固形の脂を食べる背徳感 屋台で生まれた背脂チャッチャ系【ラーメン評論家の覆面ラーメン批評3】
背脂をラーメンに振りかけるという「発明」
札幌の味噌ラーメンや福岡の豚骨ラーメンのように、全国にはその地域に根付いたラーメン文化が存在する。いわゆる「ご当地ラーメン」と呼ばれるラーメンの数は全国に100とも200とも言われているが、東京にも東京で生まれて親しまれているご当地ラーメンがある。
澄んだ醤油スープに縮れ麺の「東京ラーメン」や、「つけ麺」「油そば」なども東京で生まれたラーメン。マニアックなところでは生の刻んだタマネギが特徴の「八王子ラーメン」などもある。そんな東京のご当地ラーメンの中でも、強烈な個性を持っているのが「背脂チャッチャ系」と呼ばれるラーメンだ。
透明もしくは半濁のスープの上に、煮込んだ豚の背脂を振りかけたラーメンで、網で漉す時に「チャッチャッ」と音がすることから背脂チャッチャ系と呼ばれるようになった。ラーメンで使われる油は基本的に「液体」であるが、背脂チャッチャ系の場合浮いている油は「固体」というところがポイントで、この固体の背脂が他のラーメンの油とは違う働きをする。
麺を啜れば背脂がまとわりつき、スープを飲めば食感のアクセントにもなる機能性。さらに客の好みに応じて、あっさりからこってりまで脂の量を増減出来る柔軟性。そして何よりも「脂を食べる」という背徳感。これほどまでに魅力的でラーメンらしいラーメンが他にあるだろうか。新潟や京都にも背脂ラーメンの文化は存在するが、東京で背脂チャッチャ系を生み出したと言われているのが、1960(昭和35)年創業の老舗『ホープ軒』(東京都渋谷区千駄ヶ谷2-33-9)だ。
深夜に無性に食べたくなるラーメン
24時間営業で年中無休。つまり『ホープ軒』のラーメンは食べたい時に食べられるのだが、深夜になると無性に食べたくなってしまうのは、元々屋台で生まれたラーメンだからだろうか。これまで数え切れないほど訪れている店だが、そのほとんどがラーメンを食べるにはちょっと後ろめたい深夜や明け方近く。しかしそんな時間でもこの店には多くの客、もとい「同志」がいるので後ろめたさが軽くなる。
屋台として創業した『ホープ軒』が、現在のように店舗を構えたのは1975(昭和50)年のこと。オープン当初はカウンター立ち食い席の1階のみだったが、今は1階は昔ながらの立ち食い席で、2階はカウンター席、3階はテーブル席になっている。特に1階の立ち食い席は開放感もあって屋台のような雰囲気も感じられ、夜風に当たりながらラーメンを食べるのも楽しい。
白濁したスープは豚骨を継ぎ足しながら作っていくため、一定の濃度を保つことが出来て味に深みも生まれる。そこにさらなる甘味とコクを加える働きをしているのが背脂であり、しかも客の嗜好に合わせて背脂の量をコントロール出来る。さらなるカスタマイズアイテムとして、卓上には調味料の他に刻んだネギもあるため、幅広い人の好みに対応出来る設計になっているのだ。
過不足が全くない完璧なラーメン
背脂たっぷりのスープを受け止める麺は、店舗の4階で作られる自家製の中太麺。小麦の質感も感じられる密度の高い麺は存在感も十分。そのポテンシャルを最大限引き出すべく、しっかりと茹できってもっちり食感に仕上げる。具材はチャーシュー、モヤシ、メンマ。ラーメンに必要不可欠な要素が過不足なく入っており、味わいや食感などの違いも楽しめて単調になることなく食べ終えることが出来る。
背脂チャッチャ系と言っても、背脂が細かく繊細なものもあれば、逆に大粒のギトギトしたものもある。それはある意味で正統な進化であり、差別化する上での個性の主張でもあるのだが、『ホープ軒』の背脂は繊細さと下品さのバランスが丁度良い。あとはその日のスープの濃度や脂の状態次第だが、この日のバランスは完璧だった。
深夜1時過ぎ、タクシーの運転手さんと並んでカウンターに立ち、背脂の浮いたスープをグビグビ飲み、背脂をまとった麺をズルズルと啜る至福。深夜に食べてしまったことに対する反省の気持ちは多少あるにせよ、後悔を感じることは一切ない。それが『ホープ軒』のラーメンなのだ。
※写真は筆者の撮影によるものです。
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