「どうしたらあんな風になれるのか」。菜 葉 菜が語る、今は亡き喜劇王、小松政夫が教えてくれたこと
2011年に東京から故郷である北海道室蘭市に移住した映画作家、坪川拓史が、出会った地元の人々からきいた逸話を元に、実際にその場所で、ときに本人も出演者となって撮影した映画「モルエラニの霧の中」。完成まで5年の歳月がかけられた本作は、コロナ禍による劇場閉鎖の影響も受け、そこからさらに2年の時を要していま公開を迎えた。
その作品世界に迫る、各人へのインタビュー特集。最初にご登場いただいた、第3話 夏の章/港のはなし「しずかな空」の出演者、菜 葉 菜のインタビューの後編へ。
前回のインタビューでもお伝えした通り、本作は、完成まで5年の歳月が流れ、コロナ禍による劇場閉鎖の影響を受け公開までさらに2年の時を要する中、大杉漣、小松政夫ら、作品に関わった方々が公開を前に残念ながらこの世を去っている。
今は亡き小松政夫さんが教えてくれたこと
第3話 夏の章/港のはなし「しずかな空」には、今は亡き、小松政夫に出会う物語でもある。菜 葉 菜も本作で小松と共演できることは大きな喜びだったと明かす。
「多くの人にとってそうだと思いますけど、わたしの中では、小松さんは喜劇の帝王です。
俳優としてキャリアを重ねる中で、直面するのが、人を笑わせることの難しさ。コメディというと軽い映画に受け取られがちですけど、演じ手としてはほんとうにどう演じればベストなのか悩みます。
それを考えると、小松さんの存在は、わたしの中で、とてつもなく大きな存在で、ずっと人々に笑いを届けてきたレジェンドですから、どういう方なんだろうと、ちょっと緊張しつつも、お会いできることを楽しみにしていました。また、喜劇王とお芝居したら、自分がどのようになるのかも想像がつかなくて、ワクワクしていました」
実際、現場ではどんな印象を持ったのだろう?
「サービス精神旺盛といいますか。撮影の合間とかに、常にみなさんをちょっとしたことで笑わせてその場を和ませてくださる。いつもにこにこされていて、優しくみなさんに接していらっしゃって、笑顔のたえない現場でした」
小松さんには、プロ意識を改めて教えていただいた
ただ、役者として向き合ったときに、別の顔に触れたという。
「役者同士となると、厳しさがあるといいますか。説教がましくなにかを言われるわけではないんですが。
たとえば、お酒をご一緒させていただいた席で、付き人時代やこれまで経験されたことをいろいろお話ししてくださったんですけど、笑いも交えながら、お芝居の話になると目が鋭くなって言葉が熱をおびて、真顔になる瞬間がある。役者としての心構えやいかにお客さんに楽しんでもらうかといったことに真剣に向き合っているのかが言葉の端々から伝わってきて、背筋が伸びることがありました。それは、現場でも同じで、撮影中は、常に周囲に鋭い視線を注いでいらっしゃいました。
でも、こういう時間を小松さんと共有できたのは、私にとっては大きくて、プロ意識を改めて教えていただいた気がします」
実際の共演シーンでは、菜 葉 菜が演じる麻里のいかにもお役所的な杓子定規な応対を、小松が演じる芳郎がうまくはぐらかすような絶妙のやりとりを繰り広げている。
「これは、もう小松さんの度量といいますか。息があうとか、やりやすいとか、やりにくいとか、そういう次元を超えたところにいらっしゃるので、ただ、そこに入らせていただいただけですね」
共演しているときはこんなことも考えていたという。
「役には集中して臨んでいるんですけど、小松さんがずっと視野に入っていたというか。さきほどお話ししたように、小松さんからいろいろと経験されたことを聞いていたりもしたので、そういうことがここに現れているなとか、あの言葉はこういうことを指していたんだとかを、なにか一緒にお芝居しながら、確認していた自分がいます。
実際、『モルエラニの霧の中』をみていただければ納得していただけると思うんですけど、小松さんの佇まいとか、あの後ろ姿とかたまらない雰囲気が滲みでているんですよね。どうしたらあんな風になれるのか。
小松さんに限らず、大先輩とご一緒すると、ほんとにそのような感じるものって必ずあるんです。
アドリブにしても、台本通りにしても、書かれていることよりも、はるかに超えたものを出されてくる。
最近、よく考えるんです。『演技を極めるってどういうことだろう』とか、『良いお芝居ってどういうことだろう』とか。
何をどう努力したら、小松さんのような尊敬できる先輩方のようになれるのか。まだまだ努力が足りなくて、甘っちょろいんでしょうね。精進しないとダメですね」
「一度は」と思っていた方とご一緒できている自分は幸運だなと思います
本人は、こう謙遜するが、今回の小松政夫、少し前ならば「赤い雪 Red Snow」の佐藤浩市、最近ならばWOWOWの連続ドラマWの「トッカイ ~不良債権特別回収部~」のイッセー尾形と、個性と実力を兼ねた名だたる俳優と渡り合う役を任されている。ここが菜 葉 菜の演技者としての現在地というか。こうした俳優たちと堂々と対峙できる力量が示されている気がする。
「そういっていただけることはありがたいですけど、どうなんだろう。自分では判断できないですね。
ただ、巡り合いがあると思うんです。やっぱり自分がどれだけ望んでも、巡り合えない人は巡り合えないじゃないですか。
そういう中で、自分は幸運だなと思います。小松さんにしてもイッセーさんにしても、佐藤さんにしても、『一度は』と思っていた方とご一緒できている。
わたしは昔からくじ運が悪い。子どものころ、駄菓子屋にいってもはずれくじしか引いたことがない。その隣で、友だちが1等のおっきいぬいぐるみを当てるといった具合にくじ運がない(笑)。
ずっとそういう星のもとにいるんだろうなと思ってきたんですけど、振り返ると、このお仕事ではいろいろとチャンスをいただいているなと思っています。
もっとたくさんの作品に出て、まだまだ数多くの方とご一緒したい。息の長い女優さんになりたい。
坪川監督の作品は、ベテランの俳優さんが多く登場するので、その仲間に入れてもらえるぐらい続けていきたいです」
また、「モルエラニの霧の中」では共演シーンはなかったが、大杉漣とは何度か現場を共にしている。
「自分もそれなりの歳になり、死を身近に感じるようになって。身近な人の死に馴れるわけではないですけど、ある程度受け入れられるようになりました。でも、大杉さんが亡くなられたことは悲しいし、今も自分の中のどこかにショックが残っている。
ただ、『モルエラニの霧の中』をみたとき、大杉さんも小松さんも、作品の中では生き続けていて、見れば会うことができる。なんかすごくうれしかった。そういう意味では、悲しいだけじゃないんだなと思えたんです。最後に、共演シーンはないですけど、同じ作品の中にいっしょにいられたことがうれしいです。
坪川監督にお伺いしたら、大杉さんと小松さんのほかにも地元のスタッフであったり市民キャストの方でお亡くなりになった方がいらっしゃるそうで。そういったみなさんの思いがいっぱい乗っている作品だから、なにか会いたい人にいつでも会えるような喜びと愛しさを『モルエラニの霧の中』には感じています」
船出がまさにいまだったのかなと今は思えます
先で触れたように新型コロナウィルスの感染拡大の影響で、「モルエラニの霧の中」は当初の予定から約1年延びての公開となった。この1年、どんなことを考えていただろう?
「正直なことを言えば、公開延期が決まったときは仕方ないこととはいえ、ショックでした。
ただ、この1年がいい時間になってくれたといいますか。今も続くコロナ禍では、映画が公開されること、映画が映画館で見られることが当たり前でないことになってしまいました。でも、そうなったことで、映画館の大切さであったり、映画館のみなさんの上映に向けた努力であったり、映画を待ち焦がれている方がいっぱいいらっしゃることを改めて気づかせてくれました。
そういう困難を経るとともに感謝を感じての公開になりましたから、喜びもひとしおです。
さきほど触れましたが、いろいろな人の思いをのせた映画なので、その船出がまさにいまだったのかなと今は思えます」
「モルエラニの霧の中」
4月2日(金)よりサツゲキ(札幌)、ディノスシネマズ室蘭(室蘭)、
4月3日(土)より名演小劇場(愛知)、
4月9日(金)よりMOVIE ON やまがた(山形)にて公開決定!
上映劇場は公式サイトにて http://www.moruerani.com/
<舞台挨拶情報>
ディノスシネマズ室蘭
2021年4月2日(金) 10:30の回上映終了後、坪川拓史監督による舞台挨拶予定
2021年4月3日(土) 10:30の回上映終了後、菜 葉 菜、草野康太、桃枝とし子による舞台挨拶予定
2021年4月3日(土) 18:30の回上映前(18:30より舞台挨拶実施予定)、菜 葉 菜、草野康太、坪川拓史監督による舞台挨拶予定
詳しくは、こちら
サツゲキ
2021年4月3日(土) 10:00の回上映終了後、久保田紗友、竹野留里、坪川拓史監督による舞台挨拶予定
詳しくは、こちら
場面写真すべては(C)室蘭映画製作応援団 2020