次代のハマの司令塔・山本祐大(横浜DeNAベイスターズ)が古巣との試合で実戦復帰
山本祐大がグラウンドに帰ってきた。
6月11日、BCリーグ選抜との練習試合に途中出場して3イニングスでマスクをかぶり、打席にも1度立った。
同じくBCリーグ出身である寺田光輝ともバッテリーを組み、駆けつけたBCファンを沸かせた。
■はじめての頭部死球
悪夢が山本祐大選手を襲ったのは、5月23日のイースタン・東京ヤクルトスワローズ戦。七回の打席で頭部死球を受けた山本選手は、そのまま病院に運ばれた。
「当たって、そのときは別に痛いとかじゃなくて、気づいたら倒れてたみたいな感じ。麻酔が終わって寮に帰ったくらいから夜、痛くなってきて…。次の日は痛かったし、しんどかった。次の次の日くらいまではキツかった、まだ。その次の日くらいからは頭も重い感じじゃなくなって。だる~って感じもなくなった。それくらいからですかね、痛さもなくなったのは」。
頭だ。どんな後遺症が表れるかわからない。復帰まで慎重を期して念入りなプログラムが組まれ、休日明けの28日から順調にそれを消化した。
当時は顔の左側が腫れ上がり、別人のようになっていた。しかし、縫合した裂傷箇所の抜糸も済ませ、腫れも治まった。かわいらしい童顔は健在である。
それよりも、と山本選手が口にするのは相手投手への気遣いだ。「当てたほうが可哀相。高卒の子なんで。ピッチャーやし、これからずっと投げていかなあかん。気にしてなかったらいいけど…。気にしないのが一番だから」。
自分のことより相手投手のことを気にかけるところは、山本選手らしい。
■楽しみにしていたBCリーグとの練習試合
そしてようやくゲームに出場できるところまで回復した。奇しくもBCリーグ選抜との練習試合が復帰戦になった。
「BCリーグとの試合は、デッドボール当たる前から楽しみやった」と明かす。ファームのメンバーを見渡し、「ほとんどの確率で僕がフルでかぶらしてもらえる」と予測し、ワクワクしていた。
実は昨年9月に予定されていたBC選抜との試合も心待ちにしていたが、雨によって中止になり、ガッカリした思い出があるのだ。
山本選手にとっては「自分がいたところやし。今、NPBを目指してるBCの人たちとどれくらい実力の差がついたのか、自分がどれだけ成長したのかが一番わかる場所やから」とBCリーガーとの対戦は、自身の成長度を測る“ものさし”になるのだという。
フルで出場したいと望んでいたが、残念ながら不慮の事故に遭ってしまった。しかし復活への過程の中で「それでも、ちょっとでも出れるってなったときは、嬉しかった」と目を輝かせる。
■復帰後初の打席とマスク
出番は五回裏の代打からだった。“あの日”以来の実戦での打席である。
頭部死球を受けた選手は打席で怖さがよみがえると聞くが、山本選手は「怖さはなかった。怖さはないけど、でも実際のピッチャーの球を見たら、ちょっと残像みたいなのはあった」と述懐する。
「でもこれは慣れだって、みんな言ってたんで。できるだけ早く克服したい」。一日も早く残像を払拭したいと願う。
目も慣れていないこともあって、結果は空振り三振だった。
六回からはマスクをかぶった。コルデロ投手、勝又温史投手に続いて寺田光輝投手ともバッテリーを組んだ。
最初のイニングで、四球で出したランナーに盗塁を許した。送球が高めに抜けたのだ。
「久々でちょっと守備もバッティングも緊張した。僕も力んでたというか、緊張してて、緊張がほぐれて力みに変わって…」。19日ぶりの実戦だ。無理もない。
しかしその後はいつもどおりにできたという。「キャッチャーとしては違和感がまったくなかった」と3回を無失点リードした。
■同期・寺田光輝投手への思い
山本選手にとって、八回に組んだ寺田投手にはひとかたならぬ思いがある。この日の寺田投手は1つ四球を出したものの、圧倒的なピッチングでBCリーガーを抑え込んだ。
今季の寺田投手はキャンプから非常に状態がよかったが、イースタン開幕直前に右肩のコンディション不良で出遅れてしまった。
3月24日(対千葉ロッテマリーンズ)の初戦は1回3失点。続く30日(対北海道日本ハムファイターズ)は味方の失策なども重なり、2/3回をなんと6失点(自責は2)と大きく崩れた。
実はそのことで、山本選手は密かに心を痛めていた。
「てらさん(寺田投手)とは去年はけっこう組ましてもらうことが多かったけど、今年は組めてなくて。その組めない間にてらさんが打たれたりしてたんで、僕の中でちょっと不甲斐ない気持ちがあって…」。
自分ならこうしたのに…、自分が組んでいたら違う結果になっていたかもしれない、自分がやればもっとできたんじゃないか…。そんなやるせない気持ちでいっぱいになっていた。もどかしく、歯がゆい思いで悶々とした。
組んだほかの捕手が悪いと言っているわけでは決してない。ただ、山本選手の中には「僕はてらさんのことはわかってるつもり」という自負があるのだ。
それは「同期やし、BCも一緒やし、肩入れするところはやっぱある、ほかのピッチャーと違って。それはあります、絶対に!」という、どこか身内に対するような強い思い入れだ。
ようやく組めたのは寺田投手の5試合目、5月16日の対読売ジャイアンツ戦だった。この試合は1回を1失点で終えた。
「そこからは0点、0点できている。てらさんも、すごくもがいていたし、苦しんでるっていうのはわかってたんで、できるだけ支えになりたい」。
そしてこうも続ける。「てらさんのことは僕にはわかってるというか、僕はわかっときたい、誰よりも」。
ふたりの間だけの特別な絆を、山本選手はたいせつに思っているのだ。
この日の寺田投手のピッチングを振り返り、「てらさんのすごいところは、どんな相手でも謙虚というか、いくら自分がプロになったからって相手を見下すことなく、BCリーグ相手でも真っ向勝負する。真っ向勝負って、まっすぐだけっていう意味じゃなくて、しっかり気持ちをぶつけてやるっていう。そこは僕も見習うべきところ」と、寺田投手の姿勢をリスペクトしていることを明かした。
「てらさんはどうかわからないけど、僕から見たらすごくいい段階を踏んでると思う。今日は自分のやりたいようにできていたと思った」。
寺田投手の好投が自分のことのように嬉しかったと、その屈託ない笑顔に書かれていた。
■拓見さんと勝負したかった
無事に復帰戦を終えたあと、山本選手はひとつだけ残念なことがあったとこぼした。
「拓見さんと勝負したかったぁ(笑)」。
かつてのチームメイトであり、BCリーグ在籍時はいつも一緒にいた保田拓見投手のことだ。現在は信濃グランセローズのクローザーである保田投手はこの日、選抜メンバーとして八回に登板した。
「あの人、僕がネクストにいたからフォアボール出すかなと思ったけど(笑)」。ちゃめっ気たっぷりに言う。
しかし“期待”を裏切り、山本選手を迎えることなく保田投手は仕事を終えた。
「勝負したかったなぁ…」。
そう繰り返し、ニコニコと嬉しそうにひさしぶりの再会の余韻に浸っていた山本選手。旧友からもらった活力によって、さらにまた飛躍することを決意したのであった。
■やり返す!
ようやく復帰第一歩を踏み出せた。ここからまた1軍昇格を目指して戦っていく。
「またチャンスもらえたら、そこでしっかりと『できるんやぞ』っていうのを見せていきたい」と力こぶをつくる。
山本選手にはなにより、1軍でやらねばならないことがある。「次、やり返したい」―。そう語る瞳に鋭い光が宿る。
2年目にしてはじめて1軍でのスタメンマスクの機会を得たのは5月6日のジャイアンツ戦だった。しかし思うようなプレーが見せられず、非常に悔しい思いをした。
「今ちょっと出遅れて、また一からの状態になってるんで。しっかりまた1軍の場所でプレーできるように」と、ここからの巻き返しを誓う。
「来年やとか未来を見据えてとかじゃダメ。今年は今年でしっかりやらないと来年はない。やっぱ毎年の積み重ねが信頼になる。その結果が長くできることにつながってくる」。若いからと、悠長に構える気はさらさらない。
そして、これ以上、休んでいるヒマはないんだと息巻く。「できるだけ早くファームで復活してアピールして、上にいつでも呼ばれるようにっていう状況を作って、それで上で活躍するっていう、そこまでいけるまでしっかりやらないといけないなと思う」。
■やりがいのあるポジションでレギュラーを掴む
あらためてキャッチャーの重要性を痛感している。「こっちもいいピッチャー、むこうもいいバッター。考えないと抑えられない相手ばっかりなんで、やっぱりキャッチャーがしっかりしとかないとなって思う」。
大事にしているのは「根拠ある配球」だ。リードに正解はない。しかし「ミーティングとかで『このときの球はどういう意図で投げていた?』って訊かれたときに、僕は答えられているつもり。1球1球考えてやれていると思う」と、根拠だけは自身の中にしっかり持って臨んでいると胸を張る。
ただもちろん、さらにもう何段階もレベルアップしなければならないことも認識している。
「扇の要」という重要なポジションに「やりがいがある!」という若き司令塔は、今後も全身全霊を懸けて戦っていく。
*追記*
その後、6月14日に途中出場でマスクをかぶって1打席立ち、公式戦にも復帰。
同16、18日にはスタメンマスクでフル出場と順調な回復を見せている。
同18日には復帰後初安打も放った。
(表記のない写真の撮影は筆者)
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