【わかりやすく解説】ハマス・イスラエル戦闘 勃発の背景は? 中東巡りどんな動きがあったのか?
イスラエル軍とイスラーム組織ハマスの衝突に関するニュースは連日のように報じられているが、日本では一般的に中東になじみが薄く、しかも背景が複雑なため、断片的な情報の全体像を掴みにくいことも多いように思われる。
そこで以下では、ハマスとは何なのか、人道危機が懸念されるガザとはどういった土地なのか、この問題が地政学的にどんな意味をもつのかを簡潔に解説する。
歴史の延長線上にある衝突
今回の衝突はこれまでで最大規模の一つだが、初めてのものではない。むしろ、イスラエルとハマスはこれまでも止むことなく戦火を交えてきた。
そもそもハマスとは何者か。
ハマスはパレスチナのアラブ人によって1987年に発足した組織で、パレスチナの分割をめぐってイスラエルと敵対している。
国連は1947年、土地をめぐる対立が深刻化していたパレスチナの地をアラブ人とユダヤ人に分割することを定めた。
しかし、この分割は対立と衝突をむしろエスカレートさせ、多くのパレスチナ人(アラブ人)が居住地を追われてきた。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は1948年以来、590万人を難民として保護している。
これと反比例してイスラエルは占領地を広げ、とりわけ1967年の第三次中東戦争ではパレスチナ全域を占領するに至った。その後イスラエルは2005年、国連決議でパレスチナ人のものと認められた土地のうちガザだけ返還したが、ヨルダン川西岸の実効支配を続けている。
これに対する抵抗運動のなかでも特に戦闘的なグループがハマスなのだ。
パレスチナを代表する組織ではない
国際的に承認されたパレスチナ人の代表組織であるパレスチナ暫定政府は、国連決議によって割り当てられた土地での独立を目指し、イスラエルに実効支配されるヨルダン川西岸の自治区に拠点を置く。
これに対して、総面積365平方キロメートルで福岡市よりやや広い程度のガザの自治区 に本拠地を構えるハマスはイスラエルを打倒し、パレスチナ全域にイスラーム国家の樹立を目指す点で異なる。
それでも、ハマスはイランやトルコをはじめ周辺のイスラーム諸国、さらに欧米のイスラーム系移民からも支援・献金を集めていて、その戦闘員は約4万人とも推計されている。
こうした背景のもと双方の衝突は絶えず、国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、その死者は2008年から2023年8月だけでも合計6715人にのぼった。このうちイスラエル側が308人だったのに対して、パレスチナ側は6407人を占めた。
ハマスがイスラエル市民を標的にすることは珍しくないが、一方のイスラエルもしばしば民間施設の空爆などを行ってきた。これに関してイスラエルは「ハマスが潜伏して住民を人間の盾にしていた」とむしろハマス批判の理由にもしてきた。
実効支配の既成事実化
この対立に関して、多くの先進国はハマスを「テロ組織」に指定している。
ただし、先進国もイスラエル支持一辺倒ではない。イスラエルはヨルダン川西岸を実効支配するだけでなく、その地にユダヤ人の移住を進めてきたが、国連決議を無視するこの「占領政策」は日本を含むほとんどの先進国から承認されていない。
これに対してイスラエルは、ヨルダン川西岸の管理強化がテロ防止に欠かせないと主張し、ハマスなどの侵入を防ぐため入植者居住地の周辺に巨大な壁を建設してきた。しかし、これは実効支配を既成事実化するものとも批判される。
つまり、ハマスをはじめパレスチナ側が「不当な支配に抵抗する権利」を強調するのに対して、イスラエルは「防衛の権利」を掲げてきたのだ。
ハマスが入植者襲撃を含む攻撃を続けたことは、イスラエルの論理を正当化させてきたわけだが、それはさらにハマスを過激化させる悪循環になっている。
極右が台頭するイスラエル
現在のベンジャミン・ネタニヤフ首相は就任以来、ヨルダン川西岸の実効支配を強化してきた。そのスタンスはイスラエルの歴代首相のなかでも特に強硬だ。
国際的な批判や懸念を招いても強硬姿勢を貫くネタニヤフはユダヤ教保守派政党、リクードの出身だ。パレスチナを旧約聖書に記される「神がユダヤ人に約束した土地(カナン)」と捉え、「人間の都合で分割することは許されない」と主張するユダヤ教保守派は、パレスチナ全域をイスラエルのものとするよう求める。
1993年、当時のイスラエル首相イツハク・ラビンはパレスチナとの間で、停戦合意と引き換えに国連決議に沿った国家建設に合意した(オスロ合意)が、1995年に暗殺された。犯人はユダヤ教保守派だった。
パレスチナを不可分の領土と捉え、国連決議をも受け入れない非妥協性で、ユダヤ教保守派はハマスと共通する。
こうしたイスラエルの方針を追認してきたのがアメリカだ。
アメリカはイスラエル建国以来、一貫して支援してきた。そこにはアメリカ社会で影響力のあるユダヤ人への配慮があるが、対テロ戦争などをきっかけに広がる「イスラーム嫌悪」の風潮も無視できない。
実際、外国人排除などを叫ぶ欧米の極右勢力にはイスラエル支持が鮮明である。
イスラエルとアラブ各国の接近
アメリカの歴代大統領のなかでもとりわけイスラエル寄りだったのがドナルド・トランプ前大統領だ。
トランプは、アラブ諸国のなかでも富裕な産油国で経済・安全保障の両面でアメリカと関係の深いサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などに働きかけ、イスラエルとの関係改善を仲介した。
そこには「テロ支援国家」イランに対する包囲網を形成する目的があった。
トランプ政権はイランの核武装禁止と引き換えに平和的な核利用を認めた2015年の核合意を離脱し、制裁を強化した。トランプは根拠が定かでないまま「イランが核武装を進めている」と主張し、前任者バラク・オバマの実績、イラン核合意を否定したのだ。
一方、サウジアラビアにとってイランはイスラームの大国の座をかけた「宿命のライバル」で、ネタニヤフにとってもハマスを支援するイランの弱体化は意味がある。
こうした追い風を受け、イスラエルは2020年8月、まずUAEと国交正常化を約束したアブラハム合意を成立させ、バーレーン、スーダン、モロッコがこれに続いた。この動きはハマスにとって、イスラーム世界での孤立を意味しかねなかった。
変動する中東の秩序
こうした変動は、ハマスによる10月7日の大攻勢の一つのきっかけになったとみられる。
バイデン政権はトランプ前政権への批判を強める一方、その遺産であるアラブとイスラエルの和解工作を引き継ぎ、「アラブの盟主」サウジアラビアとイスラエルの和平合意も視野に入っていた。
ところが、その一方でアメリカでは、2018年に反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が惨殺された事件をきっかけにサウジアラビア批判も強まった。
その前後からサウジアラビアは中ロとの関係を強化してきた。ウクライナ侵攻後もサウジアラビアはアメリカの要請を無視してロシアとの原油価格調整(OPECプラス)を続けている。さらに今年2月には、中国の仲介でイランと国交を回復させた。
つまり、サウジアラビア外交においてアメリカの重要度は下がっている。 かつてサウジアラビア産原油の最大の顧客だったアメリカがその座を中国に明け渡したことは、サウジアラビアが状況に応じてアメリカとの距離を縮めたり伸ばしたりしやすい環境を生んだ。
そのなかでハマスがかつてない規模の攻撃を開始したことは、サウジアラビアとイスラエルの国交正常化を阻み、「パレスチナ対イスラエル」を「イスラーム世界対イスラエル」の構図に塗り替えようとするものといえる。
だとすれば、イスラエルとハマスの史上最大の衝突は、中東におけるアメリカ主導の秩序の揺らぎをも象徴するのである。
【この記事は、Yahoo!ニュースエキスパートオーサー編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです。】