あの池で踊る少女は?久保田紗友の母を演じた女性は誰?と話題に。演じたのは地元市民、実の母娘!
2011年に東京から故郷である北海道室蘭市に移住した映画作家、坪川拓史が、出会った地元の人々からきいた逸話を元に、実際にその場所で、ときに本人も出演者となって撮影した映画「モルエラニの霧の中」。
完成まで5年の歳月がかけられた本作は、コロナ禍による劇場閉鎖の影響も受け、そこからさらに2年の時を要して船出を迎え、現在も全国各地での公開が続く。
本作に携わった各人に登場いただき、その作品世界に迫るインタビュー特集。菜 葉 菜(前編・後編)、坪川監督と草野康太(前編・後編)、香川京子、音楽家の穂高亜希子(前編・後編)、新進女優の久保田紗友(前編・後編)に続いて登場していただくのは、橋本麻依さんとさくらさんの母娘。
本作は、坪川監督の意向でキャストの約半分ぐらいは実際に室蘭で暮らす地元の方々を起用。ほとんど演技経験のない室蘭市民の方々が市民キャストとして出演している。
市民キャストの果たした役割は大きく、坪川監督も「ほんとうに市民キャストのみなさんに助けていただいて、作品がいい方向に進めることができたと思っています。室蘭は役者の宝庫だと思いました!」と称賛する。
橋本麻依さんとさくらさんの母子もこの市民キャストだ。
麻依さんは、第7話 初冬の章/樹木医のはなし「冬の虫と夏の草」のメインキャストを務めるほか、第3話 夏の章/港のはなし「しずかな空」、第4話 晩夏の章/「Via Dolorosa」にも出演。
さくらさんは、第1話 冬の章/水族館のはなし「青いロウソクと人魚」に出演し、本作のポスターやフライヤーのメインビジュアルになっている。
市民キャストとして本作に深く関わったふたりに話を訊く。(全二回)
軽い感じて引き受けたら、すごいいっぱいセリフがある役で面食らいました
まずはじめにやはり出演の経緯を訊かなければならない。
どういういきさつで映画に出演することになったのだろうか?
橋本(麻)「坪川監督が率いる楽団『くものすカルテット』のライブがあって観にいったんです。
その日は、監督にサインをいただいたりして楽しいひとときを過ごし、何事もなく帰宅したんです。
そうしたら、後日、今回の『モルエラニの霧の中』を主体となって支えた室蘭映画製作応援団に同級生がいるんですけど、彼から軽い感じで連絡が来ました。
『ちょっと映画を手伝ってみない、ちょっとセリフのある役で出演できるかもよ』といった感じで。
軽い感じのお誘いでおもしろそうだったので『ああ、やってみようかなあ』と思って、こちらもほんとうに軽く返事をしたんです。『いいですよ』と。
で、後日、監督とお会いして台本をみたら、すごいいっぱいセリフがある役で面食らったというのが出演の経緯です(笑)。
ほんとうにびっくりしました、エキストラ出演ぐらいと軽く考えていたので(笑)」
『モルエラニの霧の中』の制作が進行中であることは伝え聞いていたという。
橋本(麻)「地元の室蘭で映画が製作進行中であることは知っていました。
さきほど言ったように同級生が室蘭映画製作応援団をやってましたし、その人から依頼されて劇中の衣装として使う制服を探したりと少しお手伝いはしていたんです。
久保田紗友ちゃんが着ていた学校の制服を探しだしたのはわたしです(笑)」
では、娘のさくらさんはどうだったのだろうか?
橋本(さ)「わたしも地元で映画が作られていることはずっと知っていて、しかも母が出演することになった。
それで『私も出てみたいな』と思って、オーディションに行きました。
市民キャストのオーディションに応募して、なんとか合格して出演できることになりました。
ですから、母のようにいきなり役をお願いされて、行ってみたらセリフがあってびっくりということはなかったです(笑)」
ふたりともに当然ながら演技は初挑戦。それぞれ戸惑ったことを素直に明かす。
橋本(麻)「もう、『ほんとうにわたしでいいんだろうか?』という、不安しかなかったです。
自分がうまく演じられなかったらという不安もあるんですけど、それ以上にわたしが使い物にならなかったら、少なからず作品は頓挫するわけで。
そうなってしまったら監督は、どうするんだろうと心配していました(笑)。
ただ、台本を渡されて、坪川監督に最初にお会いしたときにこういってくださいました。『撮影のとき、スタッフのほかいろいろといっぱい人はいるけど、誰もあなたのことは見てないので大丈夫です』と。
その言葉にわたしはすごく納得して勇気をいただいたというか。
みなさんはそれぞれの仕事をしているだけで、わたし個人に興味があってみている人は誰もいない。
そう思えると、恥ずかしさも消えて、すごく気持ちが楽になったことをよく覚えています。
坪川監督のこのひと言で、久保七海という役にいい意味で自然体で臨めた気がします」
もう自分の素をそのまま出すしかなかった。
同じ市民キャストの佐藤嘉一さん感謝
演じた久保七海は先で触れたように3章に渡って登場する。その中で、第7話 初冬の章/樹木医のはなし「冬の虫と夏の草」では、主人公。
季節の変わり目になると老人施設を抜け出す元樹木医の入所者、河村作次と、彼を担当する介護士の七海の心の交流とひとつの別れが描かれる。
河村を演じた佐藤嘉一さんも市民キャスト。大杉漣、小松政夫らと同様に彼もすでに鬼籍に入られた。
「さきほど言った坪川監督のひとことで気が楽になって臨めたんですけど、あと、相手役が(佐藤)嘉一さんだったから自然に臨めた気がします。
役作りとか演技プランとか俳優ではないので、よくわからない。出せるような演技の引き出しもない。
だから、もう自分の素をそのまま出すしかなかった。
それを嘉一さんがちゃんと正面から受け止めて、かつ見守ってくれたから、わたしが久保七海として成立したのではないかと思います。
わたしとしては自分自身を素直に出して現場に立つしかなかった。でも、それができるのも受け止めてくれる人がいてこそで。
嘉一さんが自然とそこに立って向き合ってくれたんですよね。
あと、嘉一さんはすごくよくお話してくださって、褒め上手なんですよ。
わたしのこともすごく褒めてくれて、その言葉に勇気づけられました。だから、嘉一さんには感謝の言葉しかないです」
台本を読んだとき、正直なことを言うと、『これは実際に演じるのかな?』と思って、『CGだよな』ってちょっと思いました(笑)
一方、さくらさんが第1話 冬の章/水族館のはなし「青いロウソクと人魚」で演じた斉木里奈はバレエダンサーを目指す少女。
劇中、水中で踊るシーンと、冬の池の上で踊るシーンがあり、どちらもすばらしく美しいシーンに仕上がっているが、演じるほうはそうとう厳しい条件だったことが容易に想像できる。
坪川監督も「一番むちゃぶりしたかもしれない」と明かす。
橋本(さ)「台本を読んだときに、正直なことを言うと、『これは実際に演じるのかな?』と思って、『CGだよな』ってちょっと思ったんです。
でも、監督に訊いたら『実際にやる』と。そこで『わたし、こんなことまでしないといけないんだ!』とことの重大さに気づきました(笑)。
水槽の中で踊るシーンも、池の上で踊るシーンもけっこうハードで。
とりわけ池のシーンは寒かった。10月下旬ぐらいの撮影だったんですけど、もう水が痺れるような冷たさで。
バレエの衣装は薄いので体感としても寒い。みえないところにカイロを貼って現場には臨んでいました。
わたしは実際にバレエを習っていて、いまも続けているんですけど、屋外で踊ることも水中で踊ることもないじゃないですか(笑)。
だから、バレエの経験はあるけど、こんな場所で踊ったことはない。未知の場所で未知のバレエ経験をした貴重な機会になりました」
最終的には「モルエラニの霧の中」の作品世界を表すビジュアルイメージにもなったわけだが、このことはどう受け止めているだろうか?
橋本(さ)「わたしのシーンが、この作品全体をイメージするようなものになるとは思ってなかったので、びっくりしています。
さっきの母と一緒で、わたしも斉木里奈を演じたというよりも、素直に踊ってみた感覚が大きいです。
自分自身を素直に出して、自分らしく踊ってみたら、ああいうシーンになりました。
だから、ポスターやチラシが『わたしのシーンでいいのかな』と思います。ほんとうにすばらしい俳優さんがいっぱい出ていらっしゃいますから。
でも、一方でそういう心に残るシーンになったことは素直にうれしいです。寒い中で、『頑張ってよかったな』と思います」
(※第二回に続く)
「モルエラニの霧の中」
10/22(金)~11/4(木)まで佐賀・THATER ENYAにて公開
10/23日(土)10:00の回上映後、
浅野博貴プロデューサと坪川拓史監督によるティーチイン舞台挨拶予定。
詳しい情報は公式サイトにて http://www.moruerani.com/
筆者撮影以外の写真はすべて(C)室蘭映画製作応援団 2020