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イタリアで緊急事態宣言――「史上最大の難民危機」の原因、影響、有利な者

六辻彰二国際政治学者
イタリアに漂着した難民船から出てきた人々(2021.5.11)(写真:ロイター/アフロ)
  • コロナやウクライナ侵攻による生活苦を背景に「居住地を追われる人々」は地球上で1億人を超えた。
  • それにともない、先進国だけでなく新興国でも難民ヘイトが急増している。
  • 「史上最大の難民危機」はナショナリズムを重視する保守政党の台頭を促す一因になっているが、そのなかにはプーチン政権と近いものも少なくない。

 難民急増でイタリアは緊急事態宣言を出したが、これは氷山の一角に過ぎず、世界は「史上最大の難民危機」に直面している。

1億人以上が居住地を追われる

 イタリア政府は4月12日、緊急事態を宣言した。難民が多すぎて「混雑している」ことが理由だった。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、イタリアにいる難民は一昨年の約8万人から昨年には約30万人に急増した。

 このうち約17万人がウクライナ難民で、残る約13万人はそれ以外からだった。なかでも北アフリカや中東から地中海を超えてイタリアに渡る難民は、この数年で急増している。

 急増する難民の対策に、イタリア政府はEUに支援を求めている。

 もっとも、これは氷山の一角ともいえる。UNHCRによると、「居住地を無理やり追われる人々」は昨年末、地球上で1億人を突破したからだ。

 居住地を追われる人々のうち約半分(5320万人)は国境を越えられない国内避難民(internally displaced people)で、安全な国に逃れられる人々よりむしろリスクが高いが、難民ほど注目されない。

アメリカでは4年前の4倍に

 難民だけに限っても、現在の危機はかつてない規模だ。その結果、例えばアメリカは難民申請受け付けの上限を2019年段階の3万人から2021年には6万2500人に引き上げ、2022年にはこれが12万5000人に至った。

アメリカとの国境にある川沿いに歩く人々(2023.3.29)。中南米各国から徒歩でアメリカを目指す人々の多くはメキシコに滞留している。
アメリカとの国境にある川沿いに歩く人々(2023.3.29)。中南米各国から徒歩でアメリカを目指す人々の多くはメキシコに滞留している。写真:ロイター/アフロ

 難民を数多く生み出している国の多くは、治安悪化や経済破綻などに直面している。

 例えば、アフガニスタンの場合、2021年だけで12万人以上が国外に逃れた。この年、アフガンではイスラーム主義組織タリバンが激しい戦闘の末に首都カブールを奪還し、その後も各地でアルカイダやイスラーム国(IS)残党が活動している。

 また、南米ベネズエラでは2018年に経済が破綻して以来、生活が極度に悪化して700万人以上が流出し、2021年だけでも9万人以上が国を離れた。

 世界的にほとんど注目されない中央アフリカ共和国では2013年、イスラーム、キリスト教徒それぞれの民兵が民間人の殺傷を繰り返すようになった。旧宗主国フランスも見放すなかで人道危機はエスカレートし、2021年だけで5万人近くが居住地を追われた。

中央アフリカを訪問したフランスのオランド大統領(2014.2.28)。対テロ戦争の幕引きを進めるフランスはこの後支援を削減し、入れ違いにロシアの軍事企業「ワグネル」が中央アフリカ政府と契約した。
中央アフリカを訪問したフランスのオランド大統領(2014.2.28)。対テロ戦争の幕引きを進めるフランスはこの後支援を削減し、入れ違いにロシアの軍事企業「ワグネル」が中央アフリカ政府と契約した。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 それぞれの国には個別の理由があるが、その多くでコロナ禍やウクライナ侵攻などによる経済悪化、食糧危機、治安悪化が拍車をかけてきた。「史上最大の難民危機」はいわば現代世界の一つの縮図ともいえる

難民をブロックする動き

 これに対して、各国では難民の流入阻止を加速させている。

 例えばイタリアでは昨年、法律が改正され、地中海を小さな船で渡ってくる難民の救助活動を行うNGOなどに、救助後ただちに関係機関に届け出ることが義務化された。その理由は「状況を正確に把握するため」と説明された。

イタリア近海で難民船の救助を行うNGOの船(2020.8.29)。イギリスのストリートアーティスト、バンクシーが寄贈したもの。
イタリア近海で難民船の救助を行うNGOの船(2020.8.29)。イギリスのストリートアーティスト、バンクシーが寄贈したもの。提供:ロイター/アフロ

 しかし、支援団体などからは「役所での手続きに必要な時間が増え、これまでより救助活動のペースが落ちた」といった批判や苦情が相次いでいる。

 一方、中南米からアメリカを目指す人々に(自らも移民系の)ハリス副大統領が「来ないでもらいたい」と繰り返してきたアメリカ政府は、難民申請の基準も厳格化してきた。

 とりわけ滞在許可の得やすい子連れ家族の入国制限強化を検討中ともいわれ、人権団体などから「(人の移動を制限した)トランプ政権のレプリカ」とも批判されている。

 2014年からのシリア難民危機がヨーロッパを二分し、イギリスのEU離脱の引き金になったように、難民増加は国内政治問題になりやすいため、経済が不安定化する状況で各国政府がブレーキを踏みやすくても不思議ではない

国民投票でイギリスのEU離脱が確定したことを報じる日本の新聞(2016.6.27)。急増したシリア難民の国ごとの割り当てをEUが決定したことは、加盟国のなかで反EU世論を高める一つのきっかけになった。
国民投票でイギリスのEU離脱が確定したことを報じる日本の新聞(2016.6.27)。急増したシリア難民の国ごとの割り当てをEUが決定したことは、加盟国のなかで反EU世論を高める一つのきっかけになった。写真:吉澤菜穂/アフロ

先進国の「防波堤」とは

 先進国がドアを閉ざすのと連動して、その周辺の新興国・途上国では「混雑」が先進国以上になっている

 具体的には、中東とヨーロッパの継ぎ目にあるトルコ、アメリカと中南米の境目であるメキシコ、地中海を挟んでイタリアの対岸にあたるチュニジアなどがそれにあたる。

 これらの国には、欧米各国に入れない難民の多くが滞留してきた。しかも、同じような難民は後から後からやってくる。そのため、例えばトルコは世界最大の難民受け入れ国であり、390万人が滞在している。

 トルコほどでなくとも、メキシコには約21万人、人口1200万人程度のチュニジアにも約1万人の難民が滞在している。

トルコのガズィアンテプにある難民キャンプ(2016.11.30)。ほとんどがシリアからの難民。
トルコのガズィアンテプにある難民キャンプ(2016.11.30)。ほとんどがシリアからの難民。写真:ロイター/アフロ

 もともと難民のほとんどは新興国・途上国で保護されてきた。UNHCRによると、2021年段階で難民のうち出身国の隣国で保護される割合は69%を占めた。難民を生み出した国のほとんどが途上国で、途上国の隣国の多くは途上国だ。

 そのなかでもトルコ、メキシコ、チュニジアなどは、いわば先進国の防波堤になっているともいえる。

新興国にも広がる難民ヘイト

 それだけに、これら各国でも先進国と同じく、難民ヘイトが横行するのは不思議ではない。

 最大の難民受け入れ国トルコでは今年2月の大地震後、シリア系難民への嫌がらせや襲撃が多数報告されるようになった。「難民が略奪している」といったデマが原因だった。

 メキシコでは他の中南米からやってきた難民、とりわけ先住民系に対する軍や警察の超法規的な拘束や暴行もしばしば報告されている。

 さらにチュニジアでは2月21日、サイード大統領が「アフリカの不法移民の群れが暴力や犯罪を運んでくる」、「犯罪的な陰謀によってチュニジアがアラブ人の国ではなくアフリカの国にされてしまう」と述べた。

 サイードの演説をきっかけに黒人への襲撃は急増し、人権団体アムネスティ・インターナショナルは一部の警官までもこれに加わっていたと報告している。

 周辺国からも批判が噴出するなか、サイードは「自分の発言がねじ曲げて解釈された」と弁明に追われた。

 史上最大の難民危機は、これまで先進国で目立っていた難民ヘイトが新興国でも表面化するきっかけになったといえる。

有利なのは誰か

 しかし、こうした難民ヘイトを先進国が批判することは稀で、むしろこれら各国への援助は増えている。これらが先進国の防波堤になっている以上、不思議ではない。

 メキシコの人権活動家でコラムニストのベレン・フェルナンデスは「難民を制限したいアメリカの汚れ仕事をメキシコは引き受けている」と指摘する。

 この状況で有利な者があるとすれば、その最有力候補はロシアのプーチン大統領かもしれない。

 「多くの難民はロシアまで来ないので高みの見物ができる」という意味だけではない。難民危機が深刻化するほど、プーチンに近い政治的立場が欧米で広がるからだ

 ウクライナ侵攻以前からプーチンは「リベラルな価値観は時代遅れ」と公言し、外国人や異教徒、女性、性的少数者などの権利保護にも消極的だった。その国家主義、伝統主義的な主張は、多様性や流動性といった価値観を否定するものだ。

ロシアを訪問してプーチンと握手するルペン(2017.3.24)。ウクライナ侵攻後、ルペンは「ロシアへの見方は変わった」と述べたが、ロシア制裁には消極的な姿勢を崩さない。
ロシアを訪問してプーチンと握手するルペン(2017.3.24)。ウクライナ侵攻後、ルペンは「ロシアへの見方は変わった」と述べたが、ロシア制裁には消極的な姿勢を崩さない。写真:ロイター/アフロ

 しかし、こうした主張はグローバル化に拒絶反応を示す欧米の多くの白人右翼をひきつけ、ロシアは「キリスト教の伝統的価値観を守る大国」の認知も勝ち取った。「異物」を排除しようとするアメリカのトランプ前大統領やフランスの最大野党・国民連合のルペン党首なども、プーチンと良好な関係で知られた。

プーチンに近い立場の台頭

 欧米ではウクライナ侵攻後、ロシアへの反感は強いものの、それはプーチンに近い政治的立場が信頼を失ったことを意味しない。実態はむしろ逆で、ナショナリズムの高まりにより、「反多様性、反流動性」という点でプーチンと似た政党・政治家の台頭が目立つとさえいえる。

 それは昨年からの欧米での選挙結果からうかがえる。

 昨年4月のフランス大統領選挙決選投票でルペンは現職マクロン大統領に敗れたものの、その得票率はこれまでで最多となる41.45%を記録した。

アメリカ連邦議会下院の議長に選出された共和党のケビン・マッカーシー議員(2023.1.7)。トランプ前大統領に近く、中間選挙ではバイデン政権による巨額のウクライナ支援を批判し続けた。
アメリカ連邦議会下院の議長に選出された共和党のケビン・マッカーシー議員(2023.1.7)。トランプ前大統領に近く、中間選挙ではバイデン政権による巨額のウクライナ支援を批判し続けた。写真:ロイター/アフロ

 さらに、昨年11月のアメリカ中間選挙で共和党は議会下院を握ったが、それを率いるマッカーシー下院議長はトランプと近く、バイデン政権がウクライナ問題に入れ込むあまりメキシコ国境を軽視し過ぎていると主張してきた。

 トランプもルペンもウクライナ侵攻そのものは支持していないが、選挙戦では国民生活を強調し、ウクライナ支援やロシア制裁に消極的だった点で共通する

 プーチンに近い立場はそれ以外にもある。

 昨年9月のスウェーデン総選挙で民主党が初めて政権を握り、今月初めのフィンランド総選挙で「真のフィン人」党が第二党に躍進した。どちらも反EU、反移民政党としての顔をもつうえ、北欧最大の極右団体「ノルディック抵抗運動(NRM)」との結びつきが指摘されている。

 NRMの一部のメンバーは、プーチン政権の支持基盤であるロシアの極右団体「ロシア帝国運動」の訓練所で軍事訓練を受けていたことが判明している。

 こうした背景のもとで進む「史上最大の難民危機」は、欧米でプーチンと思想的に近い者の台頭を促す一因といえる。ウクライナ難民以外の難民を単に厄介者とみなす風潮が西側で高まることは、プーチン擁護にも繋がりかねないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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