ナゴルノカラバフでテルミット焼夷弾が使用されるも白燐弾と虚偽発表
現在アルメニアとアゼルバイジャンが係争地ナゴルノカラバフをめぐり争っている第二次カラバフ戦争で、焼夷兵器が使用されました。アゼルバイジャン軍が森林を焼き払おうとしており、上空で見張るドローンからアルメニア軍が隠れる場所を無くす目的だと思われます。
アルメニア政府はこれを公式に「アゼルバイジャンが白燐弾を使用した」と非難していますが、実際にはこれは白燐弾ではありません。上空で起爆し細かく拡散しながら落ちて来る白燐弾はアメリカ製155mm榴弾砲用「M825A1白燐発煙弾」だけですが、アゼルバイジャンもアルメニアも装備しておりません。持っていないものは使える筈がありません。
使用されたのはロシア製多連装ロケット「BM-21グラド」のクラスター焼夷弾型ロケット「9M22S」で、燃えながら落ちてきているのは焼夷子弾「9N510」です。この焼夷子弾は六角柱のマグネシウム合金製ケースにテルミット焼夷剤が充填されたもので、攻撃用に設計された焼夷弾です。白燐は使用されていません。9M22Sは過去にロシアによる東部ウクライナ侵攻でも使用された兵器で、今回ナゴルノカラバフで使われたものと特徴が合致しています。
- テルミットは燃焼温度2000~3000度で白く輝き、白燐は燃焼温度1000度前後でオレンジ色に輝く。光のスペクトル分析で判別可能。
- 9M22Sの9N510子弾はマグネシウム合金製のケース入りで(ケースそのものが3000度で燃焼する)、M825A1の白燐ペレットは剥き出し。
- 9M22Sテルミット焼夷弾はM825A1白燐発煙弾よりも空中起爆高度が高い。ゆえに起爆から着弾までの時間が長く観測される。
- 122mmロケット9M22Sは9N510子弾を180個内臓、155mm榴弾砲弾M825A1は白燐ペレット116個内臓。9N510の方が小さく、多く散布される。
BM-21グラドはアゼルバイジャンとアルメニアの双方が保有しています。
ウクライナ侵攻で使用されたクラスターテルミット焼夷ロケット弾
そもそもアルメニアはアゼルバイジャンが空中拡散型の白燐弾を持っていないことは重々承知している筈です。それではなぜ嘘のプロパガンダを吐くのかというと、M825A1白燐発煙弾がイラクのファルージャ(2004年)やパレスチナのガザ(2009年)で使用された際に反戦平和団体から大々的な反対キャンペーンが張られたのを覚えていて、白燐弾が使用されたと訴えれば国際的にアゼルバイジャンに悪いイメージを植え付けられると考えたからでしょう。
- アルメニア政府広報Twitterより。白燐(white phosphorus)とあるが実際にはテルミット焼夷弾(thermite incendiary)。なお白燐弾は国際法で使用禁止はされておらず、アルメニア政府の説明は間違い。
これに対しアゼルバイジャン支持者は「白燐弾は使用されていない、テルミット焼夷弾だから合法だ」と反論していますが、これも間違いです。むしろ発煙弾でしかない「M825A1白燐弾」よりも、攻撃用に設計されたクラスターテルミット焼夷ロケット「9M22S」の方が遥かに殺傷力は上であり、国際法に触れる恐れがあるのは9M22Sの方です。
※焼夷兵器として攻撃用に設計した場合、貫通力のある金属ケースに焼夷剤を充填し、少量の爆薬を仕込み最後に爆発飛散させるなど幾つかの工夫が凝らされる。発煙弾であるM825A1の場合は白燐の剥き出しのペレットが充填されているのみ。
M825A1は発煙弾として設計されているので特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の付属議定書3の焼夷兵器の定義からは除外されています。CCWは曳光弾、照明弾、発煙弾、信号弾は焼夷性があっても付随的なものだとして除外しています。しかし9M22Sは攻撃用の焼夷兵器であり明確にCCWの制限対象であり人口密集地での使用は禁止されています。
白燐弾はM825A1が発煙弾であるにもかかわらずファルージャとガザでの反対キャンペーンで実体と大きく異なる悪逆非道の恐怖の兵器であるかのようなイメージが植え付けられてしまい、毒ガスのような化学兵器と誤解され、国際法で使用禁止にされていないのに使用禁止兵器だと誤解され、大勢の認識がおかしくなってしまいました。
一体どうしてアルメニアは素直に殺傷用のテルミット焼夷弾がアゼルバイジャンによって使われたと訴えないのでしょうか。国際世論に訴えるには知名度が高い悪魔のようなイメージの兵器の方がよい、嘘でもなんでもいいから注目されればよい、そういう発想なのでしょう。平気で嘘を吐く、国家のプロパガンダとはそういうものです。
その一方で、発煙弾の白燐弾に大騒ぎしておきながら攻撃用のテルミット焼夷弾に騒がない反戦平和運動も、バランスが取れた反応と言えるものではないでしょう。テルミット焼夷弾はシリア内戦(2011年~)でもウクライナ侵攻(2014年~)でも使用されましたが、ファルージャやガザの時のような大きな反対運動は起きませんでした。日本では全く無反応だったのです。
- 2004年 イラク、ファルージャ(白燐弾)
- 2009年 パレスチナ、ガザ(白燐弾)
- 2011年 シリア内戦(テルミット)
- 2014年 ロシア、ウクライナ東部侵攻(テルミット)
- 2015年 シリア内戦、イスラム国空爆(テルミット)
- 2020年 ナゴルノカラバフ(テルミット)
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