北欧ノルウェー理解ガイド、「音楽フェス」による地域活性化
およそ10年間、ノルウェーで音楽フェスを毎年取材していて、今になって見えてきたことがある。人口520万人しかいない小国ノルウェーでは、フェスは「音楽を楽しむ場所」、だけではなかった。
フェスでみるノルウェー社会
音楽祭を見ていると、ノルウェー社会の一部を、違うメガネを通して観察することができる。
このことは、なんとかなく肌では感じていたが、言語化しておらず、先日夜中にがーっとメモしてみた。
ノルウェーに住み始めて最初の頃は、まだこの国のことが理解できていなかったため、観光やカフェ、文化事業の現場を頻繁に訪れ、現地レポートを日本へと発信していた。
そこで、音楽やフードフェスなど、ありとあらゆる取材先に、なぜか大臣や議員の姿があった。
オープニングスピーチや視察のために、政治家という特別ゲストがやけに重宝されていた。ファッションウィークにまで政治家が現れ、最前列に座っているのは不思議な光景だった。
補助金をもらい、地元メディアにイベントを取り上げてもらうための手段だったのだなと、後から納得したが。あれだけ重宝されていたら、文化政策の責任者という政治家は、仕事にもやりがいがあるだろう。
政治家の仕事ぶりを可視化させる、文化政策PRの場所
「私たちはあなた方が好きなイベントに、これだけのお金を出そうと努力していますよ」、「もっと補助金が欲しかったら、私たちの政党に投票してね」というPRに文化事業の場は最適だ。
フェスに政治家が来ると、人々は無意識に親近感も抱きやすい。首相が人気のある音楽祭に来るのは、なぜだろう?
補助金があるおかげで、文化チケット料金が安い
北欧の中でも、ノルウェーは物価が高い国だ。
日本と比べて安いものはほとんどないのだが、文化事業においては、実は、チケット料金が安いことが多い。チケット料金が高ければ、お金のある特定の層のためだけのイベントになってしまう。
文化事業を報道する社会的責任
ノルウェーの報道機関にとって、文化ネタというのは、必ずしも読まれる記事ではない。
しかし、文化事業を支えるというジャーナリズムの役目もあるので、アーティストらの特集に何ページも使う。フェスは、政府や自治体からの補助金がないと成立しないので、お金の動きに記者たちも敏感だ。大手新聞社やテレビ局は、長文の批評記事を出す。
それでも、現場の関係者は、「数年前に比べて、音楽記事が減っている!」と抗議する。
ノルウェー音楽を世界に売るショーケース
フェスというのは、ノルウェー音楽を国際市場に売り込むための会場でもある。
外務省の支援により、国外からの報道機関や業界関係者を招待し、ノルウェー音楽を宣伝する。
物価が高く、世界的にあまり知られていないノルウェーだ。「交通費や宿泊費を負担するなどしなければ、国際市場はノルウェーなんかを見に来てくれない」というのを、ノルウェーの人たちはわかっている。
こうして、フェスの舞台裏では、ビジネス交渉と長期的なお付き合いを見据えた飲み会が始まっている。
北欧各国をつなげる音楽という絆
筆者は、北欧各国は違う国だと思っているので、なんでもかんでも「北欧」とひとくくりにするのは苦手だ。
ただ、音楽というジャンルでは、「北欧音楽」という表現にさほど抵抗はない。他業界に比べて、国境を越えての北欧コラボが、頻繁に行われているからだ。
音楽は、国と国のつながり強化の役割を果たしている。
社会の変化・多様性を映す
フェスは社会の「多様性」を反映している。だからこそ、様々な種類のフェスがある。
金銭的な理由などで、社会の枠から外れかけている人々と溶け込む場でもある。
家が貧しい人、まだこの国になじめていない難民や移民、チケット料金を出す余裕がない子どもや若者。このような人々に、無料チケットや、イベントに関わってもらうきっかけを提供する。
難民に無料チケットをあげることは、フェス側にとっては簡単だ。しかし、その意義を、一般の人々にも理解してもらおうと、「難民に無料チケットを、あなたが買ってあげませんか?」という呼びかけをすることもある。
- 「行列ができる元難民による美容院 ノルウェーの社会統合とは」
- 「ノルウェー流・社会課題の解決法 若い難民にアイス屋で働くチャンスを」
- 「怖い?今、ブラックメタルは本場ノルウェーでどうなっているのか 。世界中から押し寄せるブラックパッカー」
ノルウェー理解に欠かせない「無償ボランティア」
ノルウェーでは、ボランティアという存在が社会的に大きな影響力をもつ。
ノルウェーのフェスで切符を切っている人、受付にいる人の多くは、無償で働いている。ボランティアがいなければ、この国の文化事業の多くは存在できなくなる。
「労働したものには、お金を」という考えの人には向かないだろうが、社会に貢献できている、誰かのために役立っているという満足感をえられるだろう。フェスに関わることは、大人になっても楽しめるサークル・クラブ活動のようなものだ。
自分が働きたいと思っている業界であれば、仕事が見つけにくいノルウェーで、大きな手助けとなることもある。また、人と人との輪を広げ、友達を増やすこともできるだろう。
「自分の居場所を見つける」ための手段が、ボランティア。
ベジタリアン化するフェス
ノルウェーの各音楽フェス、特にポップ系で見られるのが、フードフェスのベジタリアン化だ。
食事のレベルは、ここ数年で、驚くほどに上がり、地元の有名な飲食店が屋台を出す。
環境のためにと、オーガニック・ヴィーガン・ベジタリアンにこだわったメニューは必ずある。この国の食トレンドを知るいい場所でもあるのだ。
環境・気候変動対策ができていないフェスは、時代遅れ
エコな音楽祭として、ノルウェーで最も有名なのは、「オイヤ」だ。
他にも、どの音楽祭でも、スタッフの食事までも野菜メイン(数日前に取材したジャズフェスでは、スタッフの食事はヴィーガンカレーだった)。
観客やアーティストが、環境に優しい交通手段を選びやすいような工夫をする。
ゴミの分別、食器は脱プラスチックなど、ここぞとばかりに徹底。
フェス業界全体が、エコな方向に一緒に動いているエネルギーはすさまじい。
とはいっても、「ただ音楽を楽しみたい」、「あまり気候変動対策には興味はない」という観客に、偉そうにエコ対策をフェスが強調したら逆効果となる。
だから、押しつけがましくならないように、自然と、「エコ生活」をフェスのあちこちに仕組んでいる。
『叫び』のムンクが、音楽フェスで人気のコラボ相手
『叫び』を描いたエドヴァルド・ムンクは、実はノルウェー人だ。
これまで取材してきたフェスの中で、フェスにムンク美術館が関わっていることがいくつかあった。
オイヤというポップ系フェスだけではなく、ブラックメタルという独特なフェスにまで協力している。フェスのコンセプトと、ムンクに共通点があるからそれは可能なのだ。
「ノルウェー人のアイデンティティ」の知られざる代名詞のひとつは、ムンクだと思っている。『叫び』とムンクの世界観は、美術館の外でも体験できる。
SNSによる音楽拡散
2000年代に入って、フェスに新しい動きができたとしたら、「スマホ」と「SNSでのシェア」だろう。これは、オスロ大学メディア学科でも重要な研究テーマのひとつなっている。
スマホとSNSの普及で、人々の音楽やフェスの楽しみ方が変わり、ノルウェー音楽が国際市場に「無料」で自動的に発散されるようになった。
まだまだ知られていない国だからこそ、Spotifyは「見つけてもらう場」として機能する。課題もあるが、音楽のデジタル化を、ノルウェーはプラスに見る傾向が強い。
フェスという小さなコミュニティ・装置
フェスで地元の観客の方々と話していると気づくのが、「昨年もフェスに来た」というリピーターの数の多さだ。
自分のテイストにあったフェスへの愛は大きく、過去の年限定のTシャツやエコバックを来て、会場に来る人も。
ブラックメタルなどの特殊なジャンルとなると、世界各国からファンが集まる。ボランティアなどのつながりも含めて、フェスというのはもはやコミュニティになっているとさえいえる。
音楽フェスという「装置」は、地域活性化を引き起こす。
お金が動く、人が動く、政治が動く、無名・若手アーティストにチャンスを与え、ノルウェー音楽を国際市場に売り込む。
フェスにいると、音楽を聴くよりも、友達と体験を共有し、思い出作りのために来ているのだな、という人も多い。
フェスという場所は、ノルウェーという国を理解するための意外と役立つ資料となる。
- 「北欧ブランド」世界進出についてノルウェーで会議 フォルデ祭
- 「音楽祭=友人との宴会に?ノルウェー人42%のフェス目的は「音楽以外」」
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Photo&Text: Asaki Abumi