日本郵船の運航貨物船をハイジャックしたフーシ――その動機、能力、インパクト…基礎知識5選
日本郵船が運航する自動車専用貨物船ギャラクシー・リーダー号が11月19日、紅海でハイジャックされた。人質になった20数名の船員に日本人は含まれない。
実行犯であるイスラーム組織フーシは「イスラエル船を標的にする」と宣言していた。これに対して、イスラエル政府はギャラクシー・リーダーをイギリスの会社の所有としているが、「所有権の一部はイスラエルの企業家がもっている」という報道もある。
フーシとは何者か。また、海上海運のリスクは高まるのか。これを考えるため、以下ではフーシの誕生から現在に至るまでを5項目に沿ってみていこう。
1.「アラブの春」で台頭
フーシはイエメンのほぼ西半分を実効支配する組織で、アメリカ政府など多くの先進国は「テロ組織」に指定している。
しかし、最初から過激派として登場したわけではなく、フーシは1994年頃に宗教教育を行う団体として誕生した。その通称は創始者フサイン・バデル・エディン・アル・フーシに由来する(正式名はアンサール・アッラー、‘神の支持者’)。
ところが、フーシは徐々に反体制派として台頭した。
当時、湾岸戦争(1991年)をめぐって、アメリカ主導のイラク攻撃に反対する声は中東に満ちていた。これはフーシが政府批判を強める背景になった。当時のサーレハ大統領はアメリカの支援を受けていたからだ。
また、パレスチナを実効支配するイスラエルへの批判も当初から鮮明だった。
これに対してサーレハ政権は弾圧で臨み、それにつれてフーシは武装活動を拡大させた。イスラームのシーア派に属するフーシは、シーア派の中心地イランから軍事援助を受けているとみられる。
その大きな転機は2011年の「アラブの春」だった。
チュニジアの政変をきっかけに中東・北アフリカ一帯で抗議活動が拡大するなか、イエメンでも約30年にわたって権力を握るサーレハに退陣を求める機運が高まった。このとき、フーシも抗議デモの一角を占めた。
2.代理戦争の主役
事態を収拾できなくなったサーレハは隣国サウジアラビアなどの調停により、在任中の人権侵害などの免責を条件に、ハディ副大統領への権限委譲に同意した。
ところが、フーシはこれに納得せず、むしろ「周辺国がイエメンを乗っ取ろうとしている」と反発を強めた。その結果、首都サヌアの大部分を含む西部一帯を制圧し、2015年3月にはハディが亡命するに至った。
混乱のなか、フーシは弾道ミサイル基地を含む軍事施設も手に入れた(退陣したサーレハ政権はアメリカの支援を受ける一方、北朝鮮などからミサイルを調達していた)。
これと並行して、国際テロ組織アルカイダも占領地を広げ、イエメン軍だけでなくフーシとも衝突した。
内戦が泥沼化するなか、ハディはサウジなどに救援を求めた。
サウジはイスラームのスンニ派に属し、フーシを支援するイランと長年敵対してきた。この宗派対立を背景に、イエメン内戦は代理戦争の色を濃くしたのである。
サウジ率いるスンニ派各国(アラブ有志連合)は2015年3月、イエメンに軍事介入した。その空爆で(ガザと同じく)民間施設も数多く攻撃された。国連によると民間人の犠牲者の約60%は、アメリカに支援されたアラブ有志連合の空爆による。
これに対して、2019年9月にフーシは初めてサウジの空港や石油施設をドローンで攻撃した。ウクライナで注目される以前から、中東・北アフリカではドローンが実戦投入されていたが、フーシはその最初期の事例の一つといえる。
3.破たん国家に残された軍事力
イエメンはその後「破たん国家」への道を突き進んだ。国連人道問題調整事務所(OCHA)は2021年、イエメン内戦を「世界で最も深刻な人道危機の一つ」と呼んだ。
イエメンの全人口は約3000万人だが、紛争に関連する死者数は国連によると2022年初めまでに31万人を超えた(餓死者など含む)。
そのなかでフーシは人口の約70%が暮らす西部一帯の実効支配を確立した。資金調達のため、フーシは麻薬取引に手を染めているとみられる。
ところが今年3月、フーシは再び大きな転機を迎えた。中国の仲介により、長年のライバルであるサウジアラビアとイランが国交を回復し、関係改善に向かったからだ。
その結果、フーシはハディ政権やイエメン軍、さらにそれらの後ろ盾であるサウジアラビアとの和平交渉に向かわざるを得なくなり、その一環として3月末には数百名の捕虜交換が合意された。
ただし、スポンサーの方針転換による強制的な終了をフーシが望んでいたかは疑問だ。
発足当時に数百人だったフーシはイエメン内戦のなか、約20万人を抱える大勢力となった。勝敗のつかないまま、本意でない和平交渉に向かったフーシが、膨大な兵力とエネルギーを持て余すことになったのは想像に難くない。
4.「抵抗の枢軸」の一角
こうしたなかで10月7日、パレスチナでの戦闘が始まった。これに呼応するように、フーシもイスラエル攻撃に向かった。
米国防総省は10月19日、「イエメンからイスラエルに向かった巡航ミサイルを紅海上で迎撃した」と発表した。これを皮切りに、フーシはイスラエルに対するミサイル、ドローンによる攻撃を加速させた。
そのほとんどは米軍やイスラエル軍に迎撃されていて、これまで戦局にほとんど影響ない。
ただし、そこにはイスラエル批判にとどまらない政治的な意味を見出せる。
派手なイスラエル攻撃からは、常日頃「イスラームの盟主」を自認するサウジアラビアが実質的なイスラエル対抗策を講じないことへの批判を読み取れるからだ。
サウジアラビアとイランは関係を改善させているものの、イスラエルへの対応では温度差がある。
イランはイスラエルやアメリカへの敵意がとりわけ鮮明な国の一つだ。そのイランに支援される勢力は「抵抗の枢軸」とも呼ばれ、フーシはパレスチナのハマス、レバノンのヒズボラなどとともに、その代表である。
これに対して、サウジアラビアをはじめ、スンニ派の多いアラブ諸国はもともとアメリカとの関係が強く、外交的なイスラエル批判以上には踏み込まない。
サウジに関していうと、ガザ危機をめぐってイスラーム各国で反イスラエルの機運が高まっていても、それ以前から進んでいたイスラエルとの国交回復の方針に変化はない。
フーシによる一連の攻撃は、イスラエルやアメリカだけでなく、「昨日の敵」サウジへの批判も含んだものといえる。
5.海上警備の網にかからない脅威
冒頭で紹介したハイジャックは、こうした背景のもとで発生した。
これに先立つ11月14日、フーシは「イスラエル船を標的にする」と宣言していた。ところが、実際に拿捕されたのは「イスラエル船」と呼びにくいギャラクシー・リーダー号だった。
これが単なる間違いか、あるいは「イスラエルを支持する国も標的にする」という暗黙のメッセージなのかは不明だ(イランは関与を否定している)。
ただ、確かなのは、この事案が国際海運に深刻な影響をもつことだ。
日本の場合、ヨーロッパ、中東方面の取引のため貨物船だけで年間約1700隻がこの海域を通っている。
紅海からソマリア沖にかけては2000年代からイスラーム過激派くずれの海賊が横行してきたため、各国部隊が共同でパトロールしてきた。日本も海上自衛隊がイエメンの対岸ジブチに拠点を持ち、護衛艦や哨戒機などで警戒にあたっている。
ただし、今回の現場ホデイダ沖はそのカバー範囲の外だった。
そのうえ、これまでの警戒は、せいぜい高速艇でターゲットに接近する海賊を念頭に置いたものだったが、フーシによるハイジャックは映像でみる限り、軍用ヘリを用いて何人もの兵員が短時間のうちに空から船に乗り込むという正規軍さながらのものだ。
近年ソマリア海賊の被害は減少傾向にあり、国際商業会議所国際海事局によると、昨年この海域での被害報告はゼロだった。
一方、ガザに目を向けると、11月24日から4日間の停戦期間に入ったが、イスラエル政府は「ハマスを壊滅させるまでガザ攻撃は続く」と主張している。とすると、今後もフーシによるハイジャックが収まる公算は低い。
今後フーシによるハイジャックが多発すれば、国際海運にとって海賊を上回る脅威になることは疑いない。ガザ危機は確実に各地に飛び火しているのである。