こだわりのシーンの裏側に驚きのマンパワーあり!「監督、CGって知ってますか?」と言われました(笑)
2011年に東京から故郷である北海道室蘭市に移住した映画作家、坪川拓史が、出会った地元の人々からきいた逸話を元に、実際にその場所で、ときに本人も出演者となって撮影した映画「モルエラニの霧の中」。
完成まで5年の歳月がかけられた本作は、コロナ禍による劇場閉鎖の影響も受け、そこからさらに2年の時を要していま公開を迎えている。
本作に携わった各人に登場いただきその作品世界に迫るインタビュー特集の坪川監督と、第4話 晩夏の章「Via Dolorosa」で主演を務める一方、助監督、小松政夫さんの付き人(?)も担当した俳優の草野康太の対談の後編へ。前編では草野の助監督としての作品への関わりや亡き名優、小松政夫との思い出などについてなどの話に及んだが、後編は草野が主演を務めた第4話 晩夏の章「Via Dolorosa」のエピソードから。
第4話は一番難航して、最後まで脚本を書き上げることができないでいた
このパートは前編でも少し触れたように、7章で構成される本作の中間点、前半パートと、後半パートをつなぐ重要な役割を担っている。どういう形で生まれたのだろうか?
坪川「映画を上映するときに、前半と後半で分けるのか、1本通しで見せるのか、実は決めかねていたんです。それで映画の様相もかなり変わってしまうので、悩みどころだったんです。
スタッフさんから意見を聞いてもそれぞれ。『これは前半と後半で割ったほうがいい』という人もいれば、『いや、絶対1本通して公開したほうがいい』という人もいた。
実際、前半と後半は、同じ映画なんですけど、ちょっとした変化がある。
いまの前半の3つの章と後半の3つの章は固まっていて、並び方でも決まっていた。
けど、ちょうど真ん中に当たる第4話を僕はなかなか書き上げられないでいた。どうしたらいいのか自分でも見えなかった。
つなぐべきかどうか一番難航して、最後まで脚本を書き上げるのが遅れたのが第4話だったんです。
ある感想で、メビウスの輪みたいにつながっているように感じられると言ってくださった方がいたんですけど、僕もそういうイメージで。第1話からはじまって、7話で終わったらまた第1話に戻るような形にしたいと思っていたんです。
でも、そうするには、やはり前半と後半をスムースにつないで結び付けてくれる章がますます重要度を増す」
草野「最初、中間にはインターバルの15分の休憩中に流す映像も考えて、実際に撮影をしましたよね。
撮っている時点で、『あ、これ絶対使わないな』と思いましたけど(苦笑)」
坪川「そう。それぐらい中間点は悩んでいて、前半と後半をつなげるなにかを探していた」
こんなに素晴らしいロケーションで芝居をしたことはいままでない
坪川監督が悩んだ末に生み出された第4話 晩夏の章「Via Dolorosa」は、草野演じる岸田亮介が主人公。粗大ごみ回収業を生業とする彼が、指定場所の古びた地下駐車場を訪れると、とある女性から、ピアノを海に捨ててほしいという依頼を受ける。
最初は妙な依頼に同意しかねる岸田だったが、依頼主の女性は引き下がらない。「捨てる場所には目印がある」という女性の言葉に導かれるように向かった先で見た光景とは?
空、海、大地といった自然、生と死といった生命のサイクルを体感させる一方で、まるでこの世の果てに迷い込んだような世界に誘われる章になっている。
草野「結果的に、前半パートの物語の世界を引き継ぎながら、この第4章にしか収らないような異世界が存在して、そして、後半パートの物語の世界を予感させ、つながっていく章になったと僕は思っています。
だから、短い章ですけど、ほんとうに気に入っています。
間違いなく言えるのは、こんなに素晴らしいロケーションで芝居をしたことはいままでないこと。
いろいろな映画に出てきましたけど、こんな素晴らしいロケーションで演技したのは初めて。
あの苔むした地下駐車場の苔は育てたんですよね?」
坪川「そうですね。5年ぐらい育てていました。『誰も絶対に踏まないように』といって」
草野「そういう坪川さんのある種の執念を感じると、こっちも気を抜けないですよね。
オープニングにはしごの映像が出てきますけど、あれも何時間かかったんですっけ?」
坪川「あのはしごは、2mぐらいの木の枝を足して、9mにしてあるんです。
はじめは流木を集めて作ろうとしていたんですけど、あるとき、別の町に100年以上前の牧場の柵に使われてた木が捨てられてるということを聞きつけて、室蘭の後援団の方にトラックで走ってもらって運んでもらって組んだんです。
ただ、3mぐらいだった余裕で立つんですけど、9mだと安定しない。だから、全員に反対されたんです。『無理だ』と。でも、僕は3mは嫌で、『9mで』と言い張った(笑)。
で、実は、あのロケ場所って、強風が吹く場所として有名なんです。僕も10年いますけど、風がない日がないというぐらいの場所で。だからスタッフ全員が『3m』ならなんとかなると思っての反対意見だったわけです。
つまり、僕は我を通させていただいた。迎えた撮影前日、準備で現地に行ったら、みぞれが降りそうなくらいに暴風で(苦笑)。僕が『明日ここにこうやって立てて』と言っても誰も聞いてないんですよ。『できるわけねえじゃねえか』って。
後で聞いたんですけど、ある助監督さんが『この監督ばかなんじゃないか』と思って聞いていたと(笑)。周囲も『絶対死人が出ますよ』と僕を止めに入っていた。
でも、僕はなぜかわからないですけど、『いや、大丈夫、大丈夫。根拠ないけど、大丈夫』と言い続けた。
迎えた撮影当日の翌朝行ったら、無風でピーカンで。前日のみぞれ交じりだった天気から一転して、暑いぐらいの陽気になっていた。いや、俺は『日頃の行いが、いいおかげ』と思いました」
草野「僕も前日はダウンジャケットを着込んでましたけど、あの日は脱いでいました。
まあ、でも、今どきの若い監督なら、確実にCGでやってますけどね」
坪川「言われました。スタッフから『監督、CGって知ってますか?』って(笑)。
でも、『この監督ばかなんじゃないか』と言っていた助監督さんが、試写を見たとき、半べそ状態で『いやもう、あのとき頭おかしいと思ったけど、素晴らしいです』と言ってくれました。
まあ『狂っている』と思いますよね。無謀なことではありましたから」
このような試みを経て撮影が終わったとき、草野はこんなことを感じていたという。
草野「最後の最後に台本をいただいて、その時点では、撮れるか撮れないかも分からなかった。
最後に室蘭行くとき、この台本はもらっているけれども、もしかして撮影が押したらこれ、飛ぶ可能性もあるしぐらいの気持ちで。
でも、結果、撮れてたときに、『あ、この役を演じるために、結局2年、4回、室蘭に来たんだな、俺』って、何か必然というか腑に落ちた感じになったんですよね」
坪川「ある日呼ばれて突然来て出演してくれた俳優さんのたたずまいじゃないですもんね」
草野「だから、前にも話しましたけど、ほんとうに出演しに来ましたっていう気持ちが、微塵もないんです。
ただ、重要な役割であることは重々承知していたんです。ある意味、室蘭の人々のいろいろな思いを背負っている人物なんだろうなと」
坪川「物語の核心に触れてしまうのであまり明かせませんけど、岸田はほんとうにいろいろと背負っている。
僕はもう途中から草野さんはキリストに見えてしょうがなかったです」
この映画は年を経るごとに熟成されて価値のある映画になって、
漣さんや小松さんら亡くなった方が作品の中での輝きを増すのではないか
最後に、当初予定した公開から1年を経ての公開をどう受け止めているだろうか。
草野「1年の公開延期を経て、まず東京の岩波ホールで上映されて、いま凱旋公開といっていい作品の舞台となっている北海道での公開が始まったわけですが、不思議なことに、この時をまっていたのかなという気がするんです。
岩波ホールの支配人の岩波律子さんがこの1年で作品が『熟成されたんじゃないか』といったようなことをおっしゃってくださったのですが、確かに『そうだな』と。
もちろん早く公開はしたかったのはやまやまですけど、1年間、じっくりと作品が温められた気がして、今この時期に公開したからこそ、何か見る人もちょっと受け止め方が変わるような気がする。
また、岩波ホールでの公開を経て、さらにいろいろな人がいろいろな感想をいろいろな言葉で語り始めて、またさらにこの映画が熟成されるような気がします。
もっと言うと、僕は、この映画って別に今じゃなくても、10年後でも20年後でも味わえる映画だと思っているんです。
漣さんも亡くなられてしまったし、小松さんもいない。10年経ったらまた何人かいなくなるかもしれない。
でも、年を経るごとに熟成されて、ビンテージのワインじゃないですけど、価値のある映画になっていって、漣さんや小松さんのほか亡くなった方がどんどん作品の中での輝きを増していくんじゃないかなと思うんです。
まだまだコロナ禍が続いていますけど、その状況下でこの映画を見たということを、特別に思ってくれる人が一人でもいてくれたらいいなと思います」
坪川「早く届けたい気持ちはありましたけど、焦りのようなものはなかったです。1年公開が延期されることで、作品が古びるということは一切思わなかったので。
もともと古びてるからかもしれないですけど(苦笑)、もうこれ以上古びない。10年後見ても、ああ、10年前の映画だねとは思わない作品になったと自負しています。
いまはひとりでも多くの人に届いてくれればと思っています。
そして、草野さんにはほんとうに感謝です。次は監督と役者としてがっつり向き合ってやりたいです」
草野「いや、またいつでも助監督やりますので、よろしくお願いいたします(笑)」
「モルエラニの霧の中」
サツゲキ(札幌)、ディノスシネマズ室蘭(室蘭)、名演小劇場(愛知)、
MOVIE ON やまがた(山形)、フォーラム仙台にて公開中。
4月17日(土)より 横浜シネマジャック&ベティ(神奈川)にて公開
詳しい上映劇場は公式サイトにて http://www.moruerani.com/
<イベント情報>
横浜シネマ・ジャック&ベティにて
4/18(日)12:35の回、
休憩後の後半4編は生伴奏付き上映(予定)
演奏者:
坪川拓史監督(ピアノ、アコーディオン)、
清原桃子(ヴァイオリン)、
窪田健策(パーカッション、グロッケン)
※別日でも舞台挨拶予定あり(詳細近日決定)
筆者撮影を除く写真はすべて(C)室蘭映画製作応援団 2020