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ロシアが日本に侵攻する可能性は? サイバー攻撃に妨害行為、日本周辺で高まる緊張 #ウクライナ侵攻1年

六辻彰二国際政治学者
ウクライナに提供されるドイツ製戦車レオパルド1(2023.1.31)(写真:ロイター/アフロ)

 ウクライナ侵攻の開始から1年。日ロの緊張はエスカレートしている。日本政府は対ロシア制裁に参加する一方、ウクライナに780億円を融資するなど、これまでにない積極的な姿勢を見せている。日本は今後、どのように関わるのか。そして日本が侵攻される可能性はあるのだろうか。

日本周辺での軍事的緊張

 日本で周辺での軍事的緊張が高まっている。これまでにすでにロシアは力を誇示し、日本に威嚇するアクションをみせている。

昨年6月、ロシア軍機4機が北海道西部で日本の領空に接近し、自衛隊機がスクランブル(緊急発進)した直後にコースを変更した。翌7月には、ロシア艦隊が中国海軍の艦船とともに尖閣諸島近海を通過した。

 防衛省によると、こうしたロシア軍や中国軍による日本周辺での軍事行動は2022年2月24日以降、それ以前と比べて2.5倍に増えたという。

 さらに、年末にロシア軍は北方領土の千島列島にミサイル防衛システムを配備した。

北方領土に配備されたのと同型のロシア製地対空ミサイルK-300Pバスチオン(2017.7.30)
北方領土に配備されたのと同型のロシア製地対空ミサイルK-300Pバスチオン(2017.7.30)写真:ロイター/アフロ

古典的な戦争イメージそのままのウクライナ侵攻だけでなく、日本周辺での軍事行動がさらに危機感を募らせたことは不思議でない。

 この背景のもと、岸田政権は2023年度から5年間の防衛予算の総額を現状の1.6倍に当たる約43兆円にまで増やしただけでなく、これまで議論が進められてきた敵基地攻撃を可能にする、いわゆるスタンド・オフ・ミサイル配備にも踏み切った。

 こうした反応に対して、ロシア政府は「これまでの平和主義を捨てて歯止めのない軍国化に踏み切った」「日本がアジア・太平洋の緊張を高めている」と主張している。ウクライナをめぐる対立が長期化すれば、日本周辺での緊張がさらに高まる可能性は高い。

これまでにない積極的関与

 日本政府は昨年2月24日以降、アメリカなど欧米各国とともに天然ガス取引の制限、ロシア政府およびベラルーシ政府の責任者らの資産凍結、金融取引の規制といった制裁に参加する一方、ウクライナに対しては融資780億円を含む資金協力、発電機の供与をはじめとする越冬支援、難民受け入れなどの民生分野の協力を提供してきた。

対ロシア追加制裁について発表する岸田首相(2022.4.8)
対ロシア追加制裁について発表する岸田首相(2022.4.8)写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 従来、日本政府は「内政不干渉」を重視し、紛争や人道危機、民主化など外国の政治問題に深く関わることを避けてきた。2014年のクリミア危機ではアメリカ主導の制裁に参加したものの、当時の安倍政権は北方領土問題の解決とプーチン大統領との良好な関係を重視した結果、総じて控え目の協力にとどまった。

 これと比べて、今回の取り組みはかなり積極的といえる。岸田政権のこの方針を慶應義塾大学の鶴岡路人准教授は、以下の4点から説明する。

・侵攻に対する幅広い拒絶反応

・ウクライナ侵攻が中国による台湾侵攻を誘発することへの懸念

・安倍元首相との差別化を図る目的

・制裁を支持する国内世論

 いずれも概ね支持できるものだ。

「第三次世界大戦の回避」での一致

 とはいえ、ウクライナでの戦闘に日本が直接タッチする公算は限りなく低い。憲法上の制約があるからだけではない。欧米各国もその意志を示していないからだ

イギリスで訓練を受けるウクライナ兵(2023.2.16)
イギリスで訓練を受けるウクライナ兵(2023.2.16)写真:ロイター/アフロ

 今年1月、ドイツが主力戦車レオパルト2の提供を決めたように、欧米各国はこれまで多くの兵器や物資を提供してきた。

 しかし、どの国も戦闘部隊をウクライナに派遣してこなかった。それはいわば当然で、ロシアを刺激しすぎればかえって情勢を悪化させ、第三次世界大戦の引き金を引くことになるからだ。

 逆にプーチン政権は「欧米が直接介入できないこと」を織り込み済みで侵攻に踏み切ったとみられるが、直接衝突を避けたい点で米ロは一致する。これは冷戦時代から変わらない構図だ。

 こうしたデリケートな状況があるからこそ、欧米各国はロシア本土の攻撃につながる兵器をウクライナに提供してこなかった

 こうした情勢で、日本が率先して戦闘に関与することはない。

米軍がウクライナに提供するものと同型のパトリオットミサイル(資料写真、2022.5.8)
米軍がウクライナに提供するものと同型のパトリオットミサイル(資料写真、2022.5.8)写真:ロイター/アフロ

 むしろ、今後の日本のウクライナ支援の一つの焦点になるとみられるのは防衛装備品の提供だ。

 これまで日本は防弾チョッキなどをウクライナに提供してきたが、かなり限定的だった。その一因は、国産の防衛装備品の多くが自衛隊の使用を前提に開発・生産されてきたため、仕様や規格がほとんどの外国軍隊に当てはまらないことにある。

 これを克服するため、日本政府は昨年末の国家安全保障戦略で「防衛装備移転の推進」を打ち出した。これまで基本的に企業任せだった防衛装備品の生産・輸出を、国主導で加速させることを目指している。

「日本侵攻」のコスト

 もっとも、ロシアが日本を実際に侵攻する公算は限りなく低い

「特別軍事作戦」司令部を訪問したプーチン大統領(2022.12.17)
「特別軍事作戦」司令部を訪問したプーチン大統領(2022.12.17)写真:ロイター/アフロ

 ウクライナでの戦闘が長期化し、経済的負担が増すなか、これ以上の戦線拡大はロシアにとっても現実的ではない。それだけでなく、いくら外交的に敵対しても、「日本侵攻」はロシアにとって、ウクライナの場合以上にコストが高いものになる

 その第一の理由は、日本がアメリカの正式の同盟国であることだ。

 ウクライナはNATOに加盟していない。だから、アメリカをはじめ欧米各国はウクライナを支援しても、戦闘部隊を派遣しなければならない法的義務を負わない。

 これに対して、日米安全保障条約を結ぶ日本を攻撃する国は、アメリカとの全面衝突を覚悟しなければならない。この点で日本とウクライナでは立場が違う。

 第二に、「日本侵攻」はプーチン政権にとって国内政治的なコストも高い。

レバノン在住のロシア人とシリア人によるプーチン支持のデモ(2022.3.20)
レバノン在住のロシア人とシリア人によるプーチン支持のデモ(2022.3.20)写真:ロイター/アフロ

 よく誤解されやすいことだが、どんな「独裁者」も一人で権力を握っているわけではない。その周囲には利益に群がる支持者がおり、支持者によって成り立つ点では「独裁者」と民主的な国の政治家は変わらない。

 そして、支持者に向かって正当化できなければ、膨大なリソースを動員する戦争を行うのは難しい。

 ウクライナの場合、プーチン政権は歴史的領有権や「ロシア系人への迫害」を主張し、ナショナリズムに傾いた支持者を鼓舞して「特別軍事作戦」を正当化してきた。ウクライナに向けられたこうした論理を日本に当てはめることは、ほぼ不可能だ。

サイバー攻撃の脅威

 といって、日ロ間の緊張は当面解消されないだろう。そのなかで現実味が大きいのは、正規の戦争とは認定されないグレーな敵対行為の増加であり、とりわけ懸念されるのがサイバー攻撃の脅威だ。

ガスパイプラインがサイバー攻撃を受けた結果、営業が停止した米フロリダ州のガソリンスタンド。この攻撃はロシアに拠点を持つハッカー集団DarkSideによるものとみられている(2021.5.12)
ガスパイプラインがサイバー攻撃を受けた結果、営業が停止した米フロリダ州のガソリンスタンド。この攻撃はロシアに拠点を持つハッカー集団DarkSideによるものとみられている(2021.5.12)写真:ロイター/アフロ

 対立する国へのロシアのサイバー攻撃は、北朝鮮や中国によるとみられるものと同じく、以前から報告されてきた。

 アメリカでは2021年にフロリダ州の水道施設がハッキングされ、人体に有害なレベルで水酸化ナトリウムが上水道に混入されかねない状態になった。この事件ではロシアの関与が疑われている。

 さらに昨年3月、アメリカ政府は各国で原発を含むインフラへのハッキングを行ったと4人のロシア人を告発したが、そのいずれもがロシアの情報機関職員だった。

 砲弾や空襲でなくても、サイバー攻撃によってでも社会・経済活動を麻痺させたり、人間の生命を脅かしたりすることは可能なのだが、その脅威と日本も無縁ではない。昨年2月28日、日本を代表する自動車メーカーであるトヨタはサイバー攻撃を受けて一時的に操業を停止すると発表した。攻撃者は特定されていないが、これは日本政府が対ロシア制裁とウクライナ支援を打ち出した直後のことだった。

 さらに9月にはデジタル庁を含む中央省庁や、東京、大阪の地下鉄への攻撃が相次ぎ、その直後にロシア政府支持のハッカー集団Killnetが日本に「宣戦布告」した。

企業経営者との会合でロシアのサイバー攻撃について警告するバイデン大統領(2022.3.21)
企業経営者との会合でロシアのサイバー攻撃について警告するバイデン大統領(2022.3.21)写真:ロイター/アフロ

 こうした脅威を受けて、日本政府の国家安全保障戦略でも、重要インフラへの攻撃、選挙への干渉、センシティブな情報の窃取などに対するサイバーセキュリティの強化は、優先的に取り組むべき課題としてあげられている。

 サイバー攻撃以外で懸念が大きいのが、領海を接する北海道周辺での漁業関係者に対するロシア当局の取り締まりや妨害だ。

 北海道近海では冷戦時代、日本の漁船が「領海侵犯」を理由にソ連によって頻繁に拿捕された。帰還できたものも含めてその数は、北海道庁によると1946〜1988年に年間平均のべ約30隻、乗組員はのべ約200人にのぼった。 

 冷戦終結後、日ロの緊張が和らぐにつれその数は急減し、1998年には北方領土周辺での日本漁船の操業に関する協定が両国間で結ばれた。しかし、プーチン政権の強権化がそれまでより目立ち始めた2010年代後半から、日本漁船の拿捕が再び増えるようになっていた。

 それは北方領土周辺に限らず、2021年5月には稚内沖で漁船がロシア国境警備局に拿捕され、14名が拘束された。

 こうした背景のもと、ウクライナ侵攻後の昨年6月、ロシアは協定凍結を宣言したのである。その結果、この海産資源が豊富な海域での漁業がすでに規制されているだけでなく、周辺を航行する日本船の安全も脅かされるに至っている。

 ウクライナ侵攻をめぐる日ロ対立が長期化すれば、こうした戦争とはいえない圧力が今後、さらにエスカレートする懸念は大きい。その意味で、戦時でも平時でもない緊張が日ロ関係に定着するとみられるのである。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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