「ガザ攻撃容認」から一転「停戦」に初言及――バイデンの3つの誤算とは
- バイデン大統領は初めて「ガザ停戦」を示唆した。
- イスラエルをあくまで支持する方針は、アメリカ国内の分断をエスカレートさせ、政権を支える外交官からも不評を招いてきた。
- さらに台頭するグローバル・サウスからの相次ぐ異議申し立ては、バイデンの予想を超えていたとみられる。
イスラエル軍による戦争犯罪の可能性すら指摘されるなか、バイデン米大統領はついに初めて「停戦」を示唆した。これまでバイデンはイスラエルの軍事行動を容認してきたが、そこには3つの大きな誤算があったといえる。
「一時停止」を求めたバイデン
バイデンは11月1日、ガザ情勢に関連して「一時停止(pause)が必要だと考える」と述べた。「停戦(ceasefire)」という言葉は用いられなかったが、事実上イスラエルの軍事活動に警戒と懸念を示したことになる。
バイデン自身が停戦を示唆したのはこれが初めてだ。
10月7日にイスラエルとハマスの戦闘が始まって以来、バイデンは歴代のアメリカ大統領と同様、あるいはそれ以上にイスラエル支持を鮮明に打ち出してきた。
10月27日、国連総会で即時かつ人道的休戦に関する決議が120カ国の賛成多数で可決された。この時アメリカは反対票を投じた14カ国のうちの1国だった(45カ国が棄権したが、そのほとんどは日本を含む先進国だった)。
そればかりかアメリカは人道危機をともなうイスラエルの軍事行動を後押ししてきた。
バイデンはイスラエルを訪問した10月18日、「ハマスを壊滅させれば人道危機は収まる」というネタニヤフ首相の主張をほぼ是認した。それはイスラエルの軍事活動に対する実質的なゴーサインだったといえる。
大統領選挙を来年に控えたバイデンが、この状況でイスラエルを支援することは、アメリカ社会で大きな影響力をもつユダヤ人の票を確保するうえで重要な手段と捉えたとしても不思議ではない。
だとすると、ここにきてバイデンが態度を翻し始めたのはなぜか。そこには3つの理由があげられる。
パレスチナ支持がかつてなく表面化
第一に、そして恐らく最大のものは、アメリカでこれまでになくパレスチナ支持者が声をあげていて、結果的に国内の分断がエスカレートしていることだ。
バイデン政権の打ち出すイスラエル支援は、身内である民主党議員の多くから支持されている。また、ライバル共和党はもともと民主党以上にイスラエル支持が鮮明だ。
これを反映して、各社の最新の世論調査によると、調査機関ごとに差はあるが、イスラエル-パレスチナ関係に関して「イスラエル支持」がアメリカ人の多数派を占めている。
ただし、それがイスラエルによる過剰防衛のような軍事作戦を承認するとは限らない。特に若者の間ではパレスチナ支持者が増えているという報告もある。
ガザの病院などが攻撃を受けた後、アメリカの大学では、親イスラエル派、親パレスチナ派のデモが衝突したり、お互いのヘイトクライムに発展したりすることが増えている。
さらにユダヤ人の間からもイスラエル批判は噴出している。
ホロコースト財団のようなユダヤ系大団体は基本的にイスラエル支持の立場を維持している。しかし、10月22日に数千人のユダヤ人がSNSでの呼びかけに呼応してパレスチナの旗を持って集まり、連邦議会議事堂で抗議デモを行なった。
要するに、エスタブリッシュメントにはイスラエル支持者が相変わらず多くても、一般レベルではこれまでになくパレスチナ支持者が声をあげている。露骨なまでにイスラエル支持を打ち出したバイデンは、このアメリカ社会の変化を見誤った、あるいは軽視したのではないだろうか。
「ロシアと何が違うのか」
第二に、政権を支えるべき外交官にもバイデン批判が珍しくないことだ。
米ハフポストは10月19日(バイデンがイスラエルを訪問した翌日)、「数人の国務省職員がブリンケン国務長官に方針変更を求める書簡を用意している」と報じた。
国務省内部には、政治家の決定に対する外交官の異議申し立てシステム(ディセント・ケーブル)がある。これはベトナム戦争の時代に導入されたもので、選挙や内政を意識しがちな政治家にプロ外交官が意見できる数少ない方法である。
バイデンやブリンケンはイスラエルの自衛権を擁護してきたが、そこには「国際法に沿って」という前提があった。戦争犯罪やジェノサイドといった批判すら出てくるなか、ただイスラエルを擁護するのはアメリカのためにならない、というのだ。
ちなみに、同様のことはヨーロッパでも見受けられる。
800人以上のEU官僚は10月20日までに、「イスラエルの軍事行動を容認することはEUの価値観に合わない」とするライエン欧州委員会委員長宛の書簡に署名した。
それによると、「ウクライナにおけるロシアの行動を批判しながらイスラエルのそれを全く無視する欧州委員会のダブルスタンダードを残念に思う」とある。
政権を支えるべき官僚・外交官からの異議申し立てという意味で、バイデンもほぼ同じプレッシャーを受けているとみて良い。
グローバル・サウスからの強い拒絶
そして最後に、友好国を含むグローバル・サウスからの強い拒絶反応だ。
先述のように、国連総会の決議ではおよそ2/3の加盟国が即時停戦を支持した。
とりわけ中東諸国の反発は強く、その筆頭ともいえるのが、長年アメリカやイスラエルと敵対してきたイランなのは不思議でないが、それと同じくらい強硬なのがアラブ首長国連邦(UAE)だ。この国は安全保障・経済の両面でアメリカのパートナーであり、2020年にはイスラエルと国交も樹立している。
こうした拒絶は中東だけではない。
アフリカ各国は昨年のロシア非難決議では対応がほぼ二分されたが、ガザをめぐる即時停戦に反対した国はなく、54カ国のうち棄権は6カ国にとどまった。
冷戦時代からアジアやアフリカにはイスラエルの占領政策に批判的な国が多い。それがかつての植民地主義を想起させるからだ。
さらに中南米でも、イスラエル批判はこれまでになく強くなっている。11月2日までにコロンビアとチリが在イスラエル大使を引き上げさせ、ボリビアは国交断絶を宣言した。このうち、コロンビアやチリはアメリカとも友好的な関係にある。
世界レベルでこれまでになく反イスラエルの機運が高まり、中ロも「ガザでの即時停戦」を主張していることは、ひいてはアメリカの求心力低下につながりかねない。
バイデンは「アメリカ第一」を掲げた前任者トランプが、結果的に国内の分断を促し、国際的にも孤立していった反動として、国内融和と国際協調を旗印に登場した。
そのバイデンが遅まきながらも「一時停止」に言及したことには、「イスラエルと心中できない」というアメリカの本音をも垣間みれるのである。