保育園で園長に「違法行為」を指示 保育士たちが「一斉ストライキ」へ
昨日、11月20日、神奈川県厚木市にある関口フェルマータ小規模保育園(運営 社会福祉法人くじらで働く保育士6名がストライキを行い、保護者とともに厚木市役所で記者会見を開いた。
7~8年ほど前から保育所での保育士の一斉退職が社会問題となる中で、今回の関口フェルマータ小規模保育園のケースは、集団退職ではなく、保育士全員が団結して運営者に改善を求める労働争議の形式をとっている。なぜ、保育士たちは「退職」ではなく「ストライキ」を選んだのか。本記事ではその背景を探っていこう。
毎年繰り返される保育士の一斉退職
保育士の一斉退職は、毎年の年度末に集中する。どんなにつらくてもせめて年度内までは子どもたちのために保育所を守りたいという保育士たちの強い思いがその背景にはある。
昨年度末もいくつかの保育士の一斉退職のニュースが報じられたが、その中でもとりわけ大きく取り扱われたのが、大阪府堺市の認定こども園「あいあい浜寺中央こども園」での保育士一斉退職だ。この園では、ハラスメントを主な理由として保育士が一斉退職し、子どもたちが取り残される形になった。
参考:子どもを『残す』か『転園』か 認定こども園でパワハラを理由に保育士が“一斉退職” 選択を迫られる保護者「新しい環境に馴染めるのか不安」(TBS NEWS DIG 2024年3月29日)
一斉退職の背景にある労働問題
保育士の一斉退職が起きる原因として挙げられるのが、運営者や管理職によるハラスメントである。ハラスメントが起きる主な原因は、少ない人数と低賃金で過重な労働を強いられる無理な体制が保育園で一般的になっているからだ。
保育園の保育士の数は、子どもの数に従って決められた配置基準によってその最低基準が決められている。国の配置基準では0歳児1人当たり保育士3人、1、2歳児1人当たり保育士6人、3歳児1人当たり保育士20人、4・5歳児1人当たり保育士25人を置くことを最低限の条件となっている。各自治体は国の配置基準に従ってそれぞれ条例を定めることになっており、一部の自治体では独自の上乗せ基準を設けているが、国の配置基準のままの自治体が多いのが実態だ。
この配置基準は、最低限の保育の質を維持するための最低限の保育士数で、現場の保育士は配置基準の人数で保育園を運営するのは本当に大変だと口を揃える。もちろんこの人数以上に保育士を配置することは制度的には可能なのだが、公的な委託費の額が少ないうえに、運営法人には営利目的の団体も多いことから、配置基準を超える保育士が配置される保育園はあまりない。
次に賃金だ。実は保育士の賃金額は、国が定める公定価格で想定額が決められている。保育所への委託費の金額は公定価格を前提に算出されている。公定価格が想定する保育士の賃金は、東京などの都市部では、年収は447万円となっている。しかし実際の保育士の平均年収382万円(厚生労働省「賃金構造基本統計調査(2021年)」)とだいぶ低くなっている。
公的な委託費の使途に「しばり」がないのは、営利目的の株式会社を00年から保育に参入させるために「運営費の弾力運用」が実施されてたからだ。その実態は、ルポライターの小林美希氏が詳細に明らかにしているが、それによれば、保育現場では保育の「質」が後回しにされているという(参考:小林美希「株式会社が保育園をつくるとき何が起このか」WEB世界 2019.08.08)。
ただでさえギリギリの中で保育所で働いていた保育士をここ数年はさらにコロナやインフレが襲い掛かっている。保育の現場は限界を超えつつあるともいえるような状態だ。
フェルマータ保育園」でストライキが起きたわけ
相次ぐ集団退職から園長の在籍の偽装へ
介護・保育ユニオンによれば、今回ストライキが行われた「フェルマータ小規模保育園」でも退職が相次いでいたという。ユニオンが確認できるだけでも、いずれも厚木市内にある妻田フェルマータ小規模保育園(以下「妻田園」)と関口フェルマータ小規模保育園の2園で2019年から現在までに園長7名、保育士・調理員・子育て支援員36名の合計43名が退職したという。一昨年には、5名が一斉に退職し、保育の維持に疑念を抱いた保護者が法人に改善を求める騒ぎにも発展していた。
そんな中、今回のストライキの直接のきっかけとなったのは、法人による園長在籍の偽装だった。
2023年11月に妻田園の園長が年度途中にもかかわらず退職した。年度途中から園長を急に探そうと思っても見つからなかったのか、同年12月、法人は不在の園長を書面上だけいるかのように偽装し、委託費を不正に取得する違法行為を行ったという。
名義上の園長とされたのは法人の管理職の妻だった。実際の業務は、別の園(関口園)の園長であるAさんに担わせる業務命令が下された。このAさんが勤める保育園が、今回のストライキの現場になっている。
Aさんとしては、法人から違法行為に加担するよう求められた形だ。本当の園長に成り代わって厚木市から義務付けられている検便を出したり、園児の食事の検食を行うなど、明らかな違法行為の指示に戸惑ったAさんだったが、これまで管理職による理不尽なハラスメントを目にしてきており、不服でも指示に従わざるを得なかったという。
さらにAさんは、管理職の厳しい監視下に置かれ、毎日の詳細な業務報告を提出するよう求められ、しかもAさんには管理職から細かなダメ出しが行われた。こうして心身をすり減らしていったAさんは、精神を病み、1月30日には休職を余儀なくされた。
一斉退職の危機からユニオン全員加盟へ
関口フェルマータ小規模保育園の保育士たちは、介護・保育ユニオンに相談を持ち掛けた。関口園で働く保育士のひとりがユニオンで労使交渉を闘った経験のある保育士と知り合いだったからだ。
関口園の保育士は、それぞれが離職を繰り返しながら、いくつかの保育園を転々としてきた者たちだったが、良い園も悪い園も経験しながら偶然関口フェルマータ小規模保育園に集まった。そして、今では互いに良い保育を実現できる最高のメンバーと認め合っていた。
だからこそAさんが倒れる中で「関口フェルマータ小規模保育園を守り、子どもを守りたい」と必死だったという。園を守るにはユニオンに全員加盟しかない、と関口フェルマータ小規模保育園の調理師・保育士・園長といったすべての職員がユニオンに加盟した。
3月7日に法人に改善を申し入れたユニオンは、法人の違法行為を厳しく追及し、厚木市役所に申し入れをおこなった。その結果、法人は園長在籍偽装や補助金の不正受給について非を認め、4月3日には厚木市に不正に取得した助成金を返金することになった。さらに休職中の園長も4月22日、復職を果たすことになった。関口園では保育士たちが望んだとおり、保育園が守られることになった。
保育士たちがストライキで求めていること
しかし、労働争議は終わらなかった。5月までに園長の復職や、園長在籍偽装や補助金の不正受給の問題点を法人に認めさせることに成功したものの、法人は違法行為を主導した管理職を戒告処分・注意処分という軽い処分だけで終わらせてしまった。また、関口園でのハラスメントは止まったが、他の園では引き続きハラスメントが続いており、退職する保育士も複数いる状態が続いている。
こうした中で保育士たちは抜本的に法人の保育所運営の在り方を改め、保育士がハラスメントで離職に追い込まれることがないよう、ストライキに立ち上がったという。
保育士のひとりは「辞めることは簡単なんだけど、子どもたちのためにはならない」「全国で一斉退職に追い込まれそうになっている保育士たちにも自分たちの姿を見てほしい」と語る。
保育士たちのストライキには多くの保護者も同調している。自分たちの子どもを守る立場で保護者と保育士が一致して動いているのだ。ユニオンのストライキに合わせて保護者は独自に署名を集め、法人や厚木市に説明と対応を求める要請書を提出したという。
こうした大きなつながりが全国に広がれば、保育所の在り方が大きく変わる可能性もあるかもしれない。
ユニオンが力を持つわけ
こうして一斉退職直前にまで追い込まれていた関口園は、全員が団結してユニオンに加盟することによって大きな改善を実現し、さらにその輪が広がりつつある。
では、なぜユニオンでは「一斉退職」以外の選択肢を提示することができるのか。それは、ユニオンには労働問題解決の経験が豊かなメンバーがいて、問題を法的に整理したうえで、使用者に保育士たちの要求を通させるための方法を提案しながら、使用者との交渉や行動を一緒にすすめることができるからだ。
こうしたユニオンの活動は、法的に強く保障されている。団体交渉権によって使用者はユニオンから申し入れられた団体交渉を無視できないばかりか、誠実に応じる義務を負う。形式的に話を聞くだけでは違法行為となり、誠実に交渉しなければならない。
さらに、日本国憲法で保障された団体行動権は、ユニオンが労働条件の維持や改善を使用者に求めるためのストライキや言論活動を行う権利を強く認めている。
そして最後に、ユニオンには社会に情報を発信する力もある(これも法的に保障されている)。保育士たちのストライキは、地域や日本社会に広がり、さまざまな支援を得ることができる。
筆者としては、今回のストライキのような保育士の連帯が全国に広がることを期待したい。それにより「一斉退職」ではない法律に基づいた「労使交渉」によって、状況を改善し、何よりも子供たちの利益が守られることを願っている。
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