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中国がウクライナでの停戦を呼びかけ――その真意はどこにあるか

六辻彰二国際政治学者
ウズベクで開催された上海協力機構で会話するプーチンと習近平(2022.9.16)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • ロシアで部分的動員が発令された21日、中国はウクライナでの停戦を呼びかけた。
  • これは「中国がロシアを見捨てた」というものではなく、むしろロシアにとってほとんどマイナスにならない。
  • それ以上に、このタイミングで停戦を呼びかけることは、中国自身にとってのプラスが大きいといえる。

 中国外務省は9月21日、ウクライナでの停戦を呼びかける声明を発表した。これはプーチン大統領が予備役30万人を派兵できる「部分的動員」を発令した直後のことだった。

 それによると、「我々は対話と交渉を通じて、全ての当事者の安全保障上の懸念をできるだけ早く解消する道を探るため、各方面に対して停戦を求める」。

 中国はこれまでウクライナ侵攻を批判することを控え、ロシアからの天然ガスなどの輸入をむしろ増やしてきた。また、アメリカなど西側以外の国が行なう戦争に関してコメントすることも稀だ。

 そのため、この停戦の呼びかけを「中国がとうとうロシアを見捨てるサイン」とみる向きもあるかもしれない。

 また、プーチンが部分的動員を発令し、ウクライナでの対立がエスカレートする懸念が高まるタイミングで停戦を呼びかけたことで、「中国は平和愛好的」というメッセージを発信することはできるかもしれない。

 しかし、コトはそれほど単純ではない。

 中国による停戦の呼びかけはロシアにとって大きな損失にならないだけでない一方、ウクライナを支援するものでもない。むしろ、このタイミングでの停戦呼びかけは、中国自身にとってプラスになるといえる。

即時停戦を求めているのは誰か

 大前提として確認すべきことが二つある。

 第一に、中国が停戦を呼びかけることは、これが初めてではない。ウクライナ侵攻が始まって約半月後の3月11日、王毅外相が「ロシアとウクライナの停戦交渉を支持する」と表明し、その後も折に触れて停戦を口にしてきた。

 第二に、とりわけ4月以降、当事者のうち停戦を求めているのは主にロシア政府であり、ウクライナ政府ではないことだ。

 2月末から4月初旬にかけては、ロシアとウクライナが停戦に向けて協議した時期もある。この時期にはウクライナ政府が中国に、ロシアへ働きかけるよう要請することもあった

 しかし、ベラルーシやイスタンブールで開催された協議は大きな進展をみせないまま暗礁に乗り上げた。

 停戦協議が難航した最大のポイントは、ウクライナ東部ドンバス地方の取り扱いにある。

 この地域にはもともとロシア系人が多く、2014年のクリミア危機以降はロシアがウクライナからの分離独立運動をテコ入れしてきた。4月に首都キーウの攻略に失敗して以来、ロシア軍はそれまで以上にドンバス確保に力を入れている。

 そのなかで停戦協議を行なえば、ロシア軍の撤退を求めるため、ドンバスの実効支配を認めざるを得ないことになりかねない

 だからこそ、領土不可分を重視するウクライナ政府は4月以降、「停戦協議はロシア軍が全て撤退してから」と強調し、即時停戦に消極的になったのだ。

 戦闘の泥沼化を恐れるアメリカをはじめ欧米もしばしば停戦を呼びかけているが、ウクライナ政府はこれも拒絶してきた。欧米からの提案はウクライナ政府には「地政学的な取引をウクライナに強いるもの」と映るとみられる。

 逆にロシアは停戦協議が頓挫した後もしばしば交渉再開を口にしているが、これはドンバスの実効支配を既成事実として認めさせたいからといえる。

プーチンに恩を売る習近平

 そのため、中国政府が停戦を呼びかけたことは、少なくともウクライナ政府からみてありがたいものではない。

 むしろ、このタイミングで停戦を呼びかけることは、ロシアを利する側面さえある。

 9月に入って、ハルキウ州の大部分でロシア勢力が駆逐された他、東部ルハンシクの中心都市リシチャンシク郊外もウクライナ側が奪還するなど、ウクライナ東部の実効支配を目指すロシアの方針は揺らぎつつある。

 この戦局がプーチンに部分的動員を決断させた一つの要因とみられるが、有利な戦局で停戦協議に持ち込むのが戦争の常道である。だから、これまで東部の実効支配を固めるために停戦協議を口にしてきたロシアが、この状況で停戦をいえるはずはない。

 そのなかで停戦をあらためて呼びかけたことは、中国がロシアに恩を売ったことにさえなる。

対米協議の手土産

 その一方で、このタイミングで停戦を呼びかけた中国の視線の先にはアメリカがあるとみられる。

 王毅外相は9月23日、ニューヨークでアメリカのブリンケン国務長官と会談した。8月に台湾海峡をはさんであらためて対立した両国は、それぞれの言い分を述べた一方で「コミュニケーションの機会を確保すること」には合意した。

国連総会に出席して会談する王毅外相とブリンケン国務長官。トランプ政権末期の2019年以降、米中の閣僚級協議は大幅に数を減らしてきた。
国連総会に出席して会談する王毅外相とブリンケン国務長官。トランプ政権末期の2019年以降、米中の閣僚級協議は大幅に数を減らしてきた。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 その直前にウクライナ停戦を呼びかけたことで中国は、(たとえロシアのウクライナ侵攻を明確に批判はしていなくても)少なくともアメリカと全ての立場が異なるわけではない、という暗黙のメッセージを発したことになる。

 中ロはしばしばワンセットで語られる。確かに両国政府には共通項も多いが、一枚岩ではない。国連総会で3月2日に行われたロシア非難決議で、北朝鮮、シリア、ベネズエラなどはこの決議に反対票を投じたが、中国は「欠席」というグレーな対応をとった。

 これはアメリカだけでなく、ロシアとも一定の距離を置くという姿勢を示唆する。

 冷戦時代から中国は、対アメリカではロシア(当時のソ連)と協力しても、運命をともにするつもりもない。ストックホルム国際平和研究所によると、中国がロシアから輸入する兵器額は2000年に22億3100万ドルだったが、2021年には7億7300万ドルにまで下落した。

 ここからは中国が経済発展や技術革新に比例してロシアへの軍事的な依存度を減らしてきたことがうかがえる。

 一方、トランプ政権期にエスカレートした米中貿易摩擦に収拾の目処は立たないが、それでも中国にとってアメリカは今も最大の貿易相手国だ。IMFの統計によると、昨年度の中国の対米輸出額は5776億ドルにのぼり、過去最高額を記録した

 いわば中国にとっての優先課題は、ウクライナより台湾、ロシアよりアメリカといえる。

 だとすると、ウクライナ停戦をアピールすることは、それでなくとも厳しい交渉が見込まれるアメリカとの間で、多少なりとも障害物を減らすことにはつながる。

 こうしてみたとき、中国による停戦の呼びかけは、表面には現れにくい国際政治のあやを浮き彫りにするのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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