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イスラエル閣僚「ガザに原爆投下」を示唆――強硬姿勢の背後にあるもの

六辻彰二国際政治学者
デモを行うヨルダン川西岸の入植者(2023.4.10)(写真:ロイター/アフロ)
  • イスラエルの閣僚が「ガザに原爆を投下する選択肢」に言及し、閣議出席を禁止された。
  • この攻撃的発言は「個人の失言」というより、「祝福も理解もされない」孤立感を深めるイスラエル入植者の声を代弁したものといえる。
  • その一方で、「原爆投下」発言は周辺国のイスラエル批判をエスカレートさせており、その影響はグローバルなものになりつつある。

 イスラエルの閣僚が「原爆使用」に言及したことで、ガザをめぐる対立と緊張はさらにエスカレートした。

「核保有国」イスラエル

 イスラエル政府で聖地エルサレムの文化財保護などを担当するアミサイ・エリヤフ遺産大臣11月3日、ローカルラジオ局のインタビューで「全員を殺すためにガザに‘ある種の原子爆弾’を投下することはあるか」と問われ「一つの選択肢だ」と応じた

 イスラエルは冷戦時代から核開発疑惑を持たれてきたが、歴代政権は保有を肯定も否定もしてこなかった。はっきりさせないことが、かえって敵対勢力に対する抑止効果になってきたともいえる。

 保有の真偽はさておき、「パレスチナ人全員の抹消」とも取れるこの発言が拒絶反応を招いたことは不思議でない。

 発言が明らかになるや、ネタニヤフ首相はエリヤフ大臣の閣議出席を禁じた。ネタニヤフはこの発言が「現実とかけ離れている」「イスラエル軍は民間人の犠牲を出さないよう国際法に則って行動している」と火消しに努めた。

 その後、エリヤフはSNSで「‘原爆投下’は一つの比喩だった」と述べ、イスラエルの核保有を認めたわけでないとも釈明した。

強硬発言の裏にある孤立感

 エリヤフの思想性を一言でいえばウルトラナショナリスト、極右である。これまでにも、国連決議に反する「全パレスチナの併合」を主張するなど、ユダヤ教保守派の多いネタニヤフ政権の閣僚のなかでもとりわけタカ派的言動が目立つ。

 その思想性は出自にも関係している。

 エリヤフは1979年、ヨルダン川西岸のエルサレム近郊に生まれた。父親は高位のラビ(ユダヤ教聖職者)である。

 エリヤフの生まれ育ったヨルダン川西岸は1947年の国連決議でパレスチナ人に割り当てられた土地だが、1967年の第三次中東戦争でイスラエルによって占領され、現在に至る。

 占領地に生まれ育った入植者は、最大都市テルアビブなどに暮らすそれ以外のイスラエル市民と比べて、ヨルダン川西岸の占領に固執しやすく、パレスチナ人国家との共存に反対する傾向が強い。パレスチナとの和解は、彼らの存立基盤を失わせかねないからだ

 その一方で、入植者は「誰からも祝福も理解もされない」という孤立感を深めやすい

 最大の同盟国アメリカでさえ、一般ユダヤ人の間で占領政策に批判的な意見が広がっている。

 孤立感を深めた入植者には、「自分たちを迫害する」世界への不信感から、ますます攻撃的な言動に向かいやすい。

 例えばエリヤスは今年8月、「イスラエル軍や警察がこの30年間、パレスチナに関する世界の見方を受け入れて、入植者を罪人とみなしてきた」と批判した。要するに、世界中から批判され、ハマスに攻撃される入植者を守ってこなかった、という不満だ(イスラエルの治安機関の活動を見ればとてもそうは見えないが)。

「個人の失言」とはいえない

 世界的に批判される者がより態度を硬化させる構図は珍しくない。

 第二次世界大戦後、北アフリカのアルジェリアでフランス支配に対する抵抗や武装蜂起が激しさを増し、国際的にも批判が噴出した結果、当時のドゴール大統領は独立容認に転じた。この時、あくまで独立を認めず、アルジェリア人虐殺やクーデタ、果てはドゴール暗殺まで企てたりしたのは、本土のフランス人ではなくアルジェリアに移りすんだ入植者だった。

 宗教的要素などを除くと、孤立感を強めた入植者ほど過激派しやすいという点で、独立反対に固執したアルジェリア入植者と、パレスチナとの和解に反対するイスラエルの入植者はほぼ同じだ。

 とすれば、エリヤスを擁護するつもりはない、と断ったうえであえていえば、その「原爆投下」発言はイスラエルの占領政策そのものの産物であり、同様の見解を多くの入植者が抱いているからこそ表面化したとみた方がよい。その意味では「個人の失言」を超えた、根の深いものといえる。

 だとしても、エリヤス発言が大きな波紋を呼んだことも当然である。

 同盟国アメリカは「政府の公式見解ではない」と問題視しない態度を示しているが、とりわけ周辺各国からは政治的立場を超えて強い反発が生まれた。

 アラブ連盟のアフマド・アボウル・ゲイト議長はエリヤス発言が「公然の秘密だったイスラエルの核保有を明らかにした」「パレスチナ人に対するイスラエルの人種差別的な見方が浮き彫りになった」と強い調子で非難した。ゲイトの出身国エジプトは、イスラエルとも国交を持つ。

グローバル・サウスの結束を促すか

 さらに注目すべきは、サウジアラビアがこれまでになく強い非難を表明したことだ。

 同国外務省によると、エリヤスの発言は「イスラエル政府に過激主義と野蛮が侵入していることを示した」、「閣僚罷免ではなく閣議出席停止の処分で済ませていることは全ての人間社会の基準と価値観を全く尊重していないものだ」。

 2015年からのイエメン内戦で国連が懸念を示すほど苛烈な空爆を行い、民間人の死傷者を数多く出したサウジアラビア政府が「人道」を語れるかには、議論の余地がある。

 しかし、確かなことは、アラブ各国がこれまでになく強い拒絶反応をみせ、「イスラーム世界vsイスラエル」の構図がさらに鮮明になったことだ。

 そして、これはガザ危機のもつ地政学リスクがさらに高まったことも意味する。

 反イスラエルの機運の高まりは、これを擁護する先進国とそれ以外の間の亀裂を深めてきた。

 アジア、アフリカ、中南米などグローバル・サウスの多くでは、過剰防衛の目立つイスラエルへの批判が強まっている。

 ロシアによるウクライナ民間施設攻撃を「戦争犯罪」と揃って批判した先進国が、イスラエルの過剰防衛ともいえる攻撃に理解を示すダブルスタンダードは、これをさらに強めている。

 いわばガザ危機と反イスラエル感情は、グローバル・サウスを固める接着剤になりかねない。とすると、パレスチナ全市民の殺戮をも示唆するエリヤスの「原爆投下」発言は、この効果を強めかねないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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