といわざるを得ないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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