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「核兵器を使えばガザ戦争はすぐ終わる」は正しいか?――大戦末期の日本とガザが違う4つの理由

六辻彰二国際政治学者
【資料】マーシャル諸島での米核実験「アイビー作戦」(1952.11)(写真:ロイター/アフロ)
  • ガザ侵攻が長期化するなか、大戦末期の日本を念頭に「イスラエルが核兵器を使えばすぐ終わる」という主張もある。
  • ただし、イスラエルはしばしば“核の威嚇”を行なっているが、放射能汚染が自国にも及びかねないため、簡単には使用できない。
  • さらに大戦末期の日本との間には大きな違いが4つあり、たとえガザが核攻撃を受けてもすぐ降伏するとは思えない。
  1. パレスチナ全体が一つの考え方でまとまるのが困難
  2. イスラエルに降伏した後の安心材料が何もない
  3. ガザが核攻撃を受けても反抗拠点がある
  4. 軍事的支援者がいる

「核使用でガザ戦争はすぐ終わる」の錯誤

 8月9日の長崎平和祈念式典にイスラエル大使招待されなかった。これに関する記事を掲載したところ、いくつかコメントを受け取った。そのなかには「核兵器を使えばガザ戦争は短期間で終わる」と核使用をむしろ正当化するものも目についた。

【資料】長崎に投下された原爆“Fat Man”(1945.8.9)。当時の長崎市の人口20万人中、死者は2万人以上にのぼったとみられている。
【資料】長崎に投下された原爆“Fat Man”(1945.8.9)。当時の長崎市の人口20万人中、死者は2万人以上にのぼったとみられている。提供:The National Archives/ロイター/アフロ

 同様の主張はアメリカでも聞かれる。リンゼイ・グラハム上院議員(共和党)は5月、広島と長崎を引き合いに出して、「早く終わらせるために核兵器の使用は正しい判断」と主張した。

 筆者が受け取ったコメントを含め、ガザにおける核兵器の“効能”をあえて強調する意見は、「その方がトータルの犠牲者を減らせて人道的」と主張するにせよ、「それが戦争というものだ」と開き直るにせよ、グラハム議員と同じく多かれ少なかれ大戦末期の日本を想定しているようだ。

 しかし、そこには二重の錯誤がある

大戦末期の日本とガザの違い

 まず、イスラエルはしばしば“核の威嚇”をしてきたものの、実際に使用するとなると、大戦末期のアメリカと比べてハードルは非常に高い。

【資料】イスラエルのネゲブ砂漠にある核施設(2000.8.6)。1970年代からイスラエルは核兵器を保有しているとみられているが、イスラエル政府は明確に肯定も否定もしない“曖昧戦略”を維持してきた。
【資料】イスラエルのネゲブ砂漠にある核施設(2000.8.6)。1970年代からイスラエルは核兵器を保有しているとみられているが、イスラエル政府は明確に肯定も否定もしない“曖昧戦略”を維持してきた。写真:ロイター/アフロ

 それは人道的な理由だけではない。

 福岡市よりやや広い程度の面積しかないガザで核兵器を用いれば、隣接するイスラエル自身にも放射能汚染が広がる恐れがある。また、ハマスに捕まっているイスラエル人の人質や、人道支援を行なう援助関係者も同時に吹き飛ばせるのか。

「自分たちに被害はない」という大前提のもと、原爆を投下したアメリカとは違うのだ。

 さらに重要なのは、「大戦末期の日本が原爆投下によって敗戦を受け入れた」というストーリーに沿ってガザへの核使用を正当化できないことだ。

 というのは、たとえガザで核兵器が使用されても、戦争が短期間で終わる見込みは乏しいからだ(そもそもアメリカが“日本を少しでも早く降伏させるために”原爆を投下したのか、あるいは日本が“原爆投下によってポツダム宣言受諾を決意した”のかにはかなり疑問の余地があるが、この点は先述の記事でも触れたのでここでは深掘りしない)。

 その理由としては、大戦末期の日本とガザの間にある4つの違いがあげられる。

(1)全体を統率する決定が困難

 第一に、誰が降伏を決定できるかだ。

米海軍戦艦ミズーリで降伏文書に署名する重光葵外相(1945.9.2)
米海軍戦艦ミズーリで降伏文書に署名する重光葵外相(1945.9.2)提供:U.S. Army Signal Corps/U.S. National Archives/ロイター/アフロ

 大戦末期、日本政府・軍のなかの主戦派はあくまで戦争継続を唱導したが、和平派が最終的に天皇の“聖断”を引き出すことに成功した。そしてポツダム宣言受諾が一度決まれば、組織的抵抗はほとんどなくなった。

 要するに日本の場合、良くも悪くも、上から下まで意思が一貫しやすい(だからこそ好戦的世論が湧き上がった時に政府が制御しきれないこともあるわけだが)。

 パレスチナはこれと対照的だ。ハマスはガザを実効支配し、多くの支持を集めるものの、パレスチナ全体を代表する機関ではない。

 国連でも認められているパレスチナ暫定政府はヨルダン川西岸に拠点をもち、ハマスとは一定の距離を保ってきた。

【資料】イスラエルが実効支配するヨルダン川西岸を訪問したバイデン大統領と会談する暫定政府のアッバス議長(2022.7.15)。暫定政府は国連決議に基づく国家樹立を目指し、ハマスと一線を画してきた。
【資料】イスラエルが実効支配するヨルダン川西岸を訪問したバイデン大統領と会談する暫定政府のアッバス議長(2022.7.15)。暫定政府は国連決議に基づく国家樹立を目指し、ハマスと一線を画してきた。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 さらにガザに限っても、イスラエルと交戦する組織には、ハマス以外にアルクッズ連隊、人民抵抗委員会などがある。

 つまり、パレスチナ全体が一つの考え方でまとまるのは困難で、たとえ核攻撃を受けてハマスが降伏したとしても、他の勢力がそれに同調するとは限らない。とすると、「核攻撃を受けたら全員一致で即座に降伏するはず」というのは安易すぎる想定だろう。

(2)その後の安心材料がない

 第二に、降伏した後に何も期待できないことだ。

 大戦末期の日本の場合、(米英敵視にこり固まっていた主戦派はともかく)少なくとも和平派の間には「降伏してもアメリカは日本人の生命・財産を根こそぎ奪ったり、皇室を廃止したりしないだろう」という期待があった。

 だからこそ日本はポツダム宣言を最終的に受諾できた。

 これに対して、ほとんどのパレスチナ人には「降伏すればそれこそ全てを失いかねない」という危機感があるとみてよい。

 実際、イスラエルは50年間以上にわたり、国連で“パレスチナ人のもの”と定められたヨルダン川西岸まで実効支配し、既成事実化してきた(国際司法裁判所は7月20日、イスラエルの占領政策が“国際法違反”という判断を下した)。

 ヨルダン川西岸ではイスラエル軍だけでなくイスラエル人入植者によって、パレスチナ人の人権・財産が組織的に侵害されてきた。

 さらにイスラエルの要人はガザ侵攻開始後、しばしば「ガザ住民が難民として退去すること」に言及してきたが、それは「ガザがもぬけの殻になればイスラエルの実効支配を正当化できる」という文脈で理解される。

 とすると、その後の安心材料が何もなく、土地財産だけでなく生命・安全さえ脅かされかねない懸念が大きいなら、たとえ核攻撃があっても降伏の受け入れは容易ではない。

 これを無視して核攻撃の“効能”だけを強調すること自体、イスラエルの占領政策の問題を過小評価するものといえる。

(3)他に反抗拠点がある

 第三に、反抗拠点の有無だ。

【資料】原爆投下後の広島(1945)。
【資料】原爆投下後の広島(1945)。写真:Fujifotos/アフロ

 大戦末期の日本の場合、本土全体が空襲にさらされていて、逃げ場はなかった。それは降伏以外の選択肢がほとんどなかった一因といえる。

 これに対して、ガザが核攻撃を受けた場合、イスラエルに抵抗する勢力には、ヨルダン川西岸が反抗拠点として残る。ヨルダン川西岸は国連決議で“パレスチナ人のもの”と定められた土地で、暫定政府もここを拠点にしている。

 「その場合はヨルダン川西岸も核攻撃すればいい」という威勢のいい意見もあるかもしれないが、それこそ無理というものだ。

 ヨルダン川西岸にはユダヤ教最大の聖地(キリスト教とイスラームにとっても同様だが)であるエルサレムがある。

東エルサレムにある旧市街地(2024.6.5)。国連決議でパレスチナ人のものと定められたこの一帯もイスラエルの実効支配のもとにある。
東エルサレムにある旧市街地(2024.6.5)。国連決議でパレスチナ人のものと定められたこの一帯もイスラエルの実効支配のもとにある。写真:ロイター/アフロ

 さらにガザと異なり、ヨルダン川西岸はイスラエルが今も実効支配し続けていて、多くのイスラエル人が入植しているだけでなく、(国連決議に反して)エルサレムを“首都”に位置付けている

 つまり、ヨルダン川西岸への核攻撃は、イスラエルの国内政治的にもほぼあり得ない。

 とすると、たとえガザが核攻撃されても、主戦場がヨルダン川西岸に移るだけになりかねない。その場合、戦闘はより泥沼化しやすいともいえる。

ヨルダン川西岸のアル・ムガイールでイスラエル人入植者によって襲撃されたパレスチナ人の住居(2024.4.13)。ガザでの戦闘に比例してヨルダン川西岸でも緊張と対立はエスカレートしている。
ヨルダン川西岸のアル・ムガイールでイスラエル人入植者によって襲撃されたパレスチナ人の住居(2024.4.13)。ガザでの戦闘に比例してヨルダン川西岸でも緊張と対立はエスカレートしている。写真:ロイター/アフロ

(4)支援者がいる

 最後に、大戦末期に孤立無縁だった日本と異なり、ハマスには軍事的協力者がいる。

 レバノンのイスラーム組織ヒズボラやイエメンのフーシは、もともとイスラエルと敵対していたが、ガザ侵攻が始まって以来その攻撃は加速している。

 さらにイランはこれらを支援しているとみられる。アメリカ政府は「イランの核能力が急速に向上している」と警戒している。

 ガザが核攻撃を受けたとしても、これらが一瞬で静かになるはずはない。むしろ、かえって戦火が爆発的に広がる懸念の方が大きい。

 威勢のいい方々はそれでも「だったら全部核攻撃すればいい」というかもしれない。しかし、それこそ本末転倒だ。「核攻撃すれば戦争はすぐ終わる」という最初の命題をいとも簡単に放棄する主張だからだ。

 こうしてみた時、「核兵器を使えばガザ戦争はすぐにでも終わる」というのは、あまりにも短絡だろう。それは単に力に取り憑かれた思想とさえいえるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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