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平成の働き方の変化(職場の問題編)〜◯◯ハラスメントはなぜ増えたか〜

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
(写真:アフロ)

平成の働き方の変化について、労働時間編働く場所編に続き、今回は雇用関係や職場で起きている問題についてキーワードで振り返っていきます。

■増加する「◯◯ハラスメント」

平成の時代には「〇〇ハラスメント」という言葉がいくつも生まれました。

・セクシャル・ハラスメント

性的嫌がらせを指す「セクシャル・ハラスメント」(セクハラ)という言葉が日本で使われ始めたのは1980年代のこと。平成元年(1989)に日本で初めて職場でのセクハラを問う裁判が起こされ、世間に知られるようになりました。同年の新語・流行語大賞を受賞しています。

この裁判は被害者側の女性が全面勝訴し、人々が「セクハラはいけないこと」という認識を持つきっかけになりました。そして平成9年(1997)の男女雇用機会均等法改正時、事業主によるセクシャル・ハラスメント防止措置の義務が盛り込まれることになったのです。

しかし今でもセクハラ被害がなくなっていないのは、平成29年(2017)後半から翌年にかけて#me too運動が盛り上がったことからも明らかでしょう。

・パワー・ハラスメント

「パワー・ハラスメント」(パワハラ)は、平成13年(2001)にコンサルティング会社のクレオ・シー・キューブが提唱した言葉です。セクハラの相談窓口や研修を行っている中で、セクハラの範疇では捉え切れない相談や意見が男性社員からも多く投げかけられたことから、この言葉を考案したとのことです。(参考:岡田 康子「パワー・ハラスメントとは」(その1)

政府は平成23年(2011)から翌年にかけて「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」を開催。それ以降、職場でのパワハラの実態調査や予防・解決に向けた情報提供などを行っています。(参考:職場のパワーハラスメントについて(厚生労働省)

・マタニティ・ハラスメント/パタニティ・ハラスメント

妊娠・出産を理由とした解雇や降格、嫌がらせなどを指す「マタニティ・ハラスメント」(マタハラ)は、10年ほど前から顕在化してきました。

連合が平成25年(2013)年に働く女性626名を対象に行った「マタニティハラスメントに関する意識調査」では、妊娠経験者の4人に1人が「妊娠したら解雇された」「会社に育児休暇の規定はないと言われた」「妊娠中に残業や重労働をさせられた」などの被害にあったことがあると回答しています。

この時点ではまだ79.5%が「マタニティハラスメントという言葉も意味も知らない」と答えています。しかし翌年、「妊娠後に降格されたのは男女雇用機会均等法に反する」という最高裁の判決が出て注目を集め、その年の新語・流行語大賞トップテンに「マタハラ」が入りました。

平成27年(2015)にはマタハラに悩む女性の支援活動に取り組む小酒部さやかさんが、アメリカ国務省による「世界の勇気ある女性賞」に選ばれ、表彰されました。小酒部さんはマタハラ問題を解決する法改正を求めて厚労省に意見書を提出するなどし、平成29年からは企業にマタハラ・パタハラの防止措置をとる義務が課せられました。

パタハラは「パタニティ・ハラスメント」のことで、男性が育児休業を取ろうとしたり育児のために残業を断ったりしようとすると受ける嫌がらせや不利益な扱いを指します。

・時短ハラスメント

働き方改革ブームのなか、平成29年(2017)には「時短ハラスメント」(ジタハラ)という言葉も生まれました。

「残業削減だ」「定時に帰れ」と言いながら、ノルマや仕事内容は以前のまま、目標達成を迫るというのが典型です。

長時間労働を是正するには、仕事の内容やプロセスを見直す、人手を増やす、必要なITツールを導入する、といった対策が必要です。それをせず、ただ時短しろと命じることは、サービス残業の増加や現場の疲弊を招き、本来の目的からかえって遠ざかることになるでしょう。

・ハラスメントは昭和の時代からあった?

「◯◯ハラスメント」という言葉はなかったものの、そういう行為は昔からあったのでは? という意見があります。

確かに、職場の女性を男性社員の「お嫁さん候補」として扱うとか、上司が部下に灰皿を投げつけるとか、今だったら許されないようなことが、昭和の時代には普通のこととして済まされていたという事実はあるでしょう。

昔はOKだったことがNGになるのは、社会が成熟して人権意識が高まった結果とも言えます。これは日本に限らず世界的な兆候で、国際労働機関(ILO)は職場でのハラスメントを防止するための条約を今年の年次総会で制定すべく動きだしています。

社会が成熟しているのなら、ハラスメントは減少しても良いはずですが、実態はどうでしょう。

厚生労働省の調査で「仕事や職業生活で強い不安、悩み、ストレスがある」と答えた労働者の割合と、その内容が「職場の人間関係の問題」であった人の割合を見ると、過去から大きな変化はないようです。

厚生労働省「労働者健康状況調査」のデータを元に筆者が作成
厚生労働省「労働者健康状況調査」のデータを元に筆者が作成

ただ、下のグラフの通り、都道府県労働局に寄せられる労働紛争(労働者と事業主との間のトラブル)の相談のうち、「いじめ・嫌がらせ」に関するものが右肩上がりに増えています。

出典:「我が国における過労死等の概要及び政府が 過労死等の防止のために講じた施策の状況」平成28年度 厚生労働省
出典:「我が国における過労死等の概要及び政府が 過労死等の防止のために講じた施策の状況」平成28年度 厚生労働省

これは、セクハラやパワハラが悪いことだと世間に認知され、「我慢しなくていいんだ」と考える被害者が増えたこともあるでしょうし、いじめや嫌がらせの内容が昔に比べてひどくなっているという可能性も考えられます。

ハラスメントの問題が増加しているのには様々な要因が考えられますが、ここでは以下の3点を取り上げます。

(1)働く女性の増加

(2)経営環境の変化

(3)雇用関係と職場の人間関係の変化

(1)働く女性の増加

日本の女性は、昭和の時代であれば結婚、平成に入ってからは出産をきっかけに仕事を辞める割合が高く、年齢層別の女性労働力率をグラフにすると出産・子育て期に当たる年代が大きくへこむM字型を描くのが特徴でした。

それが最近では働き続ける人が増え、M字というよりは台形に近い形に変わってきています。

出典:「男女共同参画白書 平成29年版」内閣府男女共同参画局
出典:「男女共同参画白書 平成29年版」内閣府男女共同参画局

昭和60年(1985)に男女雇用機会均等法が制定され、平成の初期の頃はまだ結婚を機に「寿退社」する女性が多かったものの、徐々に長く勤める女性が増えてきます。

かつては若いうちの数年しかいないものとして扱っていた女性が、男性と肩を並べて働く存在になった――その変化についていけない人がセクハラ問題を起こしていた、という面もあるでしょう。

マタハラも、平成3年(1991)に育児休業法が制定され、その後も制度が充実していくなか、妊娠中や子育て中の女性社員をどう扱ったら良いのか分からない職場で発生している問題だと考えられます。

※女性の働き方の変化については、また回を改めて詳述予定です。

(2)経営環境の変化

職場のハラスメントが増えたもう一つの要因に、長期の不況と厳しい経営環境があります。

バブル崩壊後の平成5年(1993)、「リストラ」という言葉が流行します。今はリストラというと大量解雇がイメージされますが、最初は英語のrestructuringの意味である「構造改革」を指して使われていました。

不況で余裕がない。株式の持ち合いが解消されて外国人投資家の存在感が高まった。

--そういった背景が、人員にしろ事業や設備にしろ、ムダを削ぎ落として短期的な業績を追い求める風潮につながりました。

カルロス・ゴーン氏が日産の最高執行責任者(COO)に就任したのが平成11年(1999)。彼は「日産リバイバルプラン」で翌年度の連結黒字化など3つの達成目標を掲げ、1つでも未達成なら経営陣全員が辞任することを宣言しました。

この頃から、多くの企業で成果主義が導入されます。経営者も中間管理職もその下で働く社員も、数値的な目標を掲げて達成することが求められるようになったのです。

こういった変化が精神的な余裕のなさを呼び、深刻なパワハラが発生する要因のひとつになったのだと考えられます。

(3)雇用関係と職場の人間関係の変化

リストラが始まった平成5年(1993)には、新卒者の内定取り消しもニュースになりました。就職氷河期の始まりです。

企業は正社員の採用を抑制し、必要な労働力は非正規社員で賄うようになります。例えば、 JALとANAは、平成7年(1995)から客室乗務員を正社員ではなく契約社員として採用するようになりました(当時は「契約スチュワーデス」と呼ばれました)。

これについて当時の運輸大臣であった亀井静香氏は「正社員とアルバイトが同乗すると、緊急時の一体感に欠け、安全上問題がある」と撤回を求めました。その結果、契約社員になって3年経過後は本人の希望や実績などを踏まえて正社員へ切り替えるということになりました。

亀井氏の指摘は、航空業界に限らず、その後の様々な企業の状況を予言していたのではないでしょうか。正社員、契約社員、派遣社員、アルバイト・パートなどが混在し、似たような仕事をしていても待遇に格差があるという状況は、職場の人間関係を難しいものにします。

2000年代には一時的に景気が回復しますが、それゆえに生まれたのが「名ばかり管理職」「ブラック企業」の問題だと言われています。企業は社員に過酷な労働を強いることで、労働力不足を補うようになったのです。

先に、ハラスメントは昭和の時代にもあったのではないかということを考察しましたが、社員を短期間で使い潰してしまうような状況は、やはり平成に入って増えているのではないかと思います。

■人間中心の働き方を模索する時代へ

以上、平成に入って顕在化してきた様々なハラスメントの問題と、それらが生まれた経緯を振り返りました。

この30年を通し、私たちは「ハラスメントはいけない」と認識するようにはなりましたが、その予防や解決がうまくできるようになったかというと、まだまだだと感じます。

法規制やルールが必要な面もありますが、それぞれの職場で互いを尊重しあう関係ができない限り、根本的なところは変わらないでしょう。

ちょうど今年、設立100周年を迎えるILOは、次の100年に向けて「人間中心のアジェンダ」を提唱しています。単に経済成長や利益の拡大を追い求めるのではなく、誰もが人間らしく生きていける働き方をどう実現していくか。これはポスト平成時代の重要なテーマです。

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フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』を運営。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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