Yahoo!ニュース

「ロシア軍がウクライナで白リン弾を使用」は誤報、実際には9M22Sクラスターテルミット焼夷ロケット弾

JSF軍事/生き物ライター
ウクライナ政府が公開した「ロシア軍の白リン弾」。実際は9M22Sテルミット焼夷弾

 ロシアによるウクライナ侵攻で、ウクライナ政府は「ロシア軍が白リン弾を使用した」と主張しています。しかしこれは誤報です。いや、ウクライナの宣伝戦と言うべきでしょう。つまり嘘です。

 実は2014年のロシア軍による東部ウクライナ侵攻時にも全く同じ騒動があったのですが、正体は白リン弾ではなくマグネシウム-テルミット系の焼夷弾でした。122mm多連装ロケット「グラード」のクラスターテルミット焼夷ロケット弾「9M22S」の焼夷子弾「9N510」が使用されたのです。今回も同じ構図です。

ウクライナ侵攻で使用されたクラスターテルミット焼夷ロケット弾(2015年9月30日)

 空中で起爆し拡散する多数の火の玉となって落ちて来る兵器の候補は次の通りです。

  • M825A1白リン煙幕弾 ※米製、155mm榴弾砲
  • 9M22Sクラスターテルミット焼夷ロケット弾 ※露製、多連装ロケット
  • RBK-250 ZAB-2.5クラスターテルミット焼夷爆弾 ※露製、航空爆弾

 そもそも空中炸裂拡散型の白リン弾をロシア軍は保有していません。持っていないものを使える筈がありません。空中炸裂拡散型ではない白リン弾ならロシア軍も保有していますが、今回騒ぎになっているのは「空中で起爆し拡散する多数の火の玉となって落ちて来る兵器」です。

 この「イルピン市の市長がキーウの郊外でロシア軍によって使用された白リン弾だと主張する兵器」の動画を見る限り、落ちて来る火の玉の数が非常に多く、それぞれが非常に小さいという特徴を持ちます。クラスター焼夷ロケット弾「9M22S」の焼夷子弾「9N510」の特徴と完全に合致します。2014年に東部ウクライナで使用されたものと全く同じです。

 明らかにこれは白リン弾ではありません。

 9N510の外殻はマグネシウム合金製です。中に充填された焼夷剤だけでなく、マグネシウム合金の外殻そのものも焼夷剤として機能して激しく燃焼します。マグネシウムおよびテルミットの燃焼温度は摂氏2000~3000度に達します。(なお白リン弾の燃焼温度は摂氏800~1000度。)

 なお特定通常兵器使用禁止制限条約で白リン弾はM825A1の場合は発煙弾に分類されるので使用は制限されていませんが、9M22Sのような攻撃用に設計されたものは明確に焼夷弾に分類されるので使用は制限されています。9M22Sは市街地で使用した場合は条約違反になります。

 ではウクライナは何故このような嘘を吐いたのでしょうか。その動機は2年前のナゴルノカラバフ戦争でアルメニアが吐いた嘘と全く同じでしょう。

そもそもアルメニアはアゼルバイジャンが空中拡散型の白燐弾を持っていないことは重々承知している筈です。それではなぜ嘘のプロパガンダを吐くのかというと、M825A1白燐発煙弾がイラクのファルージャ(2004年)やパレスチナのガザ(2009年)で使用された際に反戦平和団体から大々的な反対キャンペーンが張られたのを覚えていて、白燐弾が使用されたと訴えれば国際的にアゼルバイジャンに悪いイメージを植え付けられると考えたからでしょう。

出典:ナゴルノカラバフでテルミット焼夷弾が使用されるも白燐弾と虚偽発表(2020年11月1日)

 これは宣伝戦です。嘘なのです。捻じ曲がった嘘なので、条約上はせいぜいグレー扱いの筈の白リン弾として何故か騒がれて、条約上は完全にブラック扱いのテルミット焼夷弾として騒がれないという、異常な構図となっています。

 発煙弾として設計されたM825A1などよりも、攻撃用の焼夷弾として設計された9M22Sの方が殺傷力が高いのに、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか? 原因は西側の反戦平和団体の宣伝であり、それに乗った西側メディアが拡散し、今は東側の国家が逆に利用しています。

 ウクライナもアルメニアもこう言いたいのでしょう。「お前たち西側は白リン弾で大騒ぎしたのだから、同じように今回も大騒ぎしろ」と。それが白リン弾ではないことを理解した上で言っているのです。何故なら彼らは元はソ連の構成国であり、ロシア軍が空中炸裂拡散型の白リン弾を保有していないことを知っているからです。

 なお反戦平和団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」は、ウクライナで使用されたものが9M22Sであることに気付いているようです。

Q&A: Incendiary Weapons in Ukraine | Human Rights Watch

HRW「Q&A:ウクライナの焼夷兵器」のタイトルページのキャプチャー
HRW「Q&A:ウクライナの焼夷兵器」のタイトルページのキャプチャー

 「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のこの特集ページのタイトル画像は、焼夷ロケット弾「9M22S」から中身の焼夷子弾「9N510」がこぼれている様子の写真です。小さな六角柱の物体が9N510です。

 彼らは2014年にウクライナで何が使われたのか既に理解しています。そして現在使われているものが何か、直ぐに気付くことでしょう。彼らが白リン弾だと言い出すことは、無い筈です。

※「ウクライナで使用されている焼夷兵器は9M22Sであり、白リン弾ではない」と解説するヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の武器調査部門主任研究員、マーク・ヒズネイ氏。

The incendiary elements are ML-5 magnesium cups filled with a thermite-type mixture and packed in a matrix, each element having a burning time of at least 2 minutes.

「焼夷剤はML-5マグネシウムカップにテルミット系混合物を充填してマトリックス状にしたもので、各焼夷弾の燃焼時間は2分以上である。」

出典:122mm Grad 9M22S Rocket | CAT-UXO

※不発弾に対する集合的認識(CAT-UXO)による解説。不発弾の情報を共有し処理を的確に行うことを目指す団体。

Not phosphorus: Russia uses 9M22S incendiary projectiles in Ukraine 「白リンではない:ロシアは9M22S焼夷弾をウクライナで使用」、Український мілітарний портал (ウクライーンシクィー・ミリタルニィー・ポルタル。ウクライナの軍事ポータルサイト)による英語での解説記事。

  • 9M22S (露語: 9М22С )
  • 9N510 (露語: 9Н510 )

【関連記事】

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

JSFの最近の記事