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平成の働き方の変化(働く場所編)〜30年前から行われていたテレワーク実験、それでもなくならない通勤〜

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
(写真:アフロ)

平成の働き方の変化(労働時間編)に続き、今回は働く場所に注目し、この30年の間の働き方の変化をキーワードで振り返ってみます。

■サテライトオフィス

・昭和の時代に始まっていた実験

今でこそ、ノートPCがあればどこででも可能な仕事が増えましたが、平成が始まった1989年はまだWindows 95も登場していない時代です。オフィスに出勤しないで仕事をするというのは、なかなか考えづらいことでした。

しかし、この時期に「ITを活用し、本来のオフィスから離れた場所で働く」ことにいち早く取り組んでいたのが、日本電気(NEC)です。

昭和59年(1984)に東京都 吉祥寺に小規模なオフィスを開設し、港区の本社と同じ業務をできる環境を整えたのです。本社オフィスに対する衛星のような位置づけのオフィスということで「サテライトオフィス」と名付けられました。

吉祥寺という場所を選んだ大きな理由は、NTTが周辺地域で行った、INS(高度情報通信システム)サービスの実用化実験への参画を要請されたことでした。情報システムと通信の大企業同士が手を組み、新しい働き方を実験したわけです。

・バブルが後押ししたサテライトオフィスブーム

吉祥寺での実験は平成2年(1990)に終了しますが、NECはその後も複数の地域で実験を続けました。また、他社や政府もサテライトオフィスという考え方に注目し、平成初期には色々なプロジェクトが実施されました。

この時期にサテライトオフィスが注目された背景には、バブル経済による地価の高騰があります。オフィスのコスト低減や、都心から遠い場所に住むようになった社員の通勤負担の軽減などが期待されたのです。

■リゾートオフィス

・30年前にあった「ワーケーション」の先駆け

最近、旅先などで休暇と仕事を両立する「ワーケーション」が注目されていますが、平成初期にも、リゾート地でリフレッシュしながら仕事ができる「リゾートオフィス」が提唱されていました。

平成元年(1989)、2年(1990)頃には民間企業や政府によるリゾートオフィス実験が安曇野、千曲川、八ヶ岳、ニセコなどで行われました。

・バブル崩壊でブームが終わる

しかしバブル崩壊後、サテライトオフィスもリゾートオフィスも下火になります。都心のオフィス賃料が下がったことや、人材獲得のために働きやすさをアピールする必要性が下がったことに加え、まだまだITを活用して遠隔で行える業務が少なかったことも原因でした。

■テレワーク

オフィスにパソコンが普及し始め、「在宅勤務」も近い将来の働き方としてイメージしやすくなった1990年代中盤から、「テレワーク」というキーワードが出てきます。

“テレ(tele)”には「遠距離の」とか「通信を用いた」といった意味がありますが、英語では在宅勤務をテレコミューティング、最近ではリモートワークということが多く、「テレワーク」という言い方は一般的ではないようです。

・始まりは地方から

筆者が調べた限りでは、日本で「テレワーク」という言葉が使われたのは平成3年(1991)に兵庫県の神鍋高原と淡路で「テレワーク・ヴィレッジ」の実験が行われたのが最初ではないかと思われます。

その後、平成6年(1994)に民間企業による「いわきテレワークセンター」(福島県)が開設され、翌年には郵政省が「田園型テレワークセンター」を提唱しました。つまり、最初は地方の雇用創出効果とともにテレワークが語られることが多かったようです。それがやがては、都心のオフィスに通う会社員の在宅勤務など、より様々な可能性を広げるものとして期待されるようになります。

平成8年(1996)には郵政省と労働省が「テレワーク推進会議」を設置、労働省が平成10年(1998)に「テレワーク導入ガイドブック」を刊行、平成11年(1999)に「テレワーク相談・体験センター」を開設するなど、政府によるテレワークの普及促進活動が始まりました。

・ワーク・ライフ・バランスの実現手段として「倍増計画」

平成の働き方の変化(労働時間編)では、「骨太方針2007 (経済財政改革の基本方針)」以降、ワーク・ライフ・バランスが重要なテーマになったことを取り上げましたが、この文脈でもテレワークが注目されています。

安倍首相は同年の施政方針演説で「働き方の見直しやテレワーク人口の倍増などを通じて、仕事と家庭生活の調和を積極的に推進します」と述べ、政府は「テレワーク人口倍増アクションプラン」で「2010年までに2005年比でテレワーカー人口比率倍増」という目標を掲げました。

テレワーク人口の伸びのグラフ 出典:国土交通省「2008(H20)年度テレワーク人口実態調査」
テレワーク人口の伸びのグラフ 出典:国土交通省「2008(H20)年度テレワーク人口実態調査」

テレワーカー比率は2005年の10.4%に対して2010年は16.5%だったので、「倍増」の目標は未達成に終わりました。

・震災で一般企業も注目

しかし、翌年に東日本大震災が発生し、世間のテレワークに対する関心が一気に高まります。震災直後に出勤がままならない状況の中、「在宅勤務で仕事ができた」という経験をした人や、災害などに備えるBCP(事業継続計画)対応としてテレワークの導入の検討や試行をする企業が急激に増えたのです。

在宅型テレワーカー数の推移 出典:「平成27年版 情報通信白書」総務省
在宅型テレワーカー数の推移 出典:「平成27年版 情報通信白書」総務省

・オリンピック・パラリンピックに向けて

最近では、2020年のオリンピック・パラリンピック開催時の混雑解消のためにも、政府がテレワークの普及に力を入れています。平成29年(2017)にはオリンピックの開会式を予定している7月24日を「テレワーク・デイ」として企業に一斉テレワークの実施を呼びかけました。翌年は7月23〜27日を、今年はさらに拡大して7月22日〜9月6日を「テレワーク・デイズ」として同様の呼びかけを行っています。

■在宅勤務/ノマド

ワーク・ライフ・バランスやBCPというテーマのもと、平成20年代には「育児中の社員のみ」といった限定付きながらも在宅勤務を取り入れる企業が徐々に増えていきました。

同時期に、様々な場所を移動しながらPCやスマホを駆使して働くスタイルや人を指す「ノマド」「ノマドワーカー」という言葉が流行しました。

平成24年(2012)にはノマドワーカーの代表的存在として安藤美冬さんが『情熱大陸』に出演し、話題になります。彼女がフリーランスという立場を前面に出していたこともあり、「スタバでMacを広げてノマドワーク」的なフリーランス像が世間に共有されました。

・会社員の在宅勤務・フリーランスのノマド?

同年にジャーナリストの佐々木俊尚さんによる『仕事をするのにオフィスはいらない ノマドワーキングのすすめ』(光文社新書)という本が刊行されています。この本ではオフィスを持たない会社で働く会社員なども、ノマドワーカーとして紹介されています。しかし、社員に支給するPCや通信機器のコスト、セキュリティ対応などを考えると、一般的な会社が「家でもカフェでも、好きな場所で仕事をしてください」と言うのはまだ難しい時期でした。

そんなこともあって、当時は同じテレワークでも会社員は在宅勤務、フリーランスはノマドというイメージがありました。

■コワーキング

最近は「ノマド」という言葉をあまり聞かなくなりましたが、それと前後して登場し、すっかり定着したのが「コワーキング」や「リモートワーク」という言葉です。

「コワーキング」はフリーランスや異なる組織に属する人たちが同じ空間で仕事をすること。そのための場所であるコワーキングスペースが、日本では平成22年(2010)頃から登場し始めます。

PCやスマホでどこでも仕事ができるといっても、カフェに行けば混んでいたり電源やWi-Fiなどの設備も揃っていなかったりで不便も多いですから、コワーキングスペースをメインの仕事場とするフリーランスも増えました。

人との出会いからアイデアや仕事のきっかけが生まれるという点に期待して、企業がコワーキングスペースを契約して社員に利用させるケースもあります。

ソフトバンクと組んで平成30年(2018)に日本に進出したWeWorkは、こういったコミュニティの要素が強いコワーキングスペースと、企業に専有のオフィススペースを貸すシェアオフィスの機能とを兼ね備えたサービスです。

■リモートワーク

「リモートワーク」はテレワークと同じ意味ですが、英語圏でも通じ、日本ではITエンジニアなどが好んで使い始めました。

平成26年(2014)に日本語訳が出た『強いチームはオフィスを捨てる: 37シグナルズが考える「働き方革命」』(早川書房)は、世界に散らばる36人の社員がリモートワークをする組織の、働き方やマネジメントのあり方などを書いたものです。

執筆者はアメリカのBasecamp(旧社名は37signals)という会社の経営者らで、この会社が開発したプロジェクト管理ツール「Basecamp」は日本のシステム開発現場でも人気がありました。「リモートワークの会社であれだけのサービスが作れる」という点も、ITエンジニアたちの共感を集めたのでしょう。

最近では、うるさくて邪魔の入りやすいオフィスで働くよりもリモートワークの方が集中できて生産性が高いと主張するITエンジニアも多く、IT系の会社では、育児などの理由がなくても在宅勤務ができる会社が増えています。

■(再び)サテライトオフィス

震災後、再びサテライトオフィスに目を向ける企業も現れました。今回の主役は、初期の頃のような大きな会社ではなく、IT系のベンチャー企業です。

・地方創生でお手本とされた徳島県神山町

県内全域にブロードバンド環境が整備された徳島県、その中でも以前から県外との交流が盛んだった神山町は、自然豊かな環境で生活と仕事の充実がはかれる場所として人気を博し、名刺管理ソフトのSansanをはじめたくさんのIT企業がサテライトオフィスを開設し、今現在まで活用されています。

そして、平成26年(2014)からの地方創生戦略の中で「テレワーク・サテライトオフィスの促進」が掲げられたとき、神山町のサテライトオフィスは先進事例として大いに注目を浴び、多くの自治体がサテライトオフィスや企業誘致に乗り出しました。

・都心やその周辺にもサービスとしてのサテライトオフィスが

また、働き方改革の流れの中で、社員が自宅近くや出先で働ける場所として都心や住宅地にサテライトオフィスを設ける企業が増えています。先に触れたWeWorkもそうですが、国内では東急電鉄が平成28年(2016)に企業向けの会員制サテライトシェアオフィス事業を開始するなど、サテライトオフィスをサービスとして提供する企業も増えてきました。

昨年から今年にかけては、東京メトロやJR東日本が駅ナカに仕事ができるブースを設置する実証実験を行っており、これまで以上にいろいろな場所がサテライトオフィス化しそうです。

■ワーケーション

リゾートオフィスの項目でも少し触れましたが、ここ1〜2年は「ワーケーション」にも注目が集まっています。

これは仕事(work)と休暇(vacation)を組み合わせた造語で、旅を楽しみながら仕事もするようなスタイルを指します。

美しい砂浜のある白浜町を擁する和歌山県は数年前からワーケーションの普及に力を入れており、平成29年(2017)にはJALがワーケーションに取り組むことを発表して注目が集まりました。

「休暇中にまで仕事をして楽しいのか?」と思う向きもあるでしょうが、「いざというときは仕事“も”できる」「どうしても外せない会議だけはビデオ会議で参加する」といったことで、かえって長期休暇を取りやすくなったりするものです。また、JALの取り組みを見ると、いつもと違う場所で仕事をしてみることで発想が豊かになるといった効用もあるようです。

今年4月に働き方改革関連法が施行されると有給休暇の取得推進も重要になってくるため、今後はワーケーションを取り入れる企業が増えるのではないかと予想されます。

■ITツール

昔は会社で終わらなかった仕事を持ち帰ってやることを「風呂敷残業」と言いました。Wikipediaにはこの言葉の進化版として「メール(Eメール)残業」、「添付ファイル残業」、「フロッピー残業」、「USB残業」、「インターネット残業」、「クラウド残業」といった言葉が紹介されており、多くの仕事がデジタル化したことを感じさせます。

社内外の関係者とのコミュニケーションも、メールはもちろん、チャット社内SNSビデオ会議などでどこにいても即時にできるようになりました。最近では、会社にいるロボットを遠隔操作してバーチャル出勤したり、VR会議でより臨場感のあるコミュニケーションを取るということも可能になりつつあります。次世代通信規格の5Gが一般化すれば、こういったものも当たり前に使われるようになるかもしれません。

■IT化の割には、働く場所の自由化は進んでいない?

企業の働き方改革の取り組みについてよく言われるのは、「ツールや制度を入れただけでは変わらない」ということです。いくらIT化が進んでも、マネジメントのやり方や「そもそも仕事とはなにか」という意識が変わらないと大きな効果は得られない――これは、平成の30年を振り返ってみても実感します。

政府の調査によると、平成16年(2004)末においても、インターネットやLANにつながったPCが1人1台以上ある企業は36.1%でした(総務省「通信利用動向調査」)。

筆者が新卒で会社に入ったのは平成11年(1999)。その会社ではすでに1人1台のパソコンがありましたが、たまに外出や出張があると出先からオフィスに電話をかけて「今、◯◯さんとの会議が終わりました。今日は直帰します」などと報告していました。

当時スマートフォンはまだなく、外出先からメールを出すにはノートPCを取り出し、ネットワークに接続して社内のシステムにログインし、メールソフトを立ち上げて……といった手順が必要で、電話をかける方がよっぽど簡単だったのです。

同じ会社でも日常的に外出している営業職などは、毎回電話はしていなかったかもしれません。でも、出先でできるのは主にお客さんと話すことで、事務作業やプレゼン資料作成、受注したあとの諸々の手配など、会社に戻らないとできないことがたくさんあったでしょう。

30年前はもちろん20年前と比べても、IT化により場所を選ばずにできることが本当に増えていると実感します。

それでも、朝になれば家を出て会社に向かうという感覚はまだまだなくならず、都心の通勤ラッシュも解消されていないのは不思議な気もします。が、やっぱり人の意識はそう簡単に変わらないし、平成の働き方の変化(労働時間編)で指摘した「労働を時間で管理する」というルールが、働く場所の自由化を難しくしている部分もあります。

しかし、働き方においてまだまだ技術の進歩の恩恵を活かしきっていないということは、それだけ伸びしろがあるということでもあります。ポスト平成の時代は、本当の意味で働く場所の自由が手に入る時代になるのではないかと思います。

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フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』を運営。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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