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イスラエルと全面戦争が懸念されるレバノンの武装組織“ヒズボラ”とは――誕生、目標、実力 基礎知識5選

六辻彰二国際政治学者
【資料】ヒズボラ指導者ハサン・ナスルラフの肖像を抱える支持者。(写真:ロイター/アフロ)

 ガザ侵攻を続けるイスラエルは、もう一つの全面戦争の瀬戸際にある。隣国レバノンのイスラーム組織“ヒズボラ”との緊張が高まっているのだ。

 ヒズボラとは何か。イスラエルとの戦争には、国際的にどんな影響があると懸念されるか。以下では5点に絞って解説する。

(1)ガザ侵攻の“飛び火”

 中東、ゴラン高原にあるマズダルシャムスで7月29日、大規模な爆発が発生し、12人が死亡した。イスラエルはこれがレバノンのイスラーム武装組織ヒズボラのロケット攻撃によるものと主張している。

 ゴラン高原は本来シリア領だが、1967年の第三次中東戦争でイスラエルが占領し、現在まで実効支配している。

 「ヒズボラの攻撃」というイスラエルの主張をヒズボラは否定している。しかし、これまでもヒズボラはイスラエルと戦火を交えてきた

 ヒズボラはガザを拠点とするハマスを支持していて、昨年10月7日にイスラエル-ハマス戦争が始まるとすぐにイスラエル北部にロケット攻撃を行った。

 これに対してイスラエル軍もヒズボラの拠点レバノン南部をしばしば空爆している。

 その結果、すでにイスラエル北部レバノン南部でそれぞれ9万人以上が避難民になっている。

 マズダルシャムスで12人が殺害された報復として、イスラエル軍は30日、レバノンの首都ベイルートを空爆してヒズボラ幹部を殺害したと発表した。

イスラエル軍の攻撃で瓦礫の山になったレバノンの首都ベイルートにあるヒズボラ幹部の潜伏先(2024.7.30)
イスラエル軍の攻撃で瓦礫の山になったレバノンの首都ベイルートにあるヒズボラ幹部の潜伏先(2024.7.30)写真:ロイター/アフロ

 今後ヒズボラが大規模な報復に向かう可能性は大きい。

(2)自爆攻撃の元祖

 ヒズボラとはそもそも何者か。

 ヒズボラとは“神の党”を意味する。その誕生のきっかけは1982年のイスラエルによるレバノン侵攻(ガリラヤの平和作戦)にあった。

 当時、パレスチナ人を代表する組織、パレスチナ解放機構(PLO)本部がレバノンの首都ベイルートにあった。その壊滅を目指したイスラエル軍が800台以上の戦車部隊を繰り出したのだ。

この時、イスラエルの侵攻に抵抗する現地の武装組織として結成されたのがヒズボラだった。ヒズボラはレバノン南部のシーア派教徒を中心にしている。

イスラエル軍との衝突で死亡したヒズボラ兵士の葬儀(2023.11.6)。ガザ侵攻をきっかけにヒズボラもイスラエルとの衝突をエスカレートさせてきた。
イスラエル軍との衝突で死亡したヒズボラ兵士の葬儀(2023.11.6)。ガザ侵攻をきっかけにヒズボラもイスラエルとの衝突をエスカレートさせてきた。写真:ロイター/アフロ

 ただし、最新鋭の戦車部隊を展開させるイスラエル軍に対して、ヒズボラの戦力はあまりに貧弱だった。その圧倒的戦力差を埋めるためヒズボラが多用したのが自爆攻撃だった

 現代でこそ“イスラーム過激派=自爆”のイメージが定着している。しかし、もともとイスラーム世界で火は“地獄の業火”を連想させる(だから遺体の火葬をしない)もので、自爆攻撃は一般的でなかった。

 そのため、ヒズボラによる自爆攻撃はイスラーム世界における最初期のものの一つといえる。

 イスラエル軍は1985年にレバノンから撤退したが、ヒズボラの自爆攻撃に手を焼いたことはその一因だった。

(3)イランからの支援

 ヒズボラはイスラエルだけでなく、その後ろ盾であるアメリカとも敵対してきた。そのため先進国でヒズボラは「テロ組織」に指定されている(この点でガザのハマスとほぼ同じ)。

 ただし、“グローバル・ジハード”を掲げる国際テロ組織アルカイダや「イスラーム国(IS)」と異なり、活動範囲はレバノン、イスラエル、及びその周辺にほぼ限られている。

 そのヒズボラを支援してきたのが、やはりイスラエルやアメリカと対立するイランだ

 ヒズボラはレバノンのシーア派住民によって発足したため、シーア派の中心地イランとは宗派的な結びつきが強い。ヒズボラはイランから武器、資金、人員などの支援を受けているとみられていて、その金額をアメリカ政府は年間1億ドル以上と推計している。

テヘランでイランのマスウード・ペゼシュキヤン大統領(左)と会談するヒズボラ副代表シェイク・カシム(2024.7.29)。イランはヒズボラ最大のスポンサーとみられている。
テヘランでイランのマスウード・ペゼシュキヤン大統領(左)と会談するヒズボラ副代表シェイク・カシム(2024.7.29)。イランはヒズボラ最大のスポンサーとみられている。提供:Iran's Presidency/WANA/ロイター/アフロ

 イランと近い立場にあるシリア政府は、イランとレバノンを結ぶ補給路を容認してきたといわれる。

 この強い関係を反映してヒズボラは発足当初、レバノン南部にイラン型イスラーム国家を建設することを標榜していた。

 しかし、イランとの結びつきが前面に出すぎるとシーア派以外のレバノン人から警戒されやすい。

 そのため近年ヒズボラはイスラーム国家建設のトーンを弱め、政党として議会にも進出している。また、レバノン南部ではごみ収集、病院経営、学校の補修といった、本来政府が果たすべき仕事を肩代わりしている。

 こうしてヒズボラは単なる武装組織の枠を超えて社会的影響力を大きくしている。“レバノンのなかにある別の国家”、“国家のなかの国家”とも表現される所以だ。

(4)“ハマスとは違う”

 イスラエルにとってヒズボラは最大の敵の一つといえる。

 2006年8月に発生した大規模な衝突でイスラエルは数名のヒズボラ幹部を殺害し、勝利を宣言した。

 しかし、イスラエル政府専門家委員会の報告書では、ヒズボラに壊滅的打撃を与えられなかっただけでなく、むしろ50万人以上のイスラエル人が避難を余儀なくされた点などが問題視され、「中東一の軍隊が勝機を逃した」と酷評された。

 この戦闘に参加したイスラエル兵の一人は当時、メディア取材に「ヒズボラは(ガザの)ハマスとは違う。非常に訓練され、練度が高い。みんな驚いていた」と証言した。

 それから20年近く経過した現在、ヒズボラの戦力はさらに強化されているとみてよい。

 その兵員数は公称10万人で、レバノン国軍を凌ぐとみられる。

 さらにイスラエルの推計によると、ヒズボラが保有するミサイルやロケットは15万発以上にのぼる。その多くがイラン、ロシア、中国、北朝鮮製とみられている。

 最近ではドローンも多用していて、6月中旬には150発のミサイルと30機のドローンでイスラエル北部の15カ所をほぼ同時に攻撃するといった高度な戦術も実施している。

 かつて自爆攻撃で知られたヒズボラは、今や中東屈指の武装組織になっているのだ。

(5)世界の物流コスト上昇の恐れ

 イスラエルとヒズボラが全面衝突に至れば、その影響は中東にとどまらない。

これまで以上に中東を経由する物流にブレーキがかかり、ひいては各国のインフレに拍車をかけることが懸念されているからだ。

 ヒズボラは6月19日、イスラエル北部にあるハイファ港を上空からドローンで撮影した動画を公開した。

 地中海に面したハイファはスエズ運河や紅海を迂回してヨーロッパとアジアをつなぐ拠点として、先進国はもちろん中国の「一帯一路」やインド・中東・欧州経済回廊などでも重視されている。

 そのハイファの動画をヒズボラがあえて公開したことは「その気になればいつでも攻撃できる」という威嚇に他ならない。

 ガザ侵攻が始まった後、やはりハマスを支持するイエメンのフーシが、紅海沿岸を通過するイスラエル支持国の船を相次いで攻撃するようになった。

 そのため、スエズ運河や紅海を通過するタンカーはほぼ半減したといわれる。ヨーロッパとアジアを結ぶ最短ルートが通りにくくなったことは、物流コストをさらに高めている。

 このうえハイファ周辺も使用が困難になれば、日本を含む海外もその影響を免れない。

 イスラエル-ヒズボラ戦争が発生すれば、ガザ侵攻に勝るとも劣らないリスクが懸念されるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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