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一足先に「同一労働同一賃金」を実現。背景にはビジネス環境の変化

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
株式会社クレディセゾン戦略人事部長 松本氏、人事課長 外丸氏(筆者撮影)

「同一労働同一賃金」関連法改正で、多くの企業が制度の見直しを迫られる

衆院解散の影響で国会での審議は先送りになったが、「働き方改革」関連法案で残業時間の上限規制と並ぶ重点テーマが、「同一労働同一賃金」である。

「同一労働同一賃金」の目的は何か。3月にまとめられた「働き方改革実行計画」では、非正規雇用労働者(有期雇用、パートタイム、派遣労働者)が全雇用者の4割を占めるという現状と、少子高齢化が進む中では多様な働き方の選択肢を用意して労働力を確保していくことが必要だという認識のもと、非正規雇用労働者の待遇改善の必要性を謳っている。

政府が昨年12月に提示した「同一労働同一賃金のガイドライン案」では、給料だけでなく福利厚生や教育訓練の機会なども含む待遇差について、「問題になる例/ならない例」を挙げた。改正法が施行されると、企業は従業員の賃金や待遇の決定基準を明確にし、正規社員・非正規社員の間で差がある場合は、その理由について合理的な説明ができることが求められるようになる。そのため、今の制度の見直しを迫られる企業も多いだろう。

有期雇用者を無期転換し、全社員共通人事制度に移行したクレディセゾン

法改正に先駆けて「同一労働同一賃金」を含む大きな制度変更を実施したのがクレディセゾンだ。9月16日より、地域や職務が限定された専門職社員や嘱託社員など、複数あった社員区分を撤廃し、雇用形態や処遇を統一する「全社員共通人事制度」を導入した。

株式会社クレディセゾン 8月14日のプレスリリースより
株式会社クレディセゾン 8月14日のプレスリリースより

従来の4つの社員区分

・総合職社員

いわゆる「正社員」。

・嘱託社員

スペシャリストとして高度なスキルを持った人材、または定年再雇用制度の対象者。職務内容は限定されており、有期雇用。月給制で、賞与と退職金(確定拠出年金)は無し。

・専門職社員

勤務地限定で、全国の拠点に勤務する営業を中心とした各種特定職務の専門職。無期雇用。月給制、賞与ありで、退職金(確定拠出年金)は無し。

・メイト社員

本社や営業拠点における事務職、営業サポート職、またはコールセンターにおける電話応対職で、勤務地限定、有期雇用。時給制で一部を除いては賞与無し。退職金(確定拠出年金)も無し。

9月16日から、上記の区分は撤廃された。変化のポイントは以下の3つだ。

1.雇用期間と給与や福利厚生制度の統一

新制度では、基本的に全員が無期雇用。給与は月給制で賞与の支給対象となる。福利厚生制度も同一のものが適用されるため、退職金(確定拠出年金)も全員が対象となる。

なお、雇用期間について「基本的に全員」と書いたのは、定年再雇用の対象者のみ有期雇用契約が残るためだ。その場合でも給与制度と、次に説明する評価システムは他の社員と同一になる。定年再雇用者だからといって一律に給料水準が下がるということはなく、役割と評価に応じた給与が支払われるという。

2.評価システムの統一、職務内容を無限定に

期待される役割に応じて処遇を決定する「役割等級」制度を導入し、全員同じ評価基準を適用する。

これにより、これまで専門職社員やメイト社員は昇格の上限があったが、今後は誰でも本人の意欲と成果によって担う役割を大きくすることで管理職に登用される可能性がある。

職務内容の限定もなくなるので、これまでとは全く別の職種に就くという可能性もある。勤務地限定で働いていた社員をいきなり全国転勤の対象とすることはないそうだが、本人の能力や希望、期待される役割次第では、地方の「セゾンカウンター」での勤務からスタッフワークを中心とした東京の本社に異動ということも、将来的にはあるかもしれない。

3.勤務時間や場所の制度を統一

これまで、社員区分によって異なった勤務時間を1日7時間半、休日を年間120日に統一するとともに、年間の所定労働時間を30時間短縮。

また、以下のように勤務時間や日数の柔軟性を高める制度を導入した。これにより、短時間や短日で働いていたメイト社員などが、従来と同様の働き方を続けられることになる。

・時間単位有休(有給休暇が1時間単位で取れる)

・短時間勤務(育児、介護の理由の他、会社に申請して認められた場合、30分〜2時間の時間短縮が可能)

・短日勤務(育児、介護の理由の他、会社に申請して認められた場合、所定年間休日120日を超えて休日取得が可能)

・フレックスタイム(部門ごとの特性に応じて実施)

持続的成長企業であるための人材戦略として

クレディセゾンがこのような制度改革に踏み切ったのは、「同一労働同一賃金」に向けた法改正を見据えて――、ということではない。昨年発表した中期経営計画に掲げた、2018年度に連結経常利益 600 億円の達成とビジネスモデルの変革を実現し、今後の持続的成長を実現するための施策のひとつだという。

戦略人事部長の松本憲太郎氏はこれを、「持てる人材のパワーを最大限にするための戦略」だと語る。

戦略人事部長 松本憲太郎氏(筆者撮影)
戦略人事部長 松本憲太郎氏(筆者撮影)

従業員の力をこれまで以上に引き出すためにはどうすればよいか、アイデアとしては色々なものがあった。検討を始めた当初は、総合職社員の評価システムについて、それまでの職能等級制度と会社の目指す方向がなじまないため、職務に応じた評価と処遇に切り替えることを考えたという。しかし従来の総合職社員は、同社の人員の4割程度にすぎない。

「実際には、その他の6割の方の貢献による成果も大きいことを考えると、その方々も含めた制度の見直しが必要だと考え、もう一段踏み込んだ形になりました」(松本氏)

評価制度の変更でチャレンジを促す。新たな行動指針も策定

新制度に移行することで、会社の人件費は増加することになる。移行段階では、従来の正社員に対してはこれまでの給与水準を保つような経過措置が取られ、それ以外の社員に対しては賞与や退職金の支給が追加されるからだ。それは、人に対する投資として予算化しているという。

「投資」というからには期待するリターンがあるわけで、同社のプレスリリースでは「社員一人ひとりがベンチャースピリットを持って、新たな価値提供へ積極果敢に挑戦する企業文化を創ること」という目的が語られている。

しかし、これまでコールセンターや事務、あるいは営業職として限定された仕事をしていた人たちが、正社員同様の扱いになったからといって「ベンチャースピリット」の持ち主になるものだろうか? そのような疑問をぶつけると、松本氏は「雇用形態による職務や昇格の壁をなくしたこと」と「成果だけでなく行動を評価する」ということを、大きなポイントとして挙げた。

「役割等級制度を導入したことで、一歩踏み出して今まで以上のことをやってみようという方には、それなりの処遇ができるようになりました。そのような挑戦を奨励するために、成果だけでなく、行動を評価することにしたのです」(松本氏)

今回の人事制度導入にあたり、「セゾンスタイル」という行動基準も新たに策定された。

セゾンスタイル

・チャレンジする

・常識を疑う

・やりきる

・チーム力を高める

・自分を高める

これは、経営陣や社長へのインタビュー、事業部のトップや課長級のメンバーを集めたプロジェクトでのワークショップで出てきた様々な言葉を整理し、その根底にあったものを5つにまとめたものだという。

「ベンチャースピリットというと、何か大きなことをしなければいけないような印象を与えるかもしれませんが、そこまでハードルの高いことを求めているわけではありません。今までのやり方をちょっと変えてみよう、という気持ちを持ってもらえれば良いと思っています」(松本氏)

AIやフィンテックの時代に会社と個人が持つべきマインド

今回の制度変更に対し、従来の正社員から目立った異論は出なかったが、メイト社員の反応は二極化したという。新しい基準で評価される自信のある人にとってはチャンスと捉えられるが、決まった役割をきちんと全うしていれば良いと考えていた人にとっては、「そこから一歩踏み出せ」というメッセージに応えられるか、不安もあるのだろう。

現場の社員たちと接する機会も多い戦略人事部 人事課長の外丸久美氏は、「チャレンジすることなど、セゾンスタイルに掲げた観点を評価の基準に加えた。これまでと同じことをするにしても質や取り組み方を変えることで生産性が向上し、成長につながる動きを期待している」と語る。

戦略人事部 人事課長の外丸久美氏(筆者撮影)
戦略人事部 人事課長の外丸久美氏(筆者撮影)

クレジットカードのビジネスにおいて、同業他社と比べても先進的な取り組みをしてきたと自負する同社だが、中期経営計画で「新たなビジネスモデルへの挑戦」を掲げる背景には、技術革新による業界構造の変化がある。特に金融分野の先進的なサービスはFinTechと呼ばれ、異業種からの参入も増えてきている。同社はFinTechに取り組むベンチャー企業との提携なども積極的に進めており、そういった企業のチャレンジ精神やダイバーシティに富んだ文化にも刺激を受けているようだ。

「会社の歴史や年齢構成なども全く違うので、我々が彼らと同じようになろうというわけではありません。ただ、そういう企業とも戦ったり協業したりするためには、考え方を変えなければいけないと感じています」(松本氏)

環境の変化により戦い方を変えなければいけないのは、個人も同様だ。例えば同社では、コールセンターの電話対応にAIを導入しつつある。

「クレジットカードは提携先が200社ほどあり、マニュアルは数千ページにわたります。内容も複雑なので、経験のあるオペレーターの方が幅広く問い合わせに回答できるなど、スキルの平準化が難しいところがありました。今、問い合わせの内容をAIで分析し、該当するマニュアルの検索結果を自動的に出すなど、その部分の業務をサポートするシステムの導入に向けて取り組んでいるところです」(松本氏)

マニュアルを見なくても回答できる、あるいはマニュアルを素早く検索できる、といったことが電話オペレーターの差別化要因ではなくなっていく。目指すスキルアップの方向性が、これまでとは変わってくるということだ。松本氏は、「業務の仕組み自体の設計など、より高度な仕事ができる人たちに変わっていってほしい」と語った。

実は同社では、同じ仕事をしていれば同じ給与を、という意味での「同一労働同一賃金」には、2000年台の初めから取り組んでいたという。今回の制度変更は「公平性」というところから一歩進んで、各社員のより一層の活躍への期待を明確にし、そのための阻害要因を取り除くというものだと考えられる。これが会社の成長につながるか、今後も注目したい。

フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』を運営。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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