ジャズ業界の未来とデジタル化がもたらす音楽文化の課題/ノルウェー
8月14~20日、オスロでジャズフェスティバルが開催された。30周年記念とだけあり、豪華なプログラムは市内19か所の会場で催された。ノルウェーでは、デジタル化がもたらす、音楽業界のジレンマが頻繁に話題となっている。国際レコード産業連盟(IFPI)によると、2015年、ノルウェーの音楽市場の売り上げの77.4%はストリーミングサービスによるものだ。
数字となりやすい、ポップやクラブミュージックが注目を集める一方、同じように笑っていられないのが、ニッチ市場の音楽だ。
ノルウェーのジャズ関係者は、若手の育成に励む一方、若い観客の集客や、どうしたらメディアに報道してもらえるか切磋琢磨している。ジャズフェスの会場では、現場が向き合う危機感が伝わってきた。
新人や若手は、集客力を気にしなくてよい環境
会場に観客が集まっているかは、コンサートによって大きな差があった。アーティストによっては、会場に20~30人ほどしか観客が集まらず、ガラリとしたスペースが寂しく映ることもあった。チケットの売り上げはどれほど評価されるのか聞いたところ、フェスの代表であるエドヴァルド・アスケランド氏は、笑いながら答えた。
「ハハハ、そうだね。まだまだ集客力がない人もいる。それで、いいんだ。大御所が稼ぎ頭になる分、ノルウェーの若手には活躍する現場を与えるのが、私たちの仕事」。
「今回のオープニングセレモニーを飾ったヤン・ガルバレク(サクソフォーン奏者)は、フェス開催前にチケットが完売したほどの大者。けれど、30年ほど前は、彼のコンサートには、ほとんど人はいなかったんだよ。売り上げに貢献するのは、ノルウェーや海外出身の大物たち。だから、若手や新人は動員力のことは、全く気にしないでいいんだ。ジャズというのは、見守り続ける忍耐力が必要なんだよ」。経験のある音楽家や業界が、若手を温かい目で応援し、支えるサイクルがそこには生まれているようだった。
ジャズ業界を支えるボランティアスタッフ
ノルウェーの音楽祭やイベント会場には、無償で働くボランティアスタッフが必ずいる。ジャズフェスのボランティアは、他のフェスと比較して、圧倒的に高齢者が多かった。退職して年金生活をしていそうな、優しい笑顔の男女ばかりだ。ボランティアでは無料でチケットがもらえるという利点がある。しかし、彼らは経済的には余裕があるであろう層だ。目的は無料のチケットではなく、ジャズフェスを支えたいという気持ちで働く人が多い。音楽文化を支えようという市民の気持ちがあってこそ、運営が可能となっているフェスなのだ。
赤字覚悟で、若手の育成と新しいファンの開拓
音楽家や観客の年齢層に、若者や新しいファンを増やすためにも、赤字覚悟での取り組みも数多く試されている。国からの補助金も、その支えとなっている。
「キッズ・イン・ジャズ」クラブでは、ジャズと即興音楽を子どもたちに教えており、ジャズフェスでその腕を披露する機会が与えられている。
日本とノルウェー間の交流もあり、今年も日本から札幌ジュニアジャズスクール出身の高校生、仁部 咲良さん(アルトサックス)と佐藤 舞さん(トロンボーン)が一緒に出演した。
ノルウェー国立音楽大学で学ぶピアニストの田中鮎美氏は、アユミ・タナカ・トリオとして初登場。オスロジャズフェスという大舞台で、日本人の名前がプログラムに並ぶことは非常に珍しい。
ジャズに興味を持ってもらうためにも、市民に無償で音楽を聞いてもらう機会も設ける。北欧の新人を紹介するショーケースは、オスロの観光地でもある中心部の大通りで披露される。
若手を応援するために、売り上げUPに励む大物たち
まだ無名の若手が、集客力を気にせずにすむ環境をつくるためにも、外国から招いた大物ゲストには、「頑張って、売り上げに貢献してもらわねば」とアスケランド氏は付け加える。
この日、米国のソングライターであるジミー・ウェッブ氏は、ノルウェー国立音楽アカデミーで、歌詞の書き方などについて語るマスタークラスを開催していた。外国からのゲストには、宿泊費や渡航費などの費用が掛かっている分、コンサートに加えて、マスタークラスを指導するなどの形で、業界の発展に協力してもらうことが狙いだ。授業の参加者の多くは、ノルウェー在住のソングライターたちばかりだった。彼らに対して、ウェッブ氏は語った。
「テロという悲しい事件が重なる中、音楽で稼ぐことを考えることを、むなしく感じることもあるかもしれません。“たかが”音楽ですからね。でも、音楽がない世界を、望む人はいないでしょう。だからこそ、音楽家が過酷な時代を迎えている今、我々は音楽にお金を払い、投資しなければいけないのです」。この言葉に、会場は拍手で包まれた。
デジタル化の課題。今、「CD」を買う意味は?
デジタル化がもたらす音楽のビジネスモデルは、ノルウェーでも問題となっている。ポップ界ではストリーミングが当たり前になり、「CD」という言葉は古いものとなった。その一方、ニッチ市場では、まだCDやレコードを買い、音楽家を応援しようというファンがいることに驚く。
今年取材したジャズ、ブラックメタル、フォークミュージックという音楽祭では、CDがまだ多少なりとも売れていた。ネットで無料で聞けるにも関らず、だ。ジャズフェスの会場では、アーティストたちが、必ず「会場入り口でCDを販売中!」とマイクで一言宣伝していた。この風景は、ノルウェーのポップのフェスでは、もはや見られない。宣伝しても、ほどんど誰も買わないだろう。
ジャズとジャーナリズム
フェス期間中、「ノルウェーのメディアで、ジャズ報道が減少している問題」についてトークショーが開催された。国営放送局をはじめ、大手報道機関は、電子版記事のクリック数を気にして、数字となるポップ音楽ばかり取り上げ、ジャズが優先されなくなっている。60年代から続くジャズ専門誌『Jazznytt』などに寄稿する音楽ジャーナリストのアウドゥン・ヴィンゲル氏は、最大手全国紙アフテンポステンの記者をゲストに呼び、直接批判した。
ジャズ報道が減少している点においては、フェスの代表アスケランド氏を始め、ほぼすべての関係者が同意することだ。だが、日本人からすると、ノルウェーではジャズ報道はまだまだ多い。フェス中も、私がチェックするメディアの多くで、大きな記事が連日掲載されていた。
日本では、全国紙がジャズフェスの特集に数ページも割くことなど、めったにない。スタッフのオフィスには、期間中に掲載された記事の切り抜きが張り出されていたが、私には広く報道されているようにみえた。一体、数十年前は、どれほどのボリュームで報道されていたのだろう? ノルウェーの関係者は、日本の現状を知ると、自分たちが実はどれだけ恵まれているか、気づくだろうか。
新しいファン層の開拓のために、「ジャズらしくない」バンドや、挑戦的な若手の音楽を採用していることもフェスの特徴だった。このようなコンサートは、観客の年齢層が一気に若くなる。
「ジャズでは忍耐力が必要なんだよ」と、ニッコリと答えたアスケランド氏の言葉が、今でも頭の中をぐるぐると回っている。数十年後、今のジャズフェスで会場を満席にできなかった若手たちは、大物となって帰ってくるのだろうか。そのとき、新たな若手育成のために、彼らはフェスの売り上げに貢献しているのだろうか。そう考えると、長期的なそのジャズサイクルに、魅力を感じている自分がいる。
Photo&Text:Asaki Abumi