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日本独自の「転勤」制度のゆくえ

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
(ペイレスイメージズ/アフロ)

いわゆる有名大の高学歴女子学生が、一般職での就職を希望する例が増えているという(参照:高学歴女子はなぜ今、あえて一般職を目指すのか)。この記事に登場する女子学生たちは、「結婚して子どもができてもずっと働き続けたい」と、働くことに前向きな気持ちを持っている。ただ、転勤や長時間労働を余儀なくされる総合職では、それが難しいと考えているのだ。

今の時代、大企業であっても彼女らが定年を迎えるまで存続する保障はない。「女性活躍推進」の流れの中で、一般職を廃止する企業も増えるだろう。そして現状では、夫の転勤についていくために妻が退職するケースも多い。だから、「一般職で就職すれば、ずっとその企業で働き続けられる」と考えているとすると、見通しが甘い。

長時間労働は是正の方向。転勤は?

「一般職なら一生安泰」とは言えないが、まずは一般職で社会人経験を身につけるという選択肢はあっても良いと思う。高学歴であろうとなかろうと、また男女どちらであっても、働き方を選ぶ際に何を重視するかは個人の自由だ。

ただ、本来は総合職であってもワークライフバランスが保て、育児や介護などの制約があっても働き続けることができるのが望ましい。

女子学生が総合職を避ける理由のひとつ、長時間労働については、時間外労働の上限が法制化されること、電通の過労自殺問題などで企業の課題意識も高まっていることなどから、徐々に是正されていくだろう。

転勤についてはどうだろうか? 実はこちらも、今後変わっていく兆しがある。厚生労働省は今年1〜3月に有識者による研究会を開き、企業の転勤制度やその実態の調査結果などを踏まえて今後の転勤制度のあり方について検討し、「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」という資料をまとめた。

高度成長期に定着した転勤制度

なぜ今、転勤制度を見直す動きが出てきているのか。それは、「転勤」という制度が今の時代に合わなくなっているからだ。

高度成長期の日本で、転勤制度は企業の成長と終身雇用を支えるものだった。終身雇用制度の下では、一度雇った従業員は容易に解雇できない。だから一時的に労働力が必要になっても、すぐに人を増やすのではなく、今いる人の異動や長時間労働で乗り切ろうとする。新しい地域に支社や支店を出すときも、まずは今いる人間をそこに送り込むという形で拡大してきたのだ。

そうやって事業エリアを拡大した企業は、人材育成のためにも転勤を使うようになった。数年毎に様々な職種を経験させるジョブ・ローテーションや、ひとつ上のポストを経験させるために転勤を伴う異動や昇進をさせてきたのである。高度成長期の会社員にとって、転勤を受け入れることは終身雇用という安定を強固にするものであり、出世のチャンスという側面も強かったのだ。

厚生労働省第1回「転勤に関する雇用管理のポイント(仮称)」策定に向けた研究会「資料7『企業における転勤の実態に関する調査』調査結果の概要」より
厚生労働省第1回「転勤に関する雇用管理のポイント(仮称)」策定に向けた研究会「資料7『企業における転勤の実態に関する調査』調査結果の概要」より

だが、かつてほど、企業の成長が見込めない今はどうだろう。共働き世帯が増え、転勤となるとパートナーのキャリアや子育てへの影響も大きい。親の介護を担う人も多く、転勤したくない人が増えるのは当然だろう。

会社命令で転勤が決まる日本の特殊性

会社から転勤を命じられたら、従業員は原則として拒否できないという制度は、日本に特有なものだ。法律でそのように定められているわけではないのだが、厚生労働省が公開し、企業が参考にしている「モデル就業規則」には次のような規定がある(太字は筆者による)。

(人事異動)

第8条 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある

2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある

3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない

最初から転勤がないという条件で採用している場合や、転勤することで従業員の側に相当な不利益がある場合を除けば、会社側の転勤命令が有効だとする判例が積み重ねられてきたことも、「転勤は拒否できない」という既成事実を作ってきた。

裁判で「相当な不利益」(転勤命令に従わなくて良い)と認められたのはどんなケースかというと、転居により重い病気にかかっている子どもの治療を続けることが非常に大変になる場合や、親の介護をする人がいなくなってしまう場合などだ。

逆に、共働きの妻や子どもたちを残して単身赴任せざるを得ないとか、今の保育園に子どもを通わせ続けられないといったことは、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益とは言えない」とされ、転勤を拒否する理由として認められてこなかった。「子どもの保育園(幼稚園/学校)? 転勤先で探せばいいでしょ」とか、「家族を連れて行くのが無理なら、単身赴任すればいいでしょ」というのが、これまでの常識だったのだ。

裁判にならないようなレベルでは、「家やマンションを購入した途端、転勤になった」とか、「2週間前に内示が出て、子どもの転校の手続きや準備が大変」とか、「夫が転勤族だと妻はキャリアを諦めざるを得ない」とか、そういったボヤキや不満をしょっちゅう耳にする。

転勤前の打診時期は、国内転勤の場合、「2週間超~1ヵ月前」が34.9%でもっとも多い。(厚生労働省第1回「転勤に関する雇用管理のポイント(仮称)」策定に向けた研究会「資料7『企業における転勤の実態に関する調査』調査結果の概要」より)
転勤前の打診時期は、国内転勤の場合、「2週間超~1ヵ月前」が34.9%でもっとも多い。(厚生労働省第1回「転勤に関する雇用管理のポイント(仮称)」策定に向けた研究会「資料7『企業における転勤の実態に関する調査』調査結果の概要」より)

地域限定正社員の問題点

1ヶ月の猶予もなく知らない土地への転居を命じられ、それに従うために家族も仕事を辞めたり転校したり、あるいは別居を余儀なくされるという状況は、海外の人からはかなり理不尽に見えるだろう。

日本においても、冒頭の女子学生のように転勤を避けようとする動きや、家庭の事情で転勤を受け入れられない人が増えている。そこで、一部の企業では「転勤なし」の条件で雇用する「地域限定正社員」制度の導入が始まっている。一般職を廃止し、限定正社員に転換させる企業もある。

これらの制度には、転勤に応じられないために辞めざるを得なかった人材の維持や、非正規雇用だった人たちの待遇を改善できるというメリットがある一方で、課題もある。

通常の正社員と比べて、昇進・昇格のチャンスが少ないケースが多い、会社が勤務地のエリアから撤退したら解雇されるリスクがあるといったことに加え、難しいのは給与差や公平性をどう設計するかという点だ。

地域限定正社員制度を採用している企業のほとんどは、給与に差を付けている。地域を限定しない正社員は、常に転勤があり得るという「リスク」を引き受けているから、給与に「転勤プレミアム(割増金)」があって当然、という考え方だ(実際には、従来の正社員の賃金を100とし、地域限定正社員は90など、割り引く形で給与が決まっているケースが多い)。

しかし、「転勤あり」の正社員の中にも転勤する社員としない社員がいるとき、どちらも転勤プレミアムを得ているという状況は、不公平感を生み出しかねない。企業によっては、ジョブ・ローテーションのパターンなどから転勤の時期が予測できる場合もあるから、転勤できない事情があっても「当分、転勤はない」とタカをくくり、限定正社員に転換せずに高い給与をもらい続けるということもあり得る。全国にレストランチェーンを展開する大手企業では、年に1度意思確認をし、通常の正社員から地域限定正社員に転換もできるようにしているが、転勤を打診されて初めて「実は事情があって転勤できない」と限定正社員に転換を希望する社員もいるという。その場合は、ペナルティとして一定期間給与を減額するそうだ。

全国転勤型の正社員(総合職)のうち、実際の転勤経験者は男性で「1割程度」が21.0%でもっとも割合が高く、女性の場合、「転勤経験者はほとんどいない」が51.7%でもっとも割合が高い。(厚生労働省第1回「転勤に関する雇用管理のポイント(仮称)」策定に向けた研究会「資料7『企業における転勤の実態に関する調査』調査結果の概要」より)
全国転勤型の正社員(総合職)のうち、実際の転勤経験者は男性で「1割程度」が21.0%でもっとも割合が高く、女性の場合、「転勤経験者はほとんどいない」が51.7%でもっとも割合が高い。(厚生労働省第1回「転勤に関する雇用管理のポイント(仮称)」策定に向けた研究会「資料7『企業における転勤の実態に関する調査』調査結果の概要」より)

また、これは限定正社員制度がなくても起こりうるが、「転勤可」という契約であるにも関わらず転勤がない人がいるのは不公平という考えから、みんなに転勤の機会を作り出す、という企業もある。だが、転勤というのは企業にとっても個人にとってもコストとパワーがかかるものだ。公平性を保つために必要でない転勤をさせているとしたら、非常にムダではないだろうか。

不必要な転勤を見直し、個人の意向を配慮する方向へ

前述の厚労省の研究会で、委員の法政大学の武石惠美子教授は「勤務地限定を、1つの解決策にはしたくないという気持ちがあります。つまり、転勤をしたくない人がいるのだから、この区分を作ればそれで終わりでしょうということではなくて、(中略)勤務地を限定しない人に対しても、やはりいろいろなことを考えなくてはならない時期に来ている」と発言している。

この研究会が3月にまとめた「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」では、自社ではどのような目的で転勤が行われているのか、現状を把握し、それが本当に必要不可欠なものなのかを再考した上で、今後の転勤に対する方針を決めることを勧めている。

例えば、人材育成の目的で転勤をさせている場合、それは本当に効果を上げているのか? 転勤を伴わない異動や、短期の現地派遣などで代替できないのかなどを検証し、もし慣習的に必要のない転勤が行われているのであれば、それを見直そう、ということだ。

また、必要不可欠な転勤であっても、対象者の状況や意思を確認すること、転勤の時期や期間の見通しを立てやすくするなど、社員の生活設計を支援する工夫を求めている。

すでに一部の企業では、地域限定正社員に限らず通常の正社員に対しても、転勤を一方的に命令するのではなく、本人に打診し、合意が得られたら辞令を出すという形に変わってきている。

例えばギャップジャパンでは、かつては人材育成目的で積極的に転勤させる方針をとっていたこともあったが、その効果に疑問の声が上がるようになり、極力転勤を少なくする方向に舵を切った。その結果、転勤にかかるコストが半減し、他の施策に投資ができるようになったという。

欧米式の公募による異動制度の可能性

6月に行われた「第92回労働政策フォーラム 今後の企業の転勤のあり方について」(主催:労働政策研究・研修機構(JILPT))では、ギャップジャパンの人事部シニアディレクター志水静香氏が、同社の人材管理のあり方を詳しく紹介した。

外資系企業である同社の場合、異動のシステム自体が一般的な日本企業とは異なる。新規出店などで店長ポストに誰かを割り当てる必要が生じた場合は、会社側が戦略的に候補者を選出する。そして本人の意思を確認し、合意が得られれば転勤も伴う異動が行われる。それ以外の場合は、基本的に空いたポストに対して社員の側が異動の希望を出す公募制を取っている。どちらにしても、本人の意思があって初めて異動や転勤が実現するのである。

また、転勤してもらう人に対しては、必ず転勤の期間とミッションを明示するという。店長の場合は、その期間の間に後継者を発掘し、育てるということもミッションのひとつとなり、それによって現地の人材のレベルアップも実現するのだという。

会社の都合でいつどこに行かされるのかわからないという根無し草のような状態ではなく、期間を区切ったミッションを持って赴任するという形式は、本人のモチベーションを高める効果も大きそうだ。また、例えば2年で戻ってくることが分かっていれば、家族は付いていくのか、家を購入するのかどうかといったことも考えやすくなるだろう。

異動を公募で行うということは、キャリアアップの道筋、勤務地などを社員が主体的に選ぶということになる。会社主導で人事異動を行ってきた日本企業が急に切り替えるのは大変だろうが、社員のモチベーションや自律性を引き出すという点で、考慮に値するやり方ではないだろうか。

以上、転勤を見直すべき背景や、企業の動きを紹介してきた。企業によって、どこまで抜本的に見直すか、どの程度のスピードで変えていくかは異なれど、高度成長期時代のようにバンバン転勤命令を出し、人を動かすというやり方は、今後は少なくなっていくだろう。転勤したくない女子学生も総合職を目指せるような時代になれば良いと思う。

【参考資料】

「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」(厚生労働省雇用均等・児童家庭局)

「企業における転勤の実態に関する調査」調査結果の概要(労働政策研究・研修機構(JILPT))

「転勤のゆくえ」(Works No.134)(リクルートワークス研究所 2016年2月)

フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』を運営。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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