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「犠牲を払ってもウクライナ解放」vs「今すぐ停戦」――国際世論調査にみる分断

六辻彰二国際政治学者
バフムトのウクライナ兵(2023.4.5)(写真:ロイター/アフロ)
  • 国際世論調査の結果、西側では「犠牲を払っても全ウクライナが解放されるべき」という回答が多かった。
  • しかし、「犠牲を減らすためできるだけ早く停戦するべき」という回答との差は決して大きくなく、西側内部の意見の分裂が明らかになった。
  • さらに、なぜウクライナを支援するかの理由についても、西側のなかで見方は分かれている。

 ウクライナ戦争にどんな決着をつけるべきか。これに関する意見の分断は、西側のなかでも広がっている。

国際世論調査の結果

 EUのシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)は2月22日、ウクライナ戦争に関する国際世論調査の結果を発表した。これは複数の民間の調査会社(Datapraxis、Gallup、Norstat、YouGov)による調査の結果をECFRがまとめたものだ。

 その結果、ウクライナ戦争をどのように終わらせるかについて、温度差が改めて浮き彫りになった。

 上の表で示したように、西側では「さらに多くの人が生命や住む場所を失っても、ウクライナは全ての領土を取り戻すべき」と回答した人の割合が最も高かった

 とりわけイギリスでは半数近くの人がこれを支持した。イギリスは歴史的にロシアと対立することが多く、最近では兵器提供だけでなくウクライナ軍の訓練も行っている。

「即時停戦」は誰の利益か

 これに対して、ロシアで「ウクライナが領土の一部を失うことになっても、戦闘をできるだけ早く終わらせるべき」が最も多かったのは不思議ではない。

クレムリンを訪問した習近平国家主席(2023.3.21)。これに先立って中国政府はウクライナ停戦を提案していたが、西側から拒絶された。
クレムリンを訪問した習近平国家主席(2023.3.21)。これに先立って中国政府はウクライナ停戦を提案していたが、西側から拒絶された。写真:ロイター/アフロ

 昨年以来、プーチン政権はしばしばウクライナ政府に停戦を提案してきた。ロシアがウクライナ東部ドンバス地方を制圧している状態で停戦を実現できれば、この地におけるロシアの実効支配は既成事実として固定化できるからだ。

 しかし、バイデン政権をはじめ欧米各国の政府も戦闘の長期化を避けるため、(中国の和平提案には拒絶反応をみせながらも)停戦交渉そのものを全面的に否定してきたわけではない

 だからこそ、ウクライナ政府は「交渉はロシアが全面撤退してから」と主張し、ロシアの停戦提案だけでなく、交渉を暗に勧める欧米各国にも拒絶反応をみせてきた

 そのため、「即時停戦」は犠牲を少なくする選択肢であっても、西側では「親ロシア派」のレッテルを貼られかねない。

ポーランドを訪問して演説するゼレンスキー大統領(2023.4.5)。ウクライナ政府はロシアが東部を実効支配するなかでの停戦交渉そのものを拒絶している。
ポーランドを訪問して演説するゼレンスキー大統領(2023.4.5)。ウクライナ政府はロシアが東部を実効支配するなかでの停戦交渉そのものを拒絶している。写真:ロイター/アフロ

西側は結束しているか

 今回の調査結果について、ECFRは「西側ではそれ以外と比べて、ウクライナ支持が鮮明になった」と評価している。

 実際、先のデータをみれば、中ロだけでなくインドやトルコでも「全面解放」は多くないが、新興国・途上国のウクライナ戦争への反応については以前にも取り上げたので今回は割愛する。

 むしろここでのポイントは、ECFRの評価とは裏腹に、今回の調査結果から、西側のなかでも分断の大きいことがうかがえることだ。

イギリスで訓練を受けるウクライナ兵(2023.2.24)。同様の訓練はイギリス以外のヨーロッパ各国で行われている。
イギリスで訓練を受けるウクライナ兵(2023.2.24)。同様の訓練はイギリス以外のヨーロッパ各国で行われている。写真:ロイター/アフロ

 例えば、アメリカでは「全面解放」が34%を占めた。これは項目別では最多の回答だった。

 ただし、裏を返せば、アメリカ人の6割以上はウクライナからロシア軍を追い出すことを何より優先させるべきとは考えていない。

 さらに、アメリカで2番目に多かった「即時停戦」は全体の21%で、「全面解放」との差は13ポイントにとどまった。この差はEUではさらに小さく、8ポイントにすぎない。

 これに対して、例えばインドでは「即時停戦」(54%)と「全面解放」(30%)の差が24ポイントで、トルコでは同じく21ポイントだった。

 つまり、西側では項目別で「全面解放」支持が多いとしても、それ以外の選択肢との間の差は相対的に小さく、イギリスなど一部を除けば意見の分断がむしろ目立つのだ。

NYタイムズスクエアを埋めた抗議デモ(2022.4.9)。戦争が長期化するにつれ、ウクライナ侵攻に反対する点では一致しても、どのように終結させるべきかで西側には分断が目立つ。
NYタイムズスクエアを埋めた抗議デモ(2022.4.9)。戦争が長期化するにつれ、ウクライナ侵攻に反対する点では一致しても、どのように終結させるべきかで西側には分断が目立つ。写真:ロイター/アフロ

 だとすると、「西側の結束が明らかになった」というECFRの評価には、やや誇張がある。

なぜウクライナを支援するか

 西側のなかの分断はウクライナを支援する理由についてもみられる。

 日米をはじめ西側の政府はしばしばウクライナ戦争を「民主主義vs権威主義」の文脈で語ってきた。

 しかし、今回の調査結果から、多くの人がそう考えていないことも浮き彫りになった。

 アメリカの回答者のうち、「アメリカが‘民主主義を守るため’ウクライナを支援している」と考えるのは36%だった。これは項目別では最多だが、それでも4割を下回る

 これがアメリカ以外ではさらに冷めていて、EU平均では16%に過ぎず、アメリカと特別な関係にあるイギリスでさえ20%にとどまった。「アメリカは民主主義のために立ち上がった」という宣伝をまともに信用している人は、決して多くないのだ。

 一方、「ヨーロッパがウクライナを支援する理由」については、ヨーロッパ各国を含む西側全てで「自分の安全を守るため」と考える人が最も多かった。

‘民主主義’と‘安全’の違いは大きい

 民主主義という価値観は美しいかもしれない。だから各国政府はリソース動員のレトリックとして多用するのだが、それを強調しすぎれば他の原理原則と妥協の余地はなくなる。つまり、正面衝突に行きつきやすい。

アフガニスタンで死亡したアメリカ兵の葬儀(2021.9.14)。アフガニスタンでは20年間で2300人以上のアメリカ兵が死亡し、その犠牲の多さが撤退を促す気運をもたらした。
アフガニスタンで死亡したアメリカ兵の葬儀(2021.9.14)。アフガニスタンでは20年間で2300人以上のアメリカ兵が死亡し、その犠牲の多さが撤退を促す気運をもたらした。写真:ロイター/アフロ

 逆に、安全の重視は、状況次第で利己的ともいわれかねないが、矛盾、価値観の違い、好悪の感情などを二の次にすることもできる。良し悪しはともかく、それは国際政治の常態といえる。

 アメリカは2001年、「自由とテロの戦い」を掲げてアフガニスタンに侵攻した。それが2021年に撤退したのは、自由や民主主義が達成できたからではなく、駐留の負担が大きくなりすぎ、さらにタリバンとの取引でアメリカの利益と安全を確保する目処が立ったからだ。

 このように安全を重視する考え方は、ロシアがウクライナ以外を攻撃しないと確信できるなら、「即時停戦」に結びつきやすい

 自国を優先すべきと考える市民が増えていることは褒められた話ではないかもしれないが、西側によるウクライナ支援が第三次世界大戦に発展しかねないという懸念だけでなく、インフレで生活が悪化するなかでは不思議でない。

ロシアが実効支配するウクライナのヘルソンに派遣された責任者と協議するプーチン大統領(2023.4.6)
ロシアが実効支配するウクライナのヘルソンに派遣された責任者と協議するプーチン大統領(2023.4.6)写真:ロイター/アフロ

 それを理解しているからこそ、ロシアはウクライナ支援国に嫌がらせや脅迫はしても、攻撃を加えてこなかったといえる。逆にウクライナ政府が「これはウクライナだけの問題ではない」と強調してきたことは、西側がロシアと取引しないようにするためといえる。

 どちらも西側の世論動向を見極めようとしていることは間違いないだろう。

巨額の復興資金を誰が負担するか

 こうした世論の行方に関わるとみられるのが、復興支援の問題だ。破壊されたウクライナの復興には、最低でも4110億ドルが必要と試算されている。

 これを誰が負担するのか。

 当たり前に考えれば、侵攻したロシアだ。しかし、ロシアが編入したと主張する東部ドンバスを除けば、モスクワが占拠でもされない限り、プーチン政権が復興資金を出すとは考えにくい。

ロシア軍のミサイル攻撃で廃墟と化したオデーサのビル(2022.4.24)。世界銀行の試算では、ウクライナ復興には4110億ドル以上が必要と見込まれている。
ロシア軍のミサイル攻撃で廃墟と化したオデーサのビル(2022.4.24)。世界銀行の試算では、ウクライナ復興には4110億ドル以上が必要と見込まれている。写真:ロイター/アフロ

 これまで凍結されたロシアの海外資産の売却も検討されているが、実現しても3000億ドルほどとみられていて、十分とはいえない。

 その場合、これまでの行きがかりから、西側がある程度負担せざるを得ない。西側が躊躇すれば、その間に中国がウクライナを「一帯一路」に組み込むため資金協力することは目にみえているから、なおさらだ。

 昨年だけでもアメリカはウクライナに約100億ドル提供したが、復興資金はまさにケタ違いになると見込まれる。ウクライナ東部では戦闘が泥沼化しており、長期化するほど復興に必要な資金が膨らむ。

 今はあまり語られなくても、この問題もまた長期的に西側の世論に影響を及ぼすとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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