中国のガザ停戦調停――「関与は小さく、利益は大きく」の外交的損得勘定
- 中国はイスラエルだけでなくパレスチナのハマスとも公式の関係をもつため、ガザでの停戦調停で先進国より有利な立場にある。
- ただし、利点を最大限に活かして火中の栗を拾うより、中国は当事者との関係を損なわないことを優先させているため、実質的な調停には限界がある。
- それでも中国はアメリカをはじめとする先進国、あるいはロシアと比べて、この問題で国際的な評判を最も損なわない道を選んでいる。
アメリカがイスラエルに145億ドル以上を注ぎ込んで支援しているのとは対照的に、中国はガザ危機への関与を絞っているが、それでも損得勘定でいえば最もマイナスが小さい国の一つといえる。
中国の和平調停への下馬評
中国政府は12月15日、中東の二大国サウジアラビア、イランとともにガザでの即時停戦を求める共同宣言を発出した。
ガザ危機の深刻化にともない中国は関係国への働きかけを活発化させており、王毅外相らが中東各国首脳と相次いで会談している。
中国はすでに中東産原油の最大の輸入国だ。そのうえユーラシア大陸をカバーする経済圏「一帯一路」構想においても中東の安定は重要課題になる。
その中国は3月に「宿命のライバル」サウジアラビアとイランの国交回復を仲介した。
中国のガザ調停について、エジプト外相はSNSに「パレスチナへの攻撃を止めるうえで中国のような大国が力強い役割を果たすことを期待する」と投稿した。
その一方で、UAEザイード大学のジョナサン・フルトン准教授が「中国はこの問題における重要プレイヤーではなく、中東ではあまり期待されていない」と述べるように、冷めた見方もある。
中国のアドバンテージとは
このように下馬票は二分しているが、ほぼ確実なことは、英王立防衛安全保障研究所のサミュエル・ラマニ研究員が指摘するように、中国がほぼ全ての紛争当事者と安定した関係をもつ数少ない大国ということだ。
アメリカはイスラエルの地上侵攻に懸念を示しているが、入り口の段階でそれを助長したうえに、大規模な軍事援助を続けている。その他の先進国もほぼ同じで、少なくともハマスと公式の交渉ルートを持つ国はほとんどない。
これに対して、中国は冷戦時代からパレスチナを支援してきた。実際中国は1988年、パレスチナを世界で初めて「国家」と承認した国のうちの一つだ。また、ほとんどのグローバル・サウスと同様、中国もハマスを「テロリスト」と呼ばない。
さらに、2006年にハマスがパレスチナ立法会議選挙で勝利した後、その立場を公式に認め、ハマスが実効支配するガザにも支援してきた。
その一方で、近年ではイスラエルとの取引も急増していて、貿易額で中国はアメリカに次ぐ第二位だ。とりわけ「中東のシリコンバレー」とも呼ばれるイスラエルのハイテク産業は先進国がこの分野の対中取引を制限するなか中国にとって重要度が高い。
さらに2021年にはイスラエル屈指の物流拠点ハイファで、中国の17億ドルの出資で整備された港湾がオープンした。イスラエルもまた「一帯一路」の沿線国なのだ。
つまり、すべての紛争当事者に働きかけできる点で、中国にはアドバンテージがある。
「中立だから調停できる」と限らない
ただし、その中立的な立場はかえって調停を難しくしてきたといえる。
ガザ危機のきっかけになった10月7日のハマスによる大攻勢と民間人襲撃について、中国は当初「テロ(ハマスを名指ししていない)を非難」しながらも「イスラエルの自衛権」を支持した。
しかしその後、ガザでの病院攻撃などを受けて「失望」を表明し、地上侵攻を「防衛を超えたもの」と述べるなど、中国はイスラエル非難にシフトした。そこには中国国内で高まる反ユダヤ主義への配慮もあったとみられる。
これに対してイスラエルでは強い反発が生まれた。
もっとも、外交的非難はともかく、中国はマレーシアのような対イスラエル貿易の制限や、いくつかの国がとる大使召喚、国交断絶といった強い措置に出ていない。
要するに、中国はイスラエルとの関係維持を優先させ、決定的な決裂を避けているのだ。
それを象徴するのがイランへの対応だ。
ハマスの後ろ盾への支援
ガザを拠点とするハマスはイランから軍事援助を受けているといわれる(イラン政府は認めていない)。
イランは1970年代末からアメリカと対立しており、その延長線上でハマスだけでなくレバノンのヒズボラやイエメンのフーシなど、いわゆる「抵抗の枢軸」と呼ばれる反イスラエル勢力のほとんどを支援している。
そのイランの原油を最も多く輸入しているのは中国だが、中国はそれ以上のかかわりを抑えている。
実際、イランからは「一帯一路」構想のなかでイラン向けプロジェクトが少ないといった不満も出ている。また、ストックホルム国際平和研究所によると2016年以降、中国のイラン向け武器輸出も確認されていない。
つまり、反イスラエルの急先鋒イランに対して中国は積極的なテコ入れをほとんどしていない。
これと対照的なのがロシアだ。
ロシア外務省は12月12日、プーチン大統領がイランのライースィ大統領との電話会談で政治、軍事、技術の各面に関する新たな合意を結んだと発表した。その詳細は不明だが、イラン政府は11月、戦略爆撃機Su-35や攻撃へりMi-28などをロシアから調達すると表明していた。
ロシアは従来イスラエル、イランそれぞれと比較的良好な関係を維持していたが、ガザ危機をきっかけに反米アピールの一環としてイスラエル批判を強め、これと対立するイランへの支援を強化している。
中国の態度はこれと対照的だが、対イスラエル関係という文脈で考えれば当然といえる。
関与は小さく、利益は大きく
現状ではイスラエルとハマスは戦闘を続ける姿勢を崩していない。当事者との関係を重視するならその意志を無視できず、この状況で停戦の斡旋は限りなく困難だ。
イスラエルを止める力を持つのはアメリカだけだが、現状でバイデン政権にはその意志がないようだ。逆に中国はその意志があったとしても、それだけの影響力をイスラエルにもたない。
しかし、たとえ調停できなかったとしても、中国は他の国と比べてガザ危機で有利な立場にあるといえる。立場がグレーであるだけに、失うものが小さいからだ。
イスラエルに対しては、決定的な対立を避けたことで恩を売れる。パレスチナ自治政府に対しては、即時停戦を求めてきたことで操が建つ。ハマスに対しては、「テロリスト」と呼ばなかっただけでも十分だ。
これに対して、アメリカの求心力は大きく損なわれた。アメリカ国内でさえ若年層を中心にパレスチナ支持が広がる状況を考えれば、もともとイスラエルの占領政策に批判的なグローバル・サウスではなおさらだ。
アメリカの著名な国際政治学者イアン・ブレマーの言葉を借りれば、「ウクライナでロシアがそうであるように、ガザでアメリカは国際的な孤立に向かっている」。
同じことは、程度の差はあれ、イスラエルの「自衛権」を擁護してきた日本を含むその他の先進国にも当てはまる。
一方、グローバル・サウスを含む多くの国では即時停戦を求める声が強い。とすると、ロシアのようにイランを支援して「抵抗の枢軸」をテコ入れすることも、多くの国で支持や共感を得られるかは疑問だ。
つまり、ガザ危機がどんな結末を迎えるにせよ、米ロと異なり中国は国際的な傷をほとんど負わない。それは相対的に中国の立場を強めるとみてよい。
大きなコスト負担を避け、むしろ当事者とつかず離れずの関係を維持することがかえって利点となるという意味で、中国のアプローチは極めてコスパがいいものだろう。
それはアメリカをはじめ先進国にとって都合の悪いことかもしれない。しかし、だとしたら先進国がガザ危機で安易にイスラエル支持を選択し、その暴走を黙認した代償なのである。