日本の遺産を食いつぶす安倍首相-「イラン緊張緩和に努力」の幻想
- 安倍首相はトランプ大統領を厚遇することで「恩を売った」
- しかし、危機イランの緊張緩和に日本が努力すると提案したことは、アメリカ側に立って仲介するということで、効果は何も期待できない
- そのうえ、アメリカとの緊密ぶりだけをアピールして臨むことは、日本の遺産を食いつぶす行為でもある
来日したトランプ大統領に安倍首相は「アメリカとイランの緊張緩和に日本が努力する」と提案したが、イランをとりまく緊張の緩和に努力するつもりが本当にあるなら、これは全くお門違いと言わざるを得ない。
トランプに恩を売る戦術
令和初の国賓として5月25日に来日したトランプ大統領は手厚く歓迎され、ご機嫌で日本を後にした。いまや世界最大のトラブルメーカーとも呼べるトランプ氏をあえて厚遇し、その面子を最大限にたてることで、日本政府は「恩を売った」ともいえる。
実際、27日の共同記者会見ではトランプ氏が貿易問題での厳しい態度を引っ込め、日本と北朝鮮の対話を支援すると表明するなど、両国の緊密ぶりが目立った。いわばからめ手で影響力を確保しようとすることに賛否はあるだろうが、一つの外交手段として理解できる。
ただし、トランプ大統領が直面する難題の一つであるイラン危機に関して、安倍首相が「日米で緊密に連携しながら緊張状態を緩和したい」と提案したことは、行き過ぎと言わざるを得ない。それは危機の克服につながらないばかりか、日本の国際的な評価をも押し下げるとみられるからだ。
イラン危機と日本
ここでまずイラン危機の構図について確認しよう。
トランプ政権は5月初旬から「イランの脅威」を強調してペルシャ湾一帯に空母や戦略爆撃機を派遣してきた。これに対して、イランも短距離弾道ミサイルの配備を進めるなど応戦の構えをみせている。
これと並行して、アメリカと同盟関係にあるサウジアラビアの船舶などを標的にした、イランやそれに近いイエメンのフーシ派によるとみられるドローン攻撃も発生している。
資源エネルギー庁によると、2016年段階での中東から原油・天然ガスの輸入は日本のエネルギー輸入の87.2%を占め、このうちイランからのものは7.0%を占めた。イランへの制裁を強めるトランプ政権がイランから原油を輸入する国にも制裁を科す方針を打ち出したことで、日本は輸入元の変更を余儀なくされている。
実際に火の粉が飛んでくることから、日本政府がこの問題に強い関心をもつこと自体は不思議ではない。
「努力」の向かう先
とはいえ、問題はその先だ。
緊張緩和のために努力するという安倍首相の提案をトランプ大統領が歓迎したことに表れているように、日本政府のいう「努力」とは暗黙のうちにイランへの働きかけを意味する。ところが、イランをめぐる緊張を高めてきたのは、むしろアメリカだ。
トランプ大統領は2017年、2015年にイランがアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国と交わした核合意を「根本的に欠陥がある」として、一方的に離脱を宣言した。トランプ氏のいう欠陥とは、この核合意が原子力の平和利用を目的とする低濃縮ウランの製造をイランに認め、弾道ミサイルも規制していないことにある。
しかし、これらまで禁止しようとすれば、イランの反アメリカ感情がさらに増すことが目に見えていた。そのため、2015年の核合意は「核兵器の開発禁止」に特化することで成立したのだが、トランプ大統領はこの成果を無視して一方的に合意を破棄し、根拠を示さないままに「イランの脅威」を宣伝したことで、いまの緊張が生まれた。
つまり、もし緊張緩和に努力するつもりなら、安倍首相はまずトランプ氏にブレーキを踏むよう提案するところから始めなければならないはずだ。ところが、少なくとも公式の情報からはそうした様子が全くみえなかった。
ゴルフ場のカートでそんな話をしたという可能性はゼロではない。しかし、誰も聞いていないところで働きかけてもほとんど意味がない。「アメリカに働きかけた」というメッセージがイラン側に伝らければ、仲介役として信用されないからだ。
アメリカにアクションを求めないこともやはり「恩を売る」戦術なのかもしれないが、いずれにせよその立場で緊張緩和に努力するとなれば、イランに何らかの対応を求めることになる。
しかし、イランが核合意に従ってきたことは、国際原子力機関(IAEA)も認めている。イランの立場からすれば、アメリカこそが脅威だ。トランプ氏とはゴルフ場で仲良くツーショットに収まっておきながら、自己防衛に向かわざるを得ないイランに「戦争はやめてくださいね」と求めるなら、本末転倒と言わざるを得ない。
「親日国」の虚像
もちろん、アメリカとの関係を最優先にするなら、「イランに何か要請すること自体に意味がある」という考え方はあるだろう。つまり、実際には大局に影響がないと知りながら、ポーズだけでもその場に立ち会うことで、「役割は果たした」といえるようにする、いわばアリバイ工作だ。
その効果は、アメリカにとってもイラン危機が頭の痛い問題であることによって高まる。
核合意から離脱し、圧力を加えてみたものの、アメリカが実際にイランに手を出すのは難しい。そのうえ、2015年の核合意以上の妙案があれば話が別だが、トランプ大統領が原子力の平和利用すら認めない以上、外交交渉の着地点はみえない。
つまり、自分でつけた火の始末に困っているトランプ氏に鎮火に協力すると申し出ること自体、日本政府からみれば「恩を売る」ことになる(もっとも、そこまでアメリカに近づけば、状況が変わった時にアメリカの圧力をまともに受けやすくもなる)。
しかし、それはイランだけでなく第三国からみて「日本はアメリカの側に立って仲介しようとしている」と映る(実際その通りだろう)。重要なことは、トランプ氏から高評価を得ることが、多くの国から高評価を得るとは限らないことだ。
日本の政府関係者やメディアはしばしば「親日国」という語を使いたがり、多くの場合イランもそこに含まれる。国単位で日本に親近感や反感をもつ国があるはずもなく、筆者はそもそもこの用語に違和感があるが、イランで日本に悪くない感情が支配的だとすれば、その一因としては、これまで日本がアメリカと同盟関係にありながらも、これと一定の距離を保ってつきあってきたことがある。
ピュー・リサーチ・センターの2017年の報告によると、中東の国でアメリカへの好感度が40%を超えたのはイスラエル(81%)だけで、西側と関係の深いレバノン(34%)やチュニジア(27%)でさえ、アメリカへの好感度は中国への好感度(それぞれ63%)を下回った。だとすれば、エルサレムをイスラエルの首都と認定するなど、中東一帯に火種を振りまくトランプ政権との親密ぶりだけをアピールする日本に親しみを感じろという方が無理な相談だ。
これはイランに限った話ではなく、あらゆる「親日国」を含む国との外交にかかわる。アメリカとの関係のみに基づいて安倍首相がイランでの緊張緩和に努力すると申し出たことは、いわば日本がこれまで築き上げてきた遺産を食いつぶすものに他ならないのである。