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ロシア軍がICBMでウクライナ攻撃、ただし通常弾頭での威嚇行為か:新型IRBMオレシュニクとの情報も

JSF軍事/生き物ライター
Google地図よりカプースチン・ヤールからドニプロまで(説明は筆者追記)

 11月21日、ウクライナ空軍司令部は「ロシア連邦のアストラハン州からICBMが発射され、ウクライナのドニプロ市を攻撃した」という衝撃的な報告を行いました。ただし核弾頭は積まれておらず核爆発は発生していません、通常弾頭ないし試験用の模擬弾頭を搭載して発射した威嚇が目的のロシア軍の行動だったと見られます。史上初のICBM実戦投入です。

 前日の20日にウクライナ首都キーウのアメリカ大使館は「ロシア軍の大規模攻撃の恐れあり」として大使館を閉鎖し、ウクライナの複数のメディアは「ロシアのアストラハン州のカプースチン・ヤール試射場で新型弾道ミサイル『RS-26ルベーシュ』を発射準備中」と報道していました。おそらく事前にこのICBM発射の兆候を掴んでいたものと思われます。

 カプースチン・ヤールからドニプロまで約800km、おそらく最大射程6000km以上のICBMを高角度で発射したロフテッド軌道で射程調整しています。複数弾頭(6回飛来の目撃情報)らしきものが着弾しています。

カプースチン・ヤールからドニプロまで約800km

Google地図よりカプースチン・ヤールからドニプロまで約800km(説明は筆者追記)
Google地図よりカプースチン・ヤールからドニプロまで約800km(説明は筆者追記)

2024年11月21日迎撃戦闘:ウクライナ空軍司令部

  • 大陸間弾道ミサイル(ICBM)×1飛来0撃墜 ※6回着弾の可能性
  • Kh-47M2キンジャール空中発射弾道ミサイル×1飛来0撃墜
  • Kh-101空中発射巡航ミサイル×7飛来6撃墜

※MIRV(複数個別誘導再突入体):1発のミサイルに複数の弾頭を搭載して別々の場所を攻撃できる。ただし今回の目撃情報では同じ場所に6回飛来。

ICBM(複数弾頭)がドニプロに飛来したと思われる様子

こちらの映像では複数個の集団が複数回落ちているように見える

  1. 可能性その1:ミサイル1発(MIRV6個)ではなく、ミサイル6発(MIRV6個)で計36弾の着弾である可能性。
  2. 可能性その2:再突入弾頭がロフテッド軌道での急角度の高速落下での空力加熱に耐えられず、バラバラに砕けて崩壊して数が増えたように見えている可能性。

※追記:ウクライナ国防省情報総局(GUR)は「ミサイル1発(MIRV6個)でMIRVそれぞれに6個のクラスター子弾を搭載」した計36弾の着弾と分析。出典:GUR

※ウクライナ空軍司令部はICBMはミサイル1発分が飛来したと見ている。

※通常軌道の弾道ミサイルは浅い角度で大気圏に突入して比較的長い距離を通過しながら大気との抵抗で徐々に速度を落としていくが、山なりの高い弾道であるロフテッド軌道では深い急角度で大気圏に突入するので、通過距離が短いので空気の密度が濃い大気の底まで短時間で高速のまま到達してしまう。つまり通常軌道よりもロフテッド軌道では再突入体がより高温になってしまう。

目的はNATOへの威嚇と牽制

 ロシアは事前にウクライナへの西側供与の長距離兵器によるロシア本土攻撃はレッドラインだと宣言していました。その中でアメリカはATACM弾道ミサイルを、イギリスはストームシャドウ巡航ミサイルの使用制限を解除し、実際にウクライナ軍が攻撃を仕掛け始めました。ゆえにロシアはプーチン大統領の面子を保つために何もしないわけにはいかず、示威行動を実施したものと見られます。

 ただし核弾頭は用いなかったのでエスカレーションの階段を上げたとしてはまだ低く、様子見のような段階です。直接的な核攻撃の前には無人地帯への核攻撃デモンストレーションやロシア自国内での核実験などが想定されていましたが、まだそこまでには至っていません。

 単純にウクライナを核攻撃したいのであればICBMを使う必要はありません。既に使用しているSRBM(短距離弾道ミサイル)である「イスカンデルM」やこれを空中発射式にした「Kh-47M2キンジャール」にも核弾頭を積むことは可能です。多くの通常弾頭のミサイルと混ぜて核弾頭付きミサイルを発射すれば防空網の突破は可能でしょう。

 つまりロシアはウクライナへの攻撃では全く使う必要のないICBMを使って見せました。真の目的はNATOに対する威嚇や牽制です。他にもウクライナ市民を脅して厭戦気分を高める心理的効果もあったでしょう。ロシアはICBMを使ったという絵が欲しかったのです。ゆえに大気圏に再突入して来た弾頭が空気の断熱圧縮で高温となり表面が赤熱して光るのが見えやすい夜明け前の暗い中で、発射してきました。

ICBMかIRBMか?

 今回ロシア軍が発射したと推定されている新型弾道ミサイル「RS-26ルベーシュ」はINF条約(中距離核戦力全廃条約)が生きていた頃に開発が開始されて、2012年以降3回の試射を行い、2018年に計画凍結がタス通信から報告されていた新兵器です。INF条約の禁止対象である「射程500~5500km」の地上発射中距離ミサイルに該当しないように、射程6000km級のぎりぎりICBM枠として開発されています。

 つまりこれはICBM(大陸間弾道ミサイル)を自称していますが事実上のIRBM(中距離弾道ミサイル)という存在です。既存の車載移動式ICBM「RS-24ヤルス」をやや小型化したものがRS-26ルベーシュであると考えればよいでしょう。

 つまりICBMかIRBMかという論争はあまり意味を持ちません。ICBMとも言えるしIRBMとも言えます。既にINF条約は2019年8月2日に失効しているのでIRBMだと自称しても問題は生じません。意味があるとしたらRS-26ルベーシュはアメリカ本土攻撃用というよりはヨーロッパNATO諸国攻撃用であり、かつてINF条約を締結する契機となったソ連のIRBM「SS-20セイバー(RSD-10ピオネール)」の再来だと言えます。

※ロシア語の「Рубеж(ルベーシュ)」の発音は実際には「ルゥビェーシ」などが近い。意味は国境や防御線など。同じ名前が全く別種の地対艦ミサイルにも命名されていたこともある。ウクライナ語では「Рубіж(ルビージュ)」。

  • РС-26 «Рубеж»
  • RS-26 "Rubezh"
  • RS-26「ルベーシュ」

欧州イージスアショア配備基地の位置

Google地図よりデベセルとレジコヴォの位置(説明は筆者追記)
Google地図よりデベセルとレジコヴォの位置(説明は筆者追記)
  • デべセル(Deveselu)、ルーマニア配備イージスアショア基地
  • レジコヴォ(Redzikowo)、ポーランド配備イージスアショア基地

 カプースチン・ヤールからICBMをロフテッド軌道でドニプロに向けて発射した場合、欧州イージスアショアからSM-3ブロック2A大気圏外迎撃ミサイル(最大射程2000km以上)を発射したならば交戦が可能だったかもしれません。

  • デべセルからドニプロまで1000km、カプースチン・ヤールまで1700km
  • レジコヴォからドニプロまで1400km、カプースチン・ヤールまで2100km
  • カプースチン・ヤールからドニプロまで800km

 しかし実際に交戦した場合はNATOがロシアと交戦したことになり、更なる大規模な直接戦闘に発展する恐れがあります。また敵目標の速度が速いほど対応が困難になり迎撃ミサイルの有効射程は短くなっていくので、高速のICBMを相手に本来はIRBM級を想定しているSM-3ブロック2Aでは有効射程の範囲は短くなるはずですが、今回の飛来目標がRS-26ルベーシュならばICBMといってもIRBM級の範疇です。

 ただしウクライナ領土内に前進配備された対弾道ミサイル用の早期警戒レーダー(例えばFBX-Tなど)が無いので、迎撃は困難だった可能性もあります。またもしも欧州イージスアショアがまだSM-3ブロック1Bまでしか配備していなかった場合だと、ICBM相手の迎撃は不可能に近かったでしょう。

 ロシア軍が長大な射程を持つICBMでウクライナ深奥部の西方を狙わずに比較的前線に近い中部のドニプロを攻撃したのは、脅しを仕掛けながらもNATOに過剰な警戒感を抱かせないためと、イージスアショアのSM-3ブロック2Aによる迎撃を考慮した可能性が考えられます。

※ICBMは非常に高速であるため、パトリオット防空システムのPAC-3迎撃ミサイルでは対応不可能。大気圏外で迎撃可能なTHAAD防空システムやイージス弾道ミサイル防衛システムのSM-3迎撃ミサイルでも対応は厳しく、限定された条件でしか迎撃は難しい。ICBMは本来は米本土防衛用の巨大な迎撃ミサイル「GBI」で対応する目標で、THAADやSM-3でICBM迎撃を補佐する検討は始まったばかり。

追記:新型IRBM「オレシュニク」

 ロシアのプーチン大統領が演説を行い(出典:クレムリン公式YouTube)、ウクライナへの攻撃で新型中距離弾道ミサイル「オレシュニク」を使用したと言及しました。同ミサイルはマッハ10の極超音速で飛行し、迎撃する手段は無いとしています。

  1. 疑問その1:RS-26ルベーシュの名前を変更した可能性
  2. 疑問その2:マッハ10では準中距離弾道ミサイル(MRBM)
  3. 疑問その3:完全新型の場合、事前に米欧が掴んでいないのは何故か
  4. 疑問その4:ウクライナ軍はICBMと報告している(つまりマッハ20前後)

 完全新型のミサイルではなくRS-26ルベーシュの名前を変更した可能性があります。ICBMという名目で開発していたRS-26ルベーシュを今さらIRBMだったと公表するのは気が引けたのかもしれません。

 なお最大速度がマッハ10ならば準中距離弾道ミサイル(MRBM)に相当して、北朝鮮のノドンなどと同様の最大射程1300km前後となります。もし滑空飛行するのであれば射程はこれより伸びますが、着弾動画では高空から急角度で突入して来ており、あまり滑空弾頭らしくはありません。プーチン大統領のマッハ10という発言は性能秘匿目的でわざと出鱈目な数字を述べた可能性もあります。

 もし完全新型の準中距離弾道ミサイル(MRBM)だった場合、事前に開発の兆候を米欧の情報機関が掴んでいなかったのは何故かという疑問が出ます。そういった動きがあるならばもっと早くから情報が出ていてもいい筈ですが、これはロシア側の情報秘匿が完璧だったという可能性もあります。

 またウクライナ軍はICBMと報告しており、レーダーで観測している以上、それに近い飛び方をしていた可能性が高くなります。すると自称ICBMでほぼIRBMのRS-26ルベーシュをICBMと報告するのは理解できますが、マッハ10程度しか発揮していないMRBM相当の飛行物体をICBM(マッハ20前後)と誤認して報告するのは考えられません。速度で2倍の差があるならレーダーで見分けられない筈が無いのです。するとウクライナ側かロシア側かどちらかが嘘を吐いていることになります。

  • ICBM:大陸間弾道弾、射程5500~1万数千km、マッハ18~23
  • IRBM:中距離弾道弾、射程3000~5500km、マッハ15~18
  • MRBM:準中距離弾道弾、射程1000~3000km、マッハ9~15
  • SRBM:短距離弾道弾、射程1000km未満、マッハ9未満

※速度はおおよその数字。また滑空型の弾頭ではプルアップ(機首上げ)で速度を落とす引き換えに高度を得て射程は伸びるので、この分類の限りではない。

 まだ表に出ている情報が少なく確定的なことは言えませんが、オレシュニクのマッハ10という数字は怪しくもっと高速を出せるのではないか、MRBMではなくICBMに近いIRBMではないか、またMIRV(複数個別誘導再突入体)を搭載しているならばそれなりの射程を持っていないと複数の離れた目標を攻撃する際に効率が悪いのではないか(近い距離の複数個所を攻撃するなら、大きなミサイルにMIRVを搭載するより小さなミサイルを複数用意したほうが効率が良い)、このような初期分析ができます。

※ロシア語のОрешник(オレシュニク)とは植物のヘーゼル(ハシバミ属)の意味。ロシア軍は過去にもICBMにトーポリ(植物のポプラの意味)と名付けたことがあり、それ以外でも兵器命名で植物由来は多く、定番の命名になる。

  • Орешник
  • Oreshnik
  • オレシュニク

追記リンク:ウクライナ情報機関:ドニプロ攻撃ロシア軍ミサイルはICBMではなく「ケードル」新型中距離弾道ミサイル

※2024年11月23日追記。ウクライナ国防省情報総局(GUR)は新たな分析報告で11月21日の飛来ミサイルを「ケードル」複合体と推定、「飛行時間は15分間、最終速度はマッハ11」だったとしています。この飛行性能だとMRBM(準中距離弾道弾)に相当するので、事実ならばロシア側の説明が正しいことになります。

おまけ解説:弾道ミサイルの略語の翻訳の注意点

  • ICBM, Intercontinental ballistic missile ※大陸間弾道弾
  • IRBM, Intermediate-range ballistic missile ※中距離弾道弾
  • MRBM, Medium-range ballistic missile ※準中距離弾道弾
  • SRBM, Short-range ballistic missile ※短距離弾道弾
  • CRBM, Close-range ballistic missile ※近距離弾道弾

 実は直訳するとIRBMとMRBMは同じ「中距離弾道弾」になります。これは先にIRBMを中距離弾道弾の略語として採用して、その後にMRBMの区分を新設した際に似たような言葉を採用したせいだと思われます。日本語への和訳で元の英文に無い「準」という漢字を加えたのは射程の分類に従った意訳になります。

 つまりここで翻訳ミスが非常に発生し易くなるので注意してください。機械翻訳そのままではほぼ確実に間違えてしまいます。大手メディアでもよく間違いを目にします。IRBM(射程3000~5500km)とMRBM(射程1000~3000km)ですので取り違えると意味が違ってしまいます。

 なおMRBMを含めてIRBMと呼称する場合もあります。これはMRBMという区分そのものを存在しない扱いとして、広義の意味でのIRBMという略語の使い方です。

 またCRBMも後から登場した区分ですがあまり略語として広まっていません。それでもアメリカ軍がこの分類(SRBMより短い射程をCRBMとする)を一部の報告資料で使っているので、一応は覚えておくと資料を理解し易くなります。

 そもそもミサイルの射程の区分は本来は曖昧なもので、条約で使われた区分が何となく広まって世界中で使われ出して定着していったものです。例えばICBMとIRBMの境界を5500kmとしたのは今は無きINF条約でした。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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