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発煙弾(白リン)と照明弾(マグネシウム)の違い

JSF軍事/生き物ライター
陸上自衛隊第1師団より「照明下での夜間射撃訓練」

 白リン(白燐)を用いるM825A1白リン弾は、155mm榴弾砲から発射され、空中炸裂し多数の火の付いた白リンを降らせるので非常に良く目立ちます。ただしこれは発煙弾(煙幕弾)として設計されており、本来は攻撃用の兵器ではありません。

白リン弾の問題提起:ファルージャ戦とガザ侵攻

 M825A1白リン弾は2004年のイラク・ファルージャの戦いでアメリカ軍が大量使用し、2008~2009年のガザ地上侵攻「キャスト・レッド」作戦でイスラエル軍が大量使用したことで、反戦平和団体は条約違反兵器の使用の疑いを掛けました。特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)は附属議定書III(焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書)で人口密集地域での空中から投射する焼夷兵器の使用を禁止していたからです。

 ただし附属議定書IIIには例外規定があり、発煙弾・照明弾・曳光弾などの焼夷性が副次的なものならば市街地での使用が認められています。M825A1白リン弾は発煙弾として設計されていたので、条約違反には該当しませんでした。

白リン弾の規制失敗:さらにはテルミット焼夷弾の使用

 反戦平和団体は「アメリカ軍やイスラエル軍が条約の抜け穴を利用して発煙弾を攻撃目的で大量使用した」と非難しましたが、それを証明することはできませんでした。

 M825A1白リン弾の大量使用は煙幕としての効果の他に、見た目が派手なので衝撃と畏怖による威嚇効果を狙っていたと推定されます。しかし攻撃用に専用設計されていないものの副次的な被害は発生するので、過度な大量使用がCCWの規定に違反するか議論になりましたが、結論は出ませんでした。

 なお発煙弾には白リン系(WP)以外に赤リン系(RP)や六塩化エタン(HC)など幾つか種類があります。ゆえに仮に白リン系だけが規制されても問題は無い筈でしたが、そのような追加で新しく規制する動きはとうとう実現しませんでした。

 こうして禁止条約を成立させた対人地雷やクラスター爆弾の時のような支持を得ることはできず、白リン弾は規制が何も加えられないまま問題提起されて十数年の歳月が過ぎています。

  • 2004年 イラク、ファルージャ(白リン弾)
  • 2009年 パレスチナ、ガザ(白リン弾)
  • 2011年~シリア内戦(テルミット、ナパーム)
  • 2014年~ロシア、ウクライナ侵攻(テルミット)
  • 2020年 ナゴルノカラバフ(テルミット)

 白リン弾はグレーな存在ですが、テルミット焼夷弾とナパーム焼夷弾は議論の余地なく条約違反兵器です。ロシア製のそれらがこの10年で複数個所で使用されました。シリアでは市街戦でも投入されました。しかし反対運動が盛り上がることはなく、焼夷兵器の規制を強化する声は聞き遂げられることはありませんでした。

 焼夷兵器は今も世界の何処かで数年おきに大規模使用されています。

白リン弾に広まった間違ったイメージ

 以上がファルージャ戦から始まった白リン弾反対運動の結果です。この反対運動では白リン弾を実態とは掛け離れた凶悪な殺傷力を持つかのように過剰に喧伝したことで(悪魔化とも呼べる)、白リン弾を非人道兵器だと思い込む人が大勢増えてしまいました。そして火の玉のように燃える兵器はテルミット焼夷弾やマグネシウム照明弾などでも何でも白リン弾だと思い込む人が続出します。

 誤解があまりにも広がってしまったため、一部の旧東側の国家は西欧向けのプロパガンダにこの誤解を組み入れる国まで出て来ました。

 このように反対運動の過剰な悪魔化によって白リン弾は誤解を受けたまま十数年経ち今に到ります。

検証:発煙弾(白リン)と照明弾(マグネシウム)の違い

 今回ファクトチェック対象となる毎日新聞の記事も、白リン弾について広まってしまった誤解による思い込みで間違えています。

寒さも厳しい20年2月14日。時刻は午後8時を過ぎていた。「まさか」。演習場を見渡せる県道脇に据え付けたカメラをのぞき、慌ててシャッターを切った。破裂音と共に暗闇に広がったのは、皮膚に触れると骨を溶かすほど激しく燃え、非人道性が指摘されている白リン弾特有の閃光(せんこう)。激しい着弾音は午後9時前まで続いた。

出典:米軍やりたい放題「全部撮る」 覚書無視の夜訓練捉えたいらだち | 毎日新聞 ※現在は削除修正済み。WEBアーカイブ

 しかし写真を見た瞬間に「これは白リン弾ではない、マグネシウム系の照明弾だ」と理解できます。これは白リン弾特有の閃光などではありません。マグネシウムと硝酸ナトリウムの燃焼反応による強烈な閃光です。

 発煙弾(白リン)と照明弾(マグネシウム系)を見比べてみれば違いは一目瞭然です。

発煙弾(白リン):2009年ガザ

2009年ガザ地上侵攻で使用されたM825A1白リン発煙弾
2009年ガザ地上侵攻で使用されたM825A1白リン発煙弾写真:ロイター/アフロ

照明弾(マグネシウム+硝酸ナトリウム):2014年ガザ

2014年ガザ地上侵攻で使用された照明弾
2014年ガザ地上侵攻で使用された照明弾写真:Shutterstock/アフロ

日出生台演習場で米海兵隊が使用した兵器:2020年

検証のため毎日新聞2021年6月6日記事の初期投稿時のキャプチャー
検証のため毎日新聞2021年6月6日記事の初期投稿時のキャプチャー

 識別点は主に二つがポイントになります。

  • 毎日新聞の記事写真は光源が一つ。
  • 光源に繋がる蛇行した煙が見える。

 照明弾はパラシュートを内蔵し、放出後に点火してゆっくり落ちて来ます。蛇行した煙はパラシュートで降りながら風に流された結果です。

 これに対し白リン弾はパラシュートを内蔵したものが存在しません。そもそも白リン弾は発煙弾であり照明弾ではないので、光源の強さから見ても考えられません。またM825A1白リン弾は116個の白リンを染み込ませたフェルトに点火して空中炸裂するので、光源が一つということはあり得ません。

 結論は、2020年2月14日に日出生台演習場で米海兵隊が使用した兵器は明らかに照明弾です。白リン弾ではありません。

 アメリカ軍の夜間演習を非難するのであれば照明弾という説明でも何も問題ない筈です。仮に単純に白リン弾と間違えただけなら大きな問題ではなく別に構わなかったでしょう。しかし「非人道」という誤解を読者に与える文章の書き方は訂正が必要だと思います。(追記:6月8日に毎日新聞の該当記事から白リン弾の記述は削除されました。)

 過去に日出生台演習場でM825A1白リン弾が使用されたことはあります。ですが今回の毎日新聞の該当記事の写真は、明らかにM825A1白リン弾ではありません。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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