92歳のレジェンド俳優、坂本長利。「戦時中、鉄道で働いていたときの記憶が甦る役でした」
2011年に東京から故郷である北海道室蘭市に移住した映画作家、坪川拓史が、出会った地元の人々からきいた逸話を元に、実際にその場所で、ときに本人も出演者となって撮影した映画「モルエラニの霧の中」。
完成まで5年の歳月がかけられた本作は、コロナ禍による劇場閉鎖の影響も受け、そこからさらに2年の時を要して船出を迎え、現在も全国各地での公開が続く。
本作に携わった各人に登場いただき、その作品世界に迫るインタビュー特集。菜 葉 菜(前編・後編)、坪川監督と草野康太(前編・後編)、香川京子、音楽家の穂高亜希子(前編・後編)、新進女優の久保田紗友(前編・後編)、橋本麻依・さくらの母娘(前編・後編)に続いて登場いただき、最後を締めていただくのは吉井武治役を演じた坂本長利。
人気ドラマ「Dr.コトー診療所」の村長役などで知られ、今年92歳を迎えたレジェンドに訊くインタビューの後編へ。(全二回)
この役には深い縁を感じました
前回のインタビューは、役に挑む間での話を訊いたが、ここからは演じた役について。
坂本がメインで登場するのは、第6話 晩秋の章/蒸気機関車のはなし「煙の追憶」。ここで、元国鉄職員でいまは科学館の蒸気機関車の整備をする吉井武治を演じた。
実は吉井が手入れする蒸気機関車は乗務員時代、彼の相棒だった車両。ところが、科学館の改築にともない、機関車が解体されることに。
このことを知った吉井と機関車の万感の一夜が描かれる。この役には縁を感じたと坂本は明かす。
「戦時中の話ですけど、僕は鉄道の通信という部署で働いていたことがあるんですよ。
昭和18年と終戦直前ですけど、父親がもう40歳を超えていましたけど、召集がかかって中国に出兵することになった。
うちの家族は、おふくろと祖母と妹で女性ばかり。僕ひとり男で長男で。
親父が家族が食っていけるか心配したんでしょうね。鉄道の仕事をみつけて、僕につかせる手配を済ませてから中国へ渡った。
それで鉄道の通信の部署で僕は働くことになった。電気関係のことも鉄道のことも何も知らないのに(苦笑)。
通信の部署で僕の仕事というのは、電線のチェック。いまと同じように電柱があって電線がつらなっているわけですけど、昔は電信柱とはいわずに駅柱といっていました。
その線がしょっちゅう切れる。僕は島根出身で山陰線でしたけど、日本海沿いに走っていて潮風に当たるし、少し強い風が吹くと切れてしまう。
それを切れていないのか、汽車の先端に乗ってチェックするんです。
汽車の鼻先に乗るなんて、危険なのでほんとうはいけないんですけど、先端のほうがよくみえるから、機関誌の人に頼んでやってたんです。
いや、今考えると恐ろしいですよ。落ちたら轢かれますからね。
そういう仕事をやっていたんですよ。だから、監督からこの役がきたときは、何か不思議な縁を感じてね。
あの汽車は動かないですけど、先端に乗って酒を飲むシーンは、かつての記憶が甦るようでした。
めぐりめぐって当時のことを思い出すような役を、ここでやるとは夢にもおもっていなかったからうれしかったですよ。
当時、機関士は憧れの仕事でした。ですから、夢が叶ったような気分にもなりました」
小松(政夫)ちゃんとも、大杉(漣)さんとも
この映画でいろいろと話したかったですよ
一方で、これまでご登場いただいた各人も触れていることだが、共演者である小松政夫と大杉漣らとの別れは寂しいのひと言に尽きるという。
「小松(政夫)ちゃんとは同じ事務所でお互い顔はよく知っているんですけど、ほとんど共演したことがないんですよ。
ほんとうに今回と、同じく坪川監督の前作『ハーメルン』ぐらいじゃないかな。一度ぐらい顔を合わせる形での共演がしたかったですよ。
大杉(漣)さんとは今回、共演シーンはなかったんですけど、今回の撮影のとき、道端でばったりあったんですよ。
僕がちょうどホテルを出て現場に向かうとき、彼は外から買い物かなにかして帰ってくるところだった。
そこですれ違ったら、大杉さんが『坂本さんはお元気だなぁ』と声かけてくれて、『僕は今日はオフなんですよ』とおっしゃってたのが最後で。
ほんとうに残念というか、この映画でいろいろと話したかったですよ」
「モルエラニの霧の中」
11/4(木)まで佐賀・THATER ENYAにて公開中
詳しい情報は公式サイトにて http://www.moruerani.com/
筆者撮影以外の写真はすべて(C)室蘭映画製作応援団 2020