ノルウェーの政治家はなぜ音楽祭に出没するのか。「市民と政治家の距離が近い国」
ノルウェーで最大規模の音楽祭のひとつであるオイヤ(Oya)。「世界で最もエコなフェス」のひとつとしても評価されている。政治家が毎年視察にくるが、今年は9月に国政選挙を控えていることもあり、フェスに訪れる政治家の姿が例年より顕著だった。
なぜ、選挙運動の一環で音楽フェスに政治家がくるのか。現場視察のほかに、フェス写真をSNSなどにアップし、市民と交流することで「市民と距離が近い」、「文化事業を気にかけている」ことを伝えるため。「私もみなさんと同じように、普通の人」アピールが、ノルウェーの政治家は大好きだ。
視察目的で公式訪問する議員もいれば、プライベートで音楽を楽しみに来る議員もいる。2015年は、オイヤの会場にフェス好きのアーナ・ソールバルグ首相(保守党)が突如現れ、市民が嬉しそうに一緒に記念撮影をしていた。
「政治家と市民の距離が近い」というノルウェーの側面が、フェスでは至る所で見ることができた。
音楽祭の環境への取り組みを視察に、環境大臣
今年のフェス2日目に視察に訪れたヴィーダル・ヘルゲセン気候・環境大臣(保守党)に取材した。
「ノルウェーが誇りに思っているフェスだという噂を聞いて、環境面での取り組みを実際に見てみたいと思い、今回は来ました。オイヤに来るのは今年が初めてです。フェスにはあまり行きませんが、コンサートにはよく行きますよ」。
「ノルウェーではフェスによく政治家が来ますね。保守党のソールバルグ首相も、フェスを楽しんでいる様子をインスタグラムでよく伝えていますよね」、と筆者が話すと、気候・環境大臣は笑いながら答えた。
「そうそう。うちの党の首相は音楽が好きですからね。人は音楽が好きです。政治家も人ですからね」。
「政治家がフェスによく来ている様子をみて、“もっと仕事しなさい”と考える市民はあまりいないと思いますよ。仕事と自分の時間のバランスは大事だと、多くの人はわかっていますから」。
ヘルゲセン気候・環境大臣のお気に入りのノルウェー人アーティストは、カーリ・ブレムネス(Kari Bremnes)だそうだ。
公的補助金が実際にどう活用されているかを目で確認しに
3日目にフェスを視察に来たのは、首都オスロの市議会で文化・スポーツ・ボランティア局の局長を務めるリーナ・マリアン・ハンセン氏(労働党)。立場的には「首都の文化大臣」ともいえるオスロの地方議員で、文化予算の配分で大きな影響力をもつ。
「私はオスロの文化事業とボランティアの責任者なので、補助金やオスロが協力するプロジェクトが、現場でどう機能しているかを今日は見に来ました」と取材で語る。
「環境政策など、他のフェスがオイヤ祭から学べることが多いので、重要な場です。ほら、周囲をよく見てみると、市議会がどう協力したかを見ることができます。自転車置き場、水道水の飲み場の設置とか」。
「オスロではオイヤを含めた3つの音楽祭が大きな補助金を受けとっています。だからこそ、お金がどう使われているのか実際目にする必要があるのです。私は毎週2~3個の文化やスポーツイベントを視察していますよ」。
公的補助金がなければ、チケット料金が高くなり、「みんなのための」イベントではなくなる
ノルウェーでは、オイヤ祭だけではなく多くの文化イベントが公的補助金を受けている。「主催者は、国からのお金に頼らず、チケットの売り上げで自分たちでなんとかできるほうがよいのではないか」、と聞いた。
「ノルウェーでは、公的支援がないと、チケット料金がもっと高くなってしまい、お金に余裕がない人は行事に参加することができなくなってしまいます」とハンセン氏は答える。
「この国では、ひとりひとりの経済事情は関係なく、“誰もが”文化を楽しめることがとても大事。金銭的に余裕のある人だけが楽しめるような場所ではならないようにね。今日は歌手のSigridを聴くことを楽しみにしています!」。
政治家の理解と補助金がなければ、文化イベントは維持できない
3日目は環境への取り組みの視察のために、2人の国会議員と、2人のオスロ市の地方議員が訪れた(市長と環境局局長)。
国からの補助金がなければ、オイヤはどうなっていたのだろうか?
フェスの責任者であるトルド・ロンニング・クローグトフト氏に話を聞いた。オイヤ祭は外務省、文化省、オスロ市の三か所から、今年はおよそ4800万円ほどの公的補助金を受け取ったそうだ。
「私たちが真剣に取り組む仕事の現場を、政治家に実際に見てもらうことは重要です」。
「公的補助金がもしなかったら、もっとチケットを売らなければいけません。そうすると、長い行列で会場は人に溢れ、窮屈になっているでしょう。環境のための取り組みも縮小され、地元の学校に提供するフェス経営に関する授業などもなくなっているでしょう。初日に開催する、ノルウェーの若い音楽を応援するためのコンサートは大幅に縮小されます」。
「今は1日チケットは1万3千円ですが、もし公的補助金がなければ、1人当たりあと4千円ほどは値上がりさせなければいけません」。
「外務省からの補助金がなければ、国外からのゲストを招待し、ノルウェー音楽のPRをすることもできません。我々で負担することはできなかったでしょう」。
現場のスタッフと一緒に働くオスロ市長
この日のオスロ市の関係者の視察の後、ひとりだけ違う場所に移動する人がいた。オスロ市長のマリアンネ・ボルゲン氏(左派社会党)だ。
オイヤ祭は2700人のボランティアにより支えられており、市長はこの日に4時間、自身もボランティアとして参加した。挨拶して、簡単に視察してオフィスに戻ることも可能なのだが、市長は現場で一緒に体験することにこだわる。
「本当に首都のトップの政治家なのだろうか?」というほど、周囲に警戒心を与えず、秘書なしで一人で行動していた。携帯電話で写真を自分で撮影し、SNSなどへの投稿はほぼ自分でしているそうだ。「私、秘書は一人しかないから、自分でやります」と笑っていた。
「オイヤ祭はオスロにとって大きな意味があるイベントです。ゴミの分別や環境への取り組みなどには、心から感心します」。
「政治家が市民がいる場所に足を運び、なにが起きているのかを把握することは大切なこと。仕事場のオフィスから出て、外を周り、人と話し、自分の目でみなければね」。
市長はボランティアスタッフに食料などを配布する係を担当。一緒に回っていた若者3人は、市長と会うのは初めて。有名な政治家が目の前にいるからといって、緊張することはないと答えた。
カタリーナさん(23)は刑務所学校で学ぶ学生だ。「市長が一緒にボランティアをするって、ちょっと特別かもね。でもノルウェーでは、政治家と市民は距離が近いから、これが普通よ」と歩きながら笑って答えた。
Photo&Text: Asaki Abumi