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背脂ラーメンの復権なるか? 東京背脂ラーメンの新たな一杯【ラーメン評論家の覆面ラーメン批評11】

山路力也フードジャーナリスト
背脂ラーメンの未来は?

『ど・みそ』が手掛ける背脂ラーメン専門店

年末にオープンしたばかりの『セアブラーメン 東中八』。
年末にオープンしたばかりの『セアブラーメン 東中八』。

 2024年12月24日、八丁堀の路地裏にオープンしたのが『セアブラーメン 東中八』(東京都中央区八丁堀2-8-1)。味噌ラーメンの人気店『ど・みそ』が新たに手掛けるブランドは、店名の通り背脂ラーメンの専門店。これまでとは全く違ったアプローチのラーメンで勝負をかける。

 背脂ラーメンとは豚の背脂が浮いたラーメンのこと。1970年代後半から東京では『千駄ヶ谷ホープ軒』をはじめ多くの「背脂チャッチャ系」と呼ばれるラーメンを提供する店が増え、背脂ラーメンは東京を代表するラーメンの一つとなっていった歴史がある。

 麺を啜れば背脂がまとわりつき、スープを飲めば食感のアクセントにもなる機能性。さらに客の好みに応じて、あっさりからこってりまで脂の量を増減出来る柔軟性。そして何よりも「脂を食べる」という背徳感。これほどまでに魅力的でラーメンらしいラーメンが他にあるだろうか。

 しかしながら2000年代に入って、新しくオープンする店で背脂を全面的に謳っている店は、既存店の支店や出身者を除けば皆無に等しい。オールドスタイルの背脂チャッチャ系か、新潟燕三条の背脂ラーメンくらいしか選択肢がない中で、今回のような真っ新な背脂ラーメン専門店が誕生したのは、東京のラーメンシーンにとって素直に喜ばしいことだ。

「1,000円の壁」をクリアする一つの答え

『セアブラーメン 東中八』の「ラーメン」。
『セアブラーメン 東中八』の「ラーメン」。

 『セアブラーメン 東中八』の「ラーメン」は、東京の背脂チャッチャ系とはベクトルが異なる。印象としてはむしろ新潟燕三条の背脂ラーメンと富山ブラックをフュージョンさせたような構成。タレで煮込まれた背脂と刻んだ生ニンニクは、オーダー時に有無を選ぶことが出来る。

 軽めのベースに強めの醤油ダレと背脂を合わせ、ブラックペッパーで締めるスープはバランスが良く、刻んだニンニクやタマネギも効果的に味のアクセントとなっている。パンチの効いた味わいとキレのある食後感は、食べた後にどこか背徳感のある東京の背脂チャッチャ系とはある意味で真逆だ。

 語弊を恐れずに言えば、このラーメンの設計は高騰する原価に対しての一つの対抗策として考えられたものなのではないだろうか。現代のラーメンは原価の高騰に対して消費者の意識が追いついておらず、厳選した素材を大量に使いながらも、なかなか1,000円以上の売価をつけられないという状況に陥っている。売価に対してオーバースペックになっているのが今のラーメンの構造的な問題だ。

 本来、ラーメンとは安くて美味しくてお腹いっぱいになる食べ物であった。無論、ラーメンが料理として進化していくことは当然であり、その流れを否定するものではないが、原点に立ち戻ったスタンスのラーメンがあっても良いし、今の素材と技術を駆使すれば安くて美味しいラーメンを作ることは可能なのだ。

 しかし既存店にはすでに認知された味があり、その設計を変えることは容易ではない。消費者の意識に合わせたリーズナブルな価格のラーメンを提供しようとするならば、新たな店舗なり屋号を変えるなりするしかない。『セアブラーメン 東中八』はそこを狙ったのではないかと邪推する。

「ガッツリ系」のエッセンスも感じる設計

老舗製麺所『浅草開化楼』の太麺を使用。
老舗製麺所『浅草開化楼』の太麺を使用。

 麺は『ど・みそ』同様に、浅草の老舗製麺所『浅草開化楼』の麺を使用。密度が高く太くて縮れている麺も、いわゆる背脂チャッチャ系とは異なり燕三条に近いイメージがある。啜るというよりもワシワシと喰らいつくような麺は満足度が高く、しっかりと咀嚼することによって麺そのものの美味しさも感じやすくなっている。

 燕三条や富山ブラックの要素と共に感じられるのが、『ラーメン二郎』を祖とするいわゆる「ガッツリ系」ラーメンのエッセンス。野菜こそ乗らないが、塊のような背脂に刻み生ニンニクというパーツは、ガッツリ系ラーメンの要素の一つ。家系と共に再び人気を集めているガッツリ系というトレンドをキャッチしているのも見事だ。

 さらにラーメンとは関係のない部分だが、モバイルオーダーで完全キャッシュレスを導入したのも素晴らしい。導入したオーダーシステムがいささか複雑で、慣れないと難しい面は否めないが、原価と共に高騰している人件費をいかに抑えるかも低価格でラーメンを提供する上で重要なファクター。モバイルオーダーや完全キャッシュレスによって抑えられる人件費はかなりのものだ。

 時代やトレンドは繰り返す。家系ラーメンやガッツリ系ラーメンに再び注目が集まる中で、背脂ラーメンが再評価される時代が必ずやって来る。このラーメンが東京に新たな背脂ラーメンのブームを興すきっかけになるのか否か。今後も注意深く見守っていきたいと思う。
※写真は筆者の撮影によるものです。

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フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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